11話 ディディエラ・ティアラ学園
ディディエラ・ティアラ学園。
王妃ディディエラが理事を務めるその学園は、ノースティアラ王国中から集められた、12歳から18歳までの最も優秀な学生のみが通える学園だった。
優秀と言っても学力だけでは無い。王妃ディディエラは国王と同じく実力主義で、目立つ者が大好きだった。よって、集められた者は力自慢のマッチョから、よく分からない物を追い求める怪しい研究者までと、多岐多様に及んでいた。
ただ、貴族に関してはその限りではなく、ある程度の学力があれば、その門は容易く開かれた。
そして、ここにもまた1人。多額の寄付金を積み、入学をゴリ押しする者がいた。
「聖女リリファ・ローエン様。この度は学園への御入学、ありがとうございます。……で?どの学年がご希望でしょうか?」
理事長室の横に設えられた豪華な貴賓室の中。
平凡な茶色の髪をひとつに纏め、機能的なチャコールのワンピースを着た理事長ディディエラは、ソファに背筋を伸ばして座り、目の前の年齢不詳の聖女様を品定めするように見た。
ブレザーに可愛いスカート。地味なマントを肩にかけたまま、向かいに、ぽふっと座った聖女リリファは人差し指を顎に当て、うーんと唸る。
実際リリファの年齢は500歳は超えているだろう。だが、時間を移動する事で、どうやら年齢は移動する前、18歳に巻きもどる様なのだ。
今現在は23歳位なのだろうが、可愛らしい制服を着た自分は、もっと若く見える自身があった。
「14歳。中等部は……」
「無理ですね」
「むふっ……」
即却下された。
金の力ではどうにも出来ない壁があるようだ。
勇者ルービーや、頭のキレるフィン王太子に近づき過ぎるのは危険だけど。
「……任せます」
「では、高等部にはなりますが、1年生ではいかがでしょう?我が息子、アレンがお世話出来ると思います。すぐに呼びましょう」
そう言うと、ディディエラは入口に立つ従者に顎をしゃくる。従者はすぐに出てゆき、代わりにお茶とお茶菓子が運び込まれた。
「まあ、気がきくのね!ふふっ。王太子殿下とお近づきになれるとは、リリファ、とても嬉しいですわ!」
リリファが可愛らしく見えるようにふわりと笑うと、ディディエラは真顔で頷く。
「そうですか。では、アレンが来る間、今後の就業規則についての説明を……」
リリファの社交辞令もなんのその。すぐにつらつらと説明を始めるディディエラに、リリファは早くも後悔を感じ始めたのだった。
収入が減るなら信者を増やせばいい!
そう思い、次のターゲットを選ぶべく、気まぐれに入った学園だが、よく考えれば、変身魔法をかけるのにも魔力は大量に消耗してしまうのだ。あまり人数を増やすのは、トリップする時期を伸ばしてしまうだけかもしれない。魔法をかける相手はかなり厳選すべきだろう……と考え、リリファは膝を叩いた。
(ふふっ、私、気付いちゃった!何も乙女にこだわる事はないじゃん!敵を猫にしちゃえばいいのよ!あったま良い――!!)
コンコン。
「お母様。お呼びですか?」
ディディエラの子守唄が途切れたと思ったら、ノックと共に可愛らしい青年がひょこっと顔を覗かせた。
栗色の髪に丸い瞳。
平凡な組み合わせだが、小さな顔に大きな丸い眼といい、なんとも愛らしい。第2王子アレン・ティアラは歳の割にはかなり幼く見える青年だった。
アレンは緊張気味に部屋に入ってくると、ソファーに座るリリファを見て破顔した。
「聖女様!わあ、嬉しい!お会い出来るなんて、夢みたい!」
(そうよ!コレコレ!この反応を待ってたのよ!)
