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9話 王宮騎士団のお手伝い

「ミャ――!!」

 幌馬車の中に投げ入れられたミーアだが、運良くカゴから放り出され、荷物の上に無事、着地出来ていた。

 

 だが、すでに馬車は勢いよく走り出していて、ミーアが荷台の端から顔を出した時には、街は遥か彼方。馬車は王都の外塀を超え、田舎道を走り出していた。

 馬車の荷台からそっと下を覗けば、勢いよく流れる地面。ミーアはヒゲをピリリと震わすと、飛び降りるのを諦め、荷馬車の奥で馬車が止まるのを待つ事にした。

 

 そして待つこと数時間。沢山の荷物に紛れ、目を瞑って丸くなっている内に、眠ってしまっていたようだ。ミーアは、外の騒がしさで目が覚めた。


「怪我人が先だ!治療師を手伝ってやってくれ!」

「荷物はこっちだ!手を貸してくれ!」

「水だ!水はないか!!」


 お日様は沈んでしまったようで、辺りは暗い。

 荷馬車の幌越しに、ランプの灯りがうろつくのが見え、いつの間にか人に戻っていたミーアは、急いで体を伸ばすと馬車から飛び降りた。


 そこは廃墟の様な街の中。沢山の兵士らしき男の人と、街でよく見た素朴な格好の女性達がサバサバと荷物を運び、働いていた。


(今日はここにお泊まりするのでしょうか?)

 いつくも薪が炊かれ、その周りでは煮炊きが行われる様子。振り向けば、更にもう1台馬車が止まり、人が降りてきている。

(忙しそうですわ。何かお手伝いが出来るといいのですが……)

 帰る手段は後で聞くとしましょう!

 

「おい、そこの娘!飲める水はここだ。汲んでやってくれ……ぬあっ!?子供!?」

 ミーアが辺りをキョロキョロ見回していると、馬車から降りてきた渋いオヤジ様に手招された。何故か、とても驚くも、ミーアが頷き、水の入った大きな樽に向かうのを見て、頭を搔く。

 

「あ……ああ、済まない、小さなご婦人。ボランティアか、助かる。ここは任せていいか?」

「はい!了解致致しました!」

(私、まかされましたわ!)

 ミーアは嬉しくて元気に返事をした。


 オヤジ様はよろしく!と手を挙げ、また別の指示を与えに忙しく走る。その背を見送ると、

「水はこちらですわよ――!汲むものはございまして?」

 ミーアは腕まくりして、声をあげた。


 すぐに兵士さん達が集まりミーアを囲む。とても喉が乾いていたようだ。ミーアはその水嚢にカップにと、樽の栓をキュポッと空け水で満たし渡した。


「ありがとよ、嬢ちゃん」

「はい!どういたしまして!」


 兵士さん達はみな疲れ、怪我をしている様子。ミーアは水を汲みながら、大丈夫ですか?と声を掛ける。

「痛そうですわ……どうなされたのですか?」

 声をかけた兵士さんは、心配になるくらい真っ赤になった。

「魔獣がいつもより多くてな。心配なされるな、かすり傷だよ」


 手の甲に出来た真新しい傷は、かなり深く生々しい。ミーアはそれを優しく両手で覆い、額を近づけ祈る。

「……早く治りますように」

『ポイント、マイナス1!』


「ハハッ。おまじないかい?」

「ええ!私のおまじないはとてもよく効くのですよ!」

「そうかい。ありがとうよ」

『ポイント、プラス2!』


「ねえ、こっちを手伝ってくれないかい?」

 ミーアが兵士にニコリと笑いかけていると、今度は後ろからご婦人の声が聞こえてきた。

 樽のお水は残り少ない。もうここはいいだろうと、ミーアは振り向き、返事をする。


「はーい!!」

 その元気な返事に水を貰った兵士さん達は、微笑み応援してくれる。

「いい返事だな、頑張れ――!……って、え?ええ――?」

「ん?どうした?」

「傷が薄くなってねぇか?」

(兵士さん達、集まってどうされたのかしら?)

 ミーアは首を傾げながらも、声のする方へと駆け寄った。

 

「ああ、悪いね。これを頼むよ」

 助けを呼んだ恰幅のいいおば様は、いい匂いのする大きな鍋をかき混ぜていた。駆け寄ったミーアを見ると、大きなスプーンを渡してくる。

(何を作っているのでしょうか?)

 薪の上にぶら下げられた鍋の中身は具の多いスープのよう。鍋いっぱいのそれは、グツグツと煮え、混ぜるのは大変そうだ。


「とても美味しそうですわね!」

「ふふっ、だろ?後ちょっとなんだけど……悪いね。腰が限界でね」

 おば様は鍋の横で、腰をトントンしながら体を伸ばしている。

「大丈夫ですか?」

 周りには他にも鍋がある。ずっと掻き混ぜ続けるのは、さぞかし大変だっただろう。

 ミーアは、片手でおば様の腰をさすり、痛くないのおまじないをすると、大きなお鍋をかき混ぜはじめた。

『ポン!ポイントマイナス1!プラス1!』

 

「ははっ、優しい子だね。これ入れたら、出来上がりだからね。沸騰したら配ろうかね」

「はい!」

 おば様は汚れるからと、自分のエプロンと三角巾を取り、ミーアに後ろからつけてくれた。そして、顔をのぞき込み……。

「あら、えらいべっぴんさんだねぇ、あんた」

 と目を瞬かせた。

 

「べっぴんさん?」

 ミーアは首を傾げ、……そして思い出した!

(お父様から姿を見せてはいけないと言われてましたのに!)

 慌てて頭から三角巾を取ると、口元を隠すように付け替える。

 それを見ておば様は腹を抱えて笑った。


「はは!これはまた、可愛い盗賊だね!でも、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。ここにはあんたの素性を調べる奴なんかいないからね。まあ、アタシとあのオッサン(最初に声を掛けてくれたオヤジ様を指さす)は、スタンリー家のもんだけども、後は皆、お前のようなボランティアだからね」

 

 ここでおば様は耳打ちする。――金はちゃんと払うから安心しな、と。

 

(……スタンリー家?先日ご迷惑をおかけしてしまった、あのお家のお方ですの?)

 そうなのですね、と、ミーアは目をぱちぱちする。

(なんて素敵な方たちなのかしら!怪我をした兵士さん達の手助けをしに、こんな遠くまで馬車を走らせて駆けつけるなんて!)

 

 ミーアが見つめるのをどう捉えたのか、おば様はミーアの頭を優しく撫でる。

「あんたが気になるんだったらそうしてな!でさ。この仕事が終わったら、うちの息子の嫁にでもどうだい?」

 おば様はそう言い、ははは、と笑いながら、別の鍋を見に行ってしまわれた。

 

(素敵なお方……お母さんみたい)

 ミーアに母の記憶はほとんどない。でも、いちばん古い記憶の中には、朧げにも、沢山の兄妹達にご飯を作る母の背中があった。

 サバサバと働くおば様の背中を見て、ミーアの心はふんわり暖かくなる。

 

(おば様の作ったスープで、皆様も笑顔になって下さると嬉しいですわ……ふふっ。ご迷惑をかけた分も、しっかりと働かせていただかないと!)

「皆さまが元気になりますように……」

 

 ミーアは手を止め、祈るように両手を組む。

 すると、ミーアの願いは、親指ほどの透明な飴細工の花となって両手の中に現れるのだ。

 ミーアはその花を、そっとスープに落としかき混ぜる。

 

『ポン!ポン!……!ポイントマイナス10!』

「ポイント?……はっ!またすっかり忘れていましたわ」

 ここでようやく女神様との約束を思い出したミーアは、天を仰ぎ、綺麗な夜空に手を振った。

(女神様。私、ちゃんとポイントを使えているようですわ!)

 

 それからミーアは、スープの出来具合を見に来たおば様にオッケーを貰うと、出来上がったスープを腹ぺこの兵士さん達に配った。

 疲れた兵士さん達の顔に笑顔が戻るのがとても嬉しくて、ミーアはたくさんの花を咲かせては、こっそり兵士さん達の器に添えた。

 

 そして――。

 しっかりお片付けまでしっかりと手伝ったミーアが、疲れて馬車の中で丸くなった頃……。

 沢山のポイントが静かにミーアに降り注いだのだった。


◇◇◇

 

「もう夜明けか……」

 一晩中、フェリベールを探し、森の中をさ迷ったルービーは、集まってきた角の生えた兎を、指先に集めた氷刃で軽く追い払うと、そろそろ戻るか、と踵を返した。

 

 森に残っていたのは雑魚。報告のあったような、知性あるような強力な魔物はいなかった。

 やはり、フェリベールのおかげか?彼が無事ならよいのだが……。


 魔王がどのくらい魔力を持っているかは知らない。だが、前世では自分と互角に戦えたのだ。こんな雑魚に殺られたりはしないだろう……。

 ルービーは、それでも彼の事を、皆に話せない自分に嫌悪しながら、野営地へと戻った。



 だが……そんなルービーを迎えたのは、異様に元気になった騎士団員の面々だった。

 

「ルービー!!敵はどこだぁ!?すぐに迎え撃ってやるぞぉ――!!」

「え?あ……いや……」

 ルービーの困惑をよそに、盛り上がる兵たち。

「蹴散らしてやる!!今日は、絶対、勝つ!!負ける気がしねぇ!!」


「おぅ?大丈夫か?様子が……」


「勝つぞぉ――!!」

「「うおぉぉぉ――!!」」


「どうしたぁぁ――!?」


 盾を打ち鳴らす団員を前に、狼狽えるルービー。

 その肩を叩き、フィンは爽やかに笑った。

「やあ、ルービー。良かった、無事で」

「ああ、俺は問題ないが。どうしたんだ?皆、おかしくないか?」

 フィンはクスリと笑う。

 

「面白いだろ?昨晩、天使が現れたらしくって……皆、この通り、完全回復さ」

「天使?そんなものが……」

 いるものかと、言おうとした口はフィンの手によって塞がれる。

 そして、フィンは声を張り上げた。

 

「皆――!ルービーが魔物を片付けてくれたぞ――!今日はこの町の防護柵をできる限り強固にしてから撤収するとしようか!」

 皆、力が有り余っているようだしねっ!と、フィンはウインクをする。


「任せろぉ――!!」

「うぉぉぉ――!!」


 ルービーは、フィンの指示を頭を寄せ合い聞く、無駄に元気な騎士団らを冷めた目で見ながら、俺のおかげじゃないんだけどな、と独りごちる。

 そして、ひとり、仮眠を取る為に本部に使っている宿屋へと入って行った。

 


 宿屋の中のテーブルの上には、次の討伐予定であろう地域の地図が広げられていた。偵察の者や付近の住民から聞き込んだ出現場所が、こと細やかに書き込まれている。

 これがフィンの凄い所。彼が声をかければ、大抵のものは心を開く。

 だが、問題はその印の多い事。

「全く……いつまで続くんだ」

 

「本当にね。で?ルービー、回復魔法をかけたのは誰だと思う?」

 遅れて宿屋に入ってきたフィンが言う。その顔はいつもより疲れて見えた。

 

「お前は魔法をかけられてないんだな。……流石だ。王太子に替えはいないからな」

「君が大事だ――!とか、もっと優しい言い方はないのかい?でも……こんなに元気になる魔法ならかけられた方がよかったかな」

 フィンは椅子を引き寄せ座る。

 

「よせ。こんな怪しい魔法。……俺に聞くって事はうちの集めたボランティアの中にいたのか?」

「みたいだよ。君んとこの料理長がね、昨晩ボランティアの中に、可愛い女の子が混ざっていたから、彼女かもね!だってさ」

「ほぉ……で?その娘は何処に?」

 ルービーはテーブルに腰掛け腕を組む。

 

「それが不思議な事に、彼女は朝には消えていなくなっててね。……もちろん探したさ。でも、君んとこの料理長は口が固いし、それっぽい女の子なんてどこにもいなくてね。皆、天使を見たんだろうって結論に至ったって訳さ」

ルービーはふむ、と顎に手をやる。


「それは……興味深い。だが、怪しすぎやしないか?これだけの人数に高度な魔法をかけたのも、だが、見返りもなく、こっそりかけるなんて。これだけの魔法を使えるのなら、ボランティアなんかに参加しなくとも、食っていけるだろうに」

「そうだよね。……でもさ、魔女に魔王。言いたくは無いが、我が国が今、危機に立たされているのは間違いないだろ?皆、神に見放された訳ではないと思いたいんだよ。だから、良しとしようじゃないか」

「良しって……分かったよ」

 

 ため息を着くルービーの耳に、馬車の音が入ってくる。

 もしかして……と、ジロリとフィンを見ると、

「ちょうど来たみたいだね、ルービー。今日は学園に行く日だよ。休憩は馬車の中で」

 フィンはニコリと笑った。


「今から……行くのか?」

「もちろん。俺たちはまだ学生だからね。ちゃんと君を卒業させないと僕が君の父親に怒られてしまうし、俺は王妃に隙を見せたくはないんだ」

 学園の理事長はこの国の王妃だ。フィンにとっては政敵となる。それは分かるが……。


「俺はオーラン家に……」

「オーラン。伯爵家だね。なるほど、ミア・オーランね」

「あ……いや……」

 また、ポロリしてしまった。

 

「ルービー、そろそろ洗いざらい吐いちゃえよ。楽になるよ?」

「お前……人を罪人のように」

「ふふっ。ねえ、その子も学生だろ?行けば会えるんじゃない?紹介して欲しいな」

 フィンは楽しそうに話すが、ルービーは首を振った。


「いや、学園に彼女はいない。学園にいたら、探すのにこんなに苦労はしない」

 ルービーの言葉に、フィンはふっと真顔になる。

「ん?それはおかしいね。先日の舞踏会の招待状はね、15歳から18歳までの、月下乙女補助金を受けている者全員に送ったんだ。国の補助には月花の雫の購入金額の補助に加え、学園への入学金補助も含まれる。だから、学園にいないなんて事、あってはならないんだよ」

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