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10話 新しい御屋敷

 ルービーとフィンが馬車に乗りデルべルシアを出た頃――。

 

 野営地の設営を手伝ってくれたボランティアを街で降ろし、ようやく我が家でもあるスタンリー家の御屋敷へと帰り着いた従僕アルスターは、使用人食堂兼厨房となっている屋敷の離れに馬車を着け、勝手口から昨晩使用した調理道具を搬入していた。

 そして……。

 後はこれだけだ、と開けた木箱の中。調理道具が痛まないよう、入れられた藁に紛れて、小さな白猫がプルプルと震えているのを見つけたのだった。

 

「うお!こんな所に猫が……!!」

 食堂で仲良く体を寄せ合うように食事を食べていたメイド達は、アルスターの声に振り向き、物凄い勢いで駆け寄ってきた。

 

「きゃー!!子猫じゃない!?」

「真っ白よ!珍しいー!」

 次々と木箱へ伸びてくる手に、子猫はくちゃくちゃにされてしまう。アルスターは慌ててその手を振り払った。

 

「おいおい、手を出すなよ。情がうつる。……はあ、また街に逆戻りか。飼い主が見つかるといいんだがなぁ」

 アルスターはため息を漏らすと、見事な腹筋でヨイショと猫ごと大きな箱を持ち上げ、馬車へと向かう。

 だが恰幅のいい女料理長テレサがそれを遮ると、ひょいと手を伸ばし、子猫を抱えあげた。

 

「こんな所にわざわざ入れる飼い主がいるかね!おおかた、街で買い物している間に、誰かがこっそり捨てたんだろうよ。最近じゃ、飼い猫にやる飯もない家もあるって噂じゃないか。……可哀想に。こんなに痩せて……」

「ミャー」

 

 逃げる様子もなく、テレサの胸にすっぽり収まる子猫を見て、アルスターは眉を下げる。

「お前の事だから、面倒を見るって言うんだろ?……はあ、坊ちゃんが許してくれるかね?」

 テレサは子猫を優しく撫でると、厨房と食堂とを隔てるカウンターの上に乗せた。すぐに伸びてくるメイド達の手に、子猫は再び撫で回される。

「ふわふわ!!」

「カワイイ――!!」

 テレサは大人しくされるがままの子猫を見て微笑むと、厨房にミルクをとりに行った。

 

「大丈夫さ。ぼっちゃん、生き物は好きだからね、逃げられちゃうけど。この子はどうだろうねぇ。懐いてくれるといいけど」

 子猫の目の前に、なみなみとミルクの注がれた皿が置かれる。

 

 アルスは目尻のシワを濃くし、ふっと吹き出した。

「ああ、そうだった……いつも猫や犬に喧嘩ふっかけられてたっけな。まあ、優しい坊ちゃんの事だ。捨ててこいとは言わんだろな」

「不思議と魔物には好かれるんだけどねぇ……。さぁ、猫ちゃん、そんなに震えないで大丈夫だよ。ミルクをお飲み」


 

 スタンリー家は王家に古くから仕える御家で、ルービーの父であるダリウス・スタンリーは軍務大臣を務めていた。

 だが、ダリウスのそれも名ばかりで、若い時から王とつるんでは城を抜け出し、街や森をぶらつき臣下を困らせていたという、単に王の悪友だった。

 今ではルービーにさっさと爵位を渡し、自分は妻と旅行三昧の日々を送っているという自由人だ。

 

 そんなお家の従者らがお堅い訳もなく……子猫はすんなりと公爵家に置いて貰える事に決まった。


 

(藁の中が気持ち良くて、わたくし、つい寝てしまいましたわ。ここはオヤジ様とおば様のお家……という事は、スタンリー家ですわね!)

