呪い子《カーズド》
現実。現実か。
目の前にある現実。
それは、女中服姿の少女が、およそ片腕を失っているとは思えない動きで動く骸骨共を砕いて回る様だ。
まったく冗談じみた光景だ。まるで笑えやしないけど。
なんにせよ、死んだ妹と同じ名前で呼ばれた少女の、その動きに鈍った様子はない。
まぁいいかーーと、頭を切り替える。
こいつが何者かなんて、今はどうだって良い事だ。
戦えるんならそれでいい。コイツは強い、それはわかる。だったら、俺がやる事は一つだ。
「構わずこいつらをバラバラにしろ! トドメは俺が刺して回ってやる!」
そう叫ぶと、俺はプリシラの滅茶苦茶な戦いに参加した。
とは言ったものの、プリシラの動きは速すぎて、動く骸骨共々一緒くたに切り捨てられそうになる。
俺のことなど御構い無しだ。
目の前スレスレを通過する片手斧に肝を冷やす。
プリシラがぶちのめし、俺が呪骨を片付ける。そういう作戦だ。
それが一番効率がいい。
そう思った訳だが、その意図が伝わっているかも怪しい。
だが、四体ほど動く骸骨をバラバラにしてみせたあと、プリシラはピタリと動きを止めた。
じっとこちらを見るその青い瞳からは感情らしいものