12話 決裂
「ルービー。お前、わざと負けたろ?」
試合終了の挨拶を手短に済ますルービーに、フィンは息を切らせながら言った。
ルービーはケタ違いの魔術を操れる事から、剣術の方はあまり注目されてはいないが、実際、彼と剣を交えた者は皆、同じ事を言う。
勝てる気がしない、と。
その彼がさっさと戦いを放棄する理由。
ルービーが足早に向かう先には、彼の執事が立っていた。
「ミア・オーラン……か」
ルービーが色恋沙汰で狼狽える日が来るとは!
フィンはクスリと笑うと急いで彼を追った。
ルービーは執事から受け取った手紙を広げ、何度も読み返していた。その表情はいつものように分かりにくい。
「再戦を希望するかい?我が国で1番モテる男を振る娘なんていないだろうとは思うけど!」
フィンが茶化すように言うと、ルービーは手紙をこっちに押し付けてきた。
「森に向かう」
その顔はいつにも増して無愛想で無表情だ。
まさか、本当に振られたのか?そう思うと放ってはおけず、フィンは出口へと向かうルービーに手を伸ばす。
「憂さ晴らしならば相手になるよ」
すると、ルービーはいきなり剣を左手に持ち替え、フィンの喉元に突き付けてきた。
「お前は、知らない!俺が……どれくらい長い間、美亜だけを探し求めて来たのか……!!」
その顔は見たこともないほど冷酷で……フィンはその殺気に全く動けなかった。
だが、ルービーは、瞠目するフィンから目を逸らし、すぐに剣を下ろす。
「いや……俺のせいだ……。すぐ近くにいたのに。あの時、その腕を取っていれば……ほんの少しでも、この手で触れていたら……」
その見つめる手は震えていて……。
――――!!
ルービーは突然声にならない叫び声をあげ、思いきり剣を床に突き立てた。
「ルービー!!」
フィンの顔も見ずに演習場から出てくルービーに、フィンも焦る。
硬い地面に刺さった剣の柄には、滲んだ赤い血の跡。ルービーがこれほどまでの感情を見せたのは初めてだった。
フィンは急いで、にぎりしめたままの手紙を読む。
「そんな……嘘だろ?」
そこには……ミア嬢が昨晩、月海の森で行方不明になった事が淡々と書かれていた。
昨晩、月海の森と言えば……ルービーが一晩中調査していた場所。なのに、出会わなかったという事は……。
「なんて事だ……」
フィンは膝をつき、両手で顔を覆う。
ルービーはいつだって俺の気持ちを優先してくれた。なのに、俺は彼の気持ちを真剣に捉えてはいなかった。
彼の優しさに甘え、振り回し続けて。
彼の大事な者に会う機会を、永遠に奪ってしまったのだ。
「俺は取り返しのつかない事をしてしまった……」
フィンはその場に蹲り、声を殺して涙を流した。
◇◇◇
『おお――っとぉ!!ルービー選手、逆恨みかぁ……?……ゴフッ……ピ――――』
魔道拡声器からのアナウンスが途切れ、ザワザワと観客が騒ぎ始める。
「兄様の様子がおかしい。行かなきゃ!」
観客席から飛び降りるアレンを追い、リリファは演習場の端に蹲るフィンの元へと急いだ。
「お兄様に負けたくらいであんなに怒るとは!ルービー・スタンリー、なんて狭量な奴なんだ。しかも、競技でもないのに、王太子に剣を向けるだなんて!!」
走りながら憤慨するアレン様。勇者に並々ならぬ恨みをもつリリファもノリノリで参加した。
「その通りですわ!ひとでなしですわ!まあ、顔だけは好みだけど……王太子とセットでね!」
「……え?あ、お兄様ぁ――っ!!」
駆け寄るアレン王子を見て、明らかにほっとする教師陣。それを押しのけると、アレンは膝をつきフィンの顔を覗き込んだ。
「お兄様。大丈夫ですか?」
アレンの声掛けにも反応がない。ただ頭を抱え地面を見つめる兄の姿にアレンもオロオロし始める。
リリファはニヤリと笑い、後は任せて、と教師らを追い払うと、優しくアレンに声をかけた。
「アレン様、ここでは目立ちますわ。休める所に移動しませんか?」
リリファの提案にアレンはすぐに頷く。
二人は両側からフィンを支え、近くに見える守衛室へと向かった。
演習場の端に造られた守衛室は、まるで武器庫の様だった。緊急時に備えての武器や盾などの装備品が壁いっぱいに掛けられていてとても狭い。
二人はキョロキョロと辺りを見回し、休憩用のソファにフィンを座らせた。
まるで魂が抜けたように項垂れるフィンの姿に、リリファはニヤニヤ笑いが止まらない。
「どうしよう……」
アレンはオロオロするばかりだし。
リリファは咳払いをすると、慈愛に満ちた表情をつくる。
「アレン様、フィン様はショックを受けているご様子。1人にして差し上げた方がよろしいのかも知れません。……アレン様はとりあえず、ディディエラ様にご報告に行き、どうすべきか聞いてきて下さらないかしら?」
「でも……」
アレンは心配そうに、チラリとフィンを見た。異父兄弟仲はかなり良いようね。
でも、もう一押し。彼には大人しくして貰いたいのよね。
「大丈夫ですわ。リリファが守衛さんと部屋の外で見張っておりますわ!」
リリファは力強く胸を叩く。それを見たアレンは、ありがとう、と眉を下げたまま優しく微笑んだ。
「リリファ様、僕、すぐに聞いて来るね!!」
アレンはすぐに立ち上がると体を翻し、部屋から出ていった。
(元気っ子アレン様、チョロすぎだわ。さて、これで邪魔者はいなくなったわ)
目の前には、両手で目を覆ったまま項垂れるフィン王太子。
リリファはニヤリと笑うと、『猫になぁれ』と魔法をかける。
そして、そっと部屋から出ると……静かに扉を閉めた。
◇◇◇
(おかしい……何があった?)
体が縮んだ!最初はそう思った。でも、今、目の前にある両手は、明らかに猫のそれだった。
フィンは黄金色の短い毛で覆われた自分の手を見つめたまま震えていた。心臓は飛び出そうなくらいバクバクと激しく鼓動しているのに、頭はシンと冷えていた。
ゆっくり顔を上げれば、目の前の磨かれた盾に写った黄金色の猫が、真っ直ぐにこちらを見ている。後ろを振り向くも、そこにはソファーの背があるだけだ。
そう……コレは……この猫は自分で間違いない。
俺は猫になってしまった。
フィンは目を瞑り、震える。
この姿では、王宮騎士団は動かせない。騎士団どころか、国王である父の後を継ぐことも出来ないだろう。
(このまま……俺は……)
この先やろうとしていた事、やりたかった事が、全て夢と消えてしまった瞬間だった。
「ニャ――ッ!!」
(なぜ?どうして?)
耳に入るそれが、自分の鳴き声だと気付くのに、時間はかからなかった。
見たくないのに、顔を上げ、自分の姿を映す盾を見てしまう。
「ミャー」
(これからどうすればいいんだ?)
フィンが涙を隠せず蹲った時、何か、体に暖かいものが触れた。
ビクリと身体を震わせ、恐る恐る隣を見ると、真っ白な猫が自分にピタリと体を寄せ、こっちを見ている。
「ミャー?」
スリスリと慰めるように頭を寄せる子猫。
(何故こんな所に猫が?仲間と思われているのか?それとも、お前も……?)
その時、扉が少し開き、外から小声で呼ぶ声がした。
「おいっ!猫!……こっちにこい!フィン様の邪魔をするんじゃねぇよ!」
押し殺した声でも分かるその悪態は、先程ルービーに手紙を渡したスタンリー家の執事、グレソンのものだ。ルービーの家を訪問する度に、影で文句を言う、執事らしからぬ姿を見ているから間違いない。
「ミャー」
子猫は返事をする様に小さな鳴き声をあげた。
(お前……スタンリー家の猫なのか?いや、魔獣なのか?)
こんなに美しい猫は見た事がない。フィンが首を傾げ子猫を見ていると、グレソンが焦った様子で扉からちょっと顔を出す。
「こらっ!早く来い、バカ猫!!聖女様が戻って来ちまうだろ!!」
すると、突然子猫は、フィンを立たせるようにぐいぐい押し始めた。
(ん?何、どした?……俺、それどころじゃ……って……)
押されたフィンはそこでようやく気付く。
(何?……聖女だと!?)
フィンは急ぎ辺りを見回し、状況を確認する。
(そうか、リリファがいたのか!……やられた!)
ここは守衛室だ。ルービーの事でショックを受けている間に移動したらしい。挙句にこの姿!
(リリファにこれ以上弱みを握られる訳にはいかない。とりあえず何処か隠れる場所を探さないと)
キョロキョロするも、こんな狭い部屋では、隠れてもすぐに見つかってしまうだろう。
フィンはすくっと立ち上がり、扉の方に向かって走った。
四足歩行は初めてのようなものだが、体は自然に動いてくれる。
しかし、ここはソファーの上、外に出るには下に降りなければならない。
フィンが恐る恐るソファーの上から下を覗くと……地面は、とてつもなく遠く見えた。
猫の自分の背丈からすれば、5頭分はあるだろう。人間で換算するなら……飛び降りるのはまず無理だ。
「ミャ?」
後ろをついてきていた子猫は小さく鳴くと、見本を見せる様にこちらをチラリと見てから、ぴょんと飛び降りる。
華麗に着地するのを見て、フィンも腹を括る。
(分かったよ。行くよ!)
フィンは思い切り飛ぶと、ちょっと不器用に着地を決め、ちょっと感動した。
(凄いな……本当に猫なんだ……)
いやいや、それどころではないと頭を振る。
「ミャー?」
子猫が顔を寄せてきた。
(分かってるよ。急ごう。……なんだか君と意思の疎通が出来ている気がしてきたよ)
フィンは前を走る子猫を追い、風のように扉から飛び出したのだった。
外に出てみて、脱出がギリギリ間に合ったのだと分かる。校舎の方から、リリファがスキップでやって来るのが見えたからだ。
フィンは姿を隠せる所を求め、演習場の周りを囲む生垣に素早く飛び込んだ。すぐ近くをリリファの足が通り過ぎるのを見て、胸を撫で下ろす。
だが、それもつかの間。リリファが守衛と話を始め、フィンは急がなければと焦り始める。
(これからどうするか)
ずっと学園に隠れている訳にはいかない。出来れば信用のできる者に事情を話したいところだけど……。
真っ先に頭に浮かぶ友は、もう自分を許してはくれないだろう。そう思うと、また胸に重たいものがのしかかり、苦しくて動けなくなる。
「ミャー?」
(え?)
振り向くと、自分の後ろに子猫がピッタリとくっついていた。
(ついて来ちゃったのか?)
「ミャー」
(あ、今鳴いちゃダメだよ?見つかっちゃうから!)
「みーつーケーター!」
(ひっ!)
生垣をガサガサと割る音と共に、地を這う様な声が上から聞こえてきて、フィンは毛を逆立てる。
同時にフィンの首根っこは、ガッ!っと掴まれ、持ち上げられた。
「あああ?コイツじゃねぇ……」
(グレソンか……よかった)
見上げれば、鬼のような形相をしている。
(いや、よくないな……)
グレソンは俺を抱えたまましゃがみ込み、横にいる白猫を睨みつける。
「おいおい、お前……もう恋人を作ったのか?イチャイチャしやがって……こっちは仕事してんのによォ」
(…………え?)
だが、そう言われた白猫は突然グレソンの背中にトンッと飛び乗ると、その背中にしっかりと張り付く。
「ミャー」
(こっちを見てるって事は……乗れって?ふっ、それは真似出来ないかな)
グレソンは中腰のままフルフルと震えている。
「お前……また……。俺はお前の馬じゃねぇんだよ!って……んん?」
その時足音がし、グレソンはスっと気配を消すと、生垣に身を隠した。
すぐ近くを衛兵らが行き交う。どうやら、自分が守衛室に居ないことに気付かれたらしい。
グレソンは屈んだまま少し様子を見ると、俺を小脇に抱え足早にその場を離れる。さすがスタンリー家の執事。その動きはまるで諜報員のようだ。
「猫め……分かったよ。お前の好きにするがいい。俺は癒し系執事を目指してもいいんだぜ」
そして、俺を見てふふーんとニヤける。
「金の猫か……金の猫に銀の猫。集めたら何か出てこねぇかなぁ……」
(何を期待してるんだ……)
しかし、グレソンのおかげで、リリファに見つかることなく、ここを離れる事が出来そうだ。行き先がスタンリー家だというのは困った偶然だけど。
フィンは、重くのしかかる胸の苦しみ抱えたまま、スタンリー家の馬車に乗せられ学園を離れたのだった。