リリファがアレンにニコリと笑いかけると、アレンは耳まで真っ赤になる。
「その制服!もしかして、聖女様がご学友に?どうしよう……僕、嬉しくてドキドキしちゃう」
口をおさえ、モジモジとする様子はとてもあざとい。
だが、そんなアレンを見、ディディエラは無表情で立ち上がると、扉を開け、2人を外に促した。
「アレン。ローエンさんです。今から学内を案内して差し上げて。……ローエンさん。学内では、そう呼ばせていただきますが、よろしいでしょうか?」
「はい。もちろんですわ!」
「では、話は歩きながらでも出来るでしょう。アレン、今日は授業はいいですから、ローエンさんについておあげなさい。家に帰ってから、今日の分はちゃんと取り戻す事」
はぁーい。とアレンは返事をすると、リリファの両手を取り立たせる。
「今日は午後からお兄様たちの実技試験があるんだよ。授業サボって見に行けるね!ラッキー!」
「え……?」
ここで言っちゃっていいの?
アレン様の肩越しに見える無表情のディディエラ様……ホラーだ。
本当にこの2人、親子かしら?リリファは2人を見比べながらも冷や汗を拭い頷いた。
「た……楽しみですわ……ほほ」
蛇に睨まれた蛙。リリファは首をすくめると、急いで貴賓室を後にした。
◇◇◇
「……視線を感じる」
学園の前で馬車を降り、門をくぐった時から、後ろ指を刺される事、数しれず。
執事グレソンが学園の中を移動するのは、今日が初めてじゃない。貴族が多く在籍するこの学園では、従者や執事が学園内をうろつくのもしばしば見かける。
それなのに。
「何なんだ……いったい」
クスクスと言う笑い声と共に、癒されるわーっとか言う声も聞こえる。……訳が分からない。
グレソンは、気にしない気にしないと唱えながら、ルービー様の姿を求め、学園の第1実技演習場へと向かった。
昼も過ぎたこの時間。講義のない学年などないだろうに、屋外でも、特に離れて設置されているこの国最大規模の円形演習場の前には、軽く人混みができていた。中の観覧席は恐らくいっぱいなのだろうと予測される。
無理もない。今日はこの国で1番モテる男、賢くも美しい騎士フィン王太子と、誰もが認める最強の魔術師ルービー様が在籍している、高等部武術学科の実技試験なのだから。
グレソンが人を押し分け、演習場の中に入ろうとすると、突然会場が湧いた。どうやら決着がついたらしい。
『勝者ぁ――!!シーサ・ホールス!!得意の目潰しが効いたァァァ!!なんて姑息なんだ!!……おぉーっと!ここで審査が入った!!お忍び観戦中のアルビー国王!ジャッジをお願いしまぁーす!!……何と?……勝てばよし!!……認められましたぁぁぁ!!』
わああああ――――――!!
試験はその学科の教師が独断で決めた、1VS1の対戦試合。1番強い者を決める訳ではなく、戦闘内容で試験の合否が決まるというものだ。
「ひでぇな。何でもアリかよ。国王も気合い入れて忍べよ。全然ばれてんじゃん……しかし、派手だな。何だよこのアナウンス」
グレソンの呟きを耳ざとく聞いた、近くのマッチョな学生が、親切に教えてくれる。
「ああ、今日はパフォーマンス科の試験も同時にやってるからな。今のパフォーマンスはキウだな。奴は合格だろう」
「パフォーマンス科……また、学科が増えたのかよ」
ディディエラ学園は成長し続ける学園だった。
『さあ!次はお待ちかねの1戦!我が学園いちの剣士、フィン・ティアラと泣く子も黙る氷の魔術師ルービー・スタンリーの……』
「あ!申し訳ございません。通してはくれませんか?急用なのでございます!私、スタンリー家の使いの者でして……」
これは見たい!とグレソンは割り込もうと藻掻く。だが、誰も聞いてはくれず、人垣は崩れない。
「「きゃぁぁぁ――!!」」
2人が演習場に立ったのか、盛り上がりは最高潮だ。
