教授《プロフェッサー》
「ははっ……やっぱりな」
自嘲気味な薄ら笑いがこみ上げる。
こうなるような気はしてたんだ。恩を仇で返されるなんて事は、ここじゃ日常茶飯事だ。
ゆっくりと得物を地面に置き、俺は両手を挙げた。
いきなりズドンといかれちゃ、たまったもんじゃない。せめてもの抵抗に大袈裟なため息を漏らす。
助けてやったのにこのザマだ。ほんと、人助けなんかするもんじゃない。
まぁわかっていたことだ。
だけど、やっぱりこいつは何もわかっちゃいない。今はこんなことをしてる場合じゃないのに。
「助勢には感謝しているよ少年。けれどその姿を見て無警戒ではいられないんだ。私の気持ちも察してくれるかね?」
女は笑みを浮かべて穏やかに語りかけた。だがその目には明らかな警戒の色がみて取れる。
(その姿……ね)
俺は想像してみた。
このいけすかない女の目に映る自分の姿を、だ。
防寒も兼ねて首に巻いていた布を引き千切った今、こいつの目には俺の首筋が見えているはずだ。
黒く、鱗のようにも見える俺の肌が。
呪いによって変質した俺の身体が。
控えめに言っても、その部分だけ見れば人間じゃない。その自覚はある。
こんな身体に生まれたせいで、散々酷い目にあってきた。いやでも思い知る事になる。
けどここじゃ、そう珍しくもない。
ここで生まれた子供の殆どは俺みたいな呪い子だ。もっとも、人らしさを保ったままの呪い子、となると話は違ってくるが。
だが、女の口ぶりからすればそんなことも知らないとみえる。
「呪い子を見るのも初めてか? やっぱりお前ら外から来たんだな」
「いかにも、昨日ここに着いたばかりだが。そうか、呪い子と言うのか。呼び習わす名があるという事は、他にもいるのだな。実に面白い」
女はクツクツと笑う。
いつのまに回収して来たのか、千切れた腕を抱えたプリシラが女の側に立った。痛みを堪えている様子はない。その青い瞳はやはり何の感情も映していない。
無表情な少女と、狂気じみた笑みを浮かべる女。
全くなんだってんだ。
どうにも面倒な連中に関わってしまった事を、俺は後悔した。
「では教えてもらおう、呪い子の少年。混乱に乗じてその腰袋に仕舞った黒い骨。それを一体どうするつもりなのかね?」
女は手にしたマスケット銃で、俺の腰袋を指した。
目ざといやつだ。
確かに馬車を取り囲んでいた動く骸骨から抜き取った呪骨のいくつかは、他のそれと同様に油紙に包んで腰袋に仕舞った。
俺はチラリと腰袋に視線をやる。
(成る程、そういう事か)
俺はこの女が何を言いたいのか、それを理解した。
この女は俺が呪骨を使って動く骸骨どもを操っている可能性を考えた訳だ。
的外れもいいところだが、とりあえず疑ってかかるって姿勢は悪くない。
外の奴らなんて頭ん中がお花畑な奴ばかりだと思っていたけれど、どうやらこの女はそうじゃないらしい。
俺はどう答えたものかと思案する。
俺が呪骨を集める理由は単純。食い扶持を稼ぐ為だ。
別に隠すほどの理由でもない。
けど、正直に話したところで疑いが晴れるとも思えない。
だから俺は質問には答えずに、地面に這いつくばった騎士だった奴らの残骸に視線を向けた。
「そんな事よりあんた。銃があるなら好都合だ。俺なんか狙ってないで、今すぐそこらに転がってる死体の頭をぶち抜くんだな」
俺の視線に釣られるように、女の視線が無残な姿になった騎士たちへと向けられる。女はその悲惨な成れの果てに眉一つ動かさない。
「ほぅ、何の為に? 死者への冒涜ーーなどと胡散臭い言うことを言うつもりは無いが、今この瞬間に必要な事とは思えないが?」
女の視線が胡乱なものとなって俺に帰ってくる。だが思った通り、興味をそらす事には成功した。
わずかに下がった銃口に小さく息を吐く。
「今この瞬間に必要なんだよ。ここで死体を放置するって事がどれだけヤバい事かお前らはわかってない」
わざわざ女の使った言葉を使って俺は反論する。
少しばかり芝居掛かった所作で、俺は白衣の女を嘲笑うように見上げた。
その心中は穏やかとは言い難い。吐き気にも似た焦りが喉元までこみ上げる。
俺はずっと奴らの気配を探っている。まだ間に合う。
ーーその筈だ。
女の視線が俺に突き刺さる。
やがて「ふむ」と頷き銃口を逸らした白衣の女に、俺はようやく安堵の息を漏らした。
ひとまず、助けたやつに殺されるなんて無様な姿だけは晒さずに済みそうだ。
そう思った矢先だった。
「プリシラ、私の荷物を持って来なさい。兎に角、ここから退散するのが先決のようだ」
女がそう言い放つや否や、プリシラは馬車の御者席に登り、荷台に置かれていた大荷物を手に取った。
プリシラが身の丈に不釣り合いなほど大きな鞄を抱えて降りてくるまでの間に、白衣の女は馬車の客室の中から手荷物を引っ張り出す。
白衣の女はその中から何やら細長いガラス瓶を数本取り出すと、歯を見せて不敵に笑う。
ひどく嫌な予感がする。
そしてそれが間違いじゃないことは、すぐにわかった。