 たくさんのメイドさん達の手から解放されたミーアは、プルルと身体を震わせると、目の前に置かれたお皿にそろそろと近づいた。

 

(頂いていいのかしら?お腹ペコペコなのですわ)

 ミーアは度々人である事を忘れ、ご飯を食べ損ねてしまう。でも、ミルクは大好きですのよ!と舌を伸ばしたところで、いきなり首根っこを摘まれ、プラーンと持ち上げられてしまった。

 

「なんですか、この猫は!!」

 目の前には明るいオレンジ色の髪をピシリと整えた若い紳士。かけている眼鏡がキラリと光って、ミーアはブルりと震えた。

 

「グレソン!何するんだい!……可哀想に!」

 すぐにおば様の大きな胸の中に救出されるも、グレソンと呼ばれた紳士はミーアの足を離さない。

「ミャ!」

「テレサ!コレは魔獣の子じゃねぇか?真っ白の猫なんて、見た事ねぇぞ!」

「んんん?グレソン、私の聞き間違いかな?まさか、スタンリー家の筆頭執事がそんな汚い言葉を使ったりはしないよね?」

「ぐ……」

 

 呻いたグレソン様は手を離し、眼鏡を正すとピシリと姿勢を正す。

「あ――母上。これはデルべルシア村から拾って来た魔獣ではないですか?危ないからさっさと渡しやがれ」

(あら?この方たち……)

 どうやら2人は親子らしい。


 テレサと呼ばれたおば様を見上げると、ニヤリと口の端を上げ不敵な笑みを浮かべていた。

「グレソン坊や、こんな可愛い子が魔獣な訳ないだろ?この子は今日からうちの子だ!さあ、昼飯だろ?とっとと食いな!!……お前たちも、早く仕事に戻るんだよ!!」

 シッシッとメイドさん達を追い払うテレサおば様。

 

(まあ!!)

 ミーアはテレサおば様にお尻をべシべシ叩かれるグレソン様を、キラキラとした目で見つめる。


(わたくしにお兄様が出来ましたわ!!)

 


 ――現在スタンリー家を仕切っているのは、ダリウスの奥方の側仕えを務めていた、このテレサだ。ダリウス夫妻の旅行に同行している執事長の妻でもある彼女は、料理長であり、メイド頭でもあるのだ。


 

「で?グレソン。ルービー坊ちゃんのお言い付けは終わったのかい?」

 テレサはミルクを舐める子猫の横に食事を置くと、グレソンに優しい眼差しを送る。

「ええ、母上。後は報告だけなのですが……ルービー様は一緒には戻っては来られなかったのですね」

 華麗に、且つ美しく食事をかきこみながら、グレソンは言う。

「坊ちゃんは森に入っていたからね。私らはボランティアを帰さなきゃならないし、先に帰って来たんだよ。でも今日は学園に直接行くんじゃないかな?途中で王家のご立派な馬車とすれ違ったよ」

 テレサが言うとグレソンはフォークを立て憤慨した。

 

「そう、今日は試験日なんですよ!?……なのに騎士団の奴ら、ルービー様を森にまで呼びつけるなんて!ルービー様に頼りすぎなんだよ!まだ学生だと言うのにっ!!って、こらっ、クソ猫。何すんだよ!」

 グレソンの腕に、ひしっとしがみつくミーア。


(学園ですって?ミーアも連れて行ってくださいまし。きっとそこにプリシラもいるのですわ!……あぅ!!)

 グレソンのデコピンが飛んできて、ミーアは頭を抱えて蹲まった。それを見たテレサは反射的にグレソンの頭を殴る。

 

「ってぇ!」

「猫ちゃん、次、このクソ息子が粗相をしたら、呪いをかけていいからね」

「クソババア!物騒な事言ってんじゃねーよ!」

 グレソンは最後に水を飲み干し立ち上がると、振り返りもせず厨房を出ていく。

「ディディエラ学園に行ってくる」

 でも、その背中にはしっかりと子猫が張り付いていて……。

 

 「ああ、行ってらっしゃい!」

 テレサはプッと吹き出しながら手を振ったのだった。

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