入り口を塞いでいるのは、主に女性だが、マッチョも混ざり、黄色い声をあげている。グレソンは、男ならばとその肩に手をかけた。
「恐れ入ります!あの、私、スタンリー家の……」
「ああ??」
奴らは俺に気付くと、ドスの効いた声で凄んできた。
「……申し訳ございません。……クソッ。ガキは勉強でもしてろよ
グレソンは、スタンリー家を背負う執事だ。一応ピシリと頭を下げてから顔を上げると、先程まで中を覗いていた面々が、全てこっちを向いていた。臨戦態勢だ。
(クソっ!相手にしてられっかよ。ガキが……)
グレソンはチッと舌打ちをすると、踵を返し別の入り口を目指す事にした。
「やっぱり関係者入口が1番入りやすいな」
グレソンはこの学園の卒業生だった。勝手知ったる様子で、演習場の周りをぐるりと回る。
演習場を守る守衛室の横にある関係者入口は、高い生け垣に囲まれ、隠されるように設えてあった。
関係の無い生徒が近づく事は禁じられており、入口は場内に直接入れるように、競技場と同じ高さにポカンと空けられていて、長い槍を持った守衛によって交代で警備されていた。
近づけば、向こう側でフィン王太子と、ルービー様が剣を混じえているが少しだけ見えた。
「……お前。何しにきやがった」
守衛は一言目から臨戦態勢だった。
昔、少々やんちゃした事を、守衛はまだ根に持っているらしい。
グレソンは守衛に綺麗なお辞儀をすると、入場の許可を申し入れた。
「ルービー様に早急の用事です。……さっさと通しやがれ」
「グレソン……。お前、相変わらずだな。心の声がダダ漏れだぞ。まあ、縛り上げたり魔法をぶち込んだりせず、伺いを立ててきた事は褒めよう……大人になったな」
「では……」
グレソンが足を踏み出すと、守衛は長い槍でそれを塞ぐ。
「入っていいとは言ってねぇだろ!!……ん?そうか、お前その服……スタンリー家の執事になったんだったな。仕方ない、授業を中断させるんだ、それなりの理由があるんだろうなぁ」
グレソンは眉間に深い皺を寄せながらも、懐からオーラン家の蝋封が押された手紙を出し、守衛の目の前で振って見せた。
この封書はグレソンが屋敷を出ようとした時に、オーラン家の執事が、慌てた様子で馬車を止め、グレソンの手に握らせてきた物だ。
「これを早急に届けるのがわたしの仕事でございましてぇー。授業を中断させるかどうかは、ルービー様がこれを見てからではないでしょうかぁー?」
ピラピラピラ……。
「……いちいち腹立つなぁ……。分かったよ、行けっ!……って、お前、それはダメだ!」
守衛は演習場に入ろうとしたグレソンの肩を掴み、止める。そして、背中に手をやり、白い塊をつまみ上げた。
「ミャー……」
グレソンは瞬きを繰り返す。そして顔を赤くし、フルフルと震えた。
「…………お前かぁぁぁ――!!」
「何だ。気づいてなかったのか?フッ。この子猫は預からせて貰うぞ。帰りに迎えに来るといい」
守衛は半笑いだ。
「猫め!!絶対、迎えになんか、行かないからな!」
グレソンは猫に指を突きつけ、ドスドスと演習場に入って行く。
守衛はたまらず爆笑した。
「あはははッ!困ったパパでちゅねー!」
「うるせえ!!」
グレソンは地面を蹴った。
わぁぁぁぁぁぁ――!!
その時、会場が湧き、2人の決着が着いた事を知らせる。
『おォ――っと!ルービー選手!フィン選手の速さについていけなかったかぁぁぁぁ――!?』
「チッ。右手剣だと王太子が上か。何で本気で戦わないんだよ」
ルービー様は魔術師だ。魔法は利き手の右手で使う。だから、剣は左だというのに……。
向かう先には、右手に剣を持ったまま、フィン王太子に剣を突き付けられたルービー様が見えた。
しかしその顔は、何故か、しっかりとグレソンの方を向いていた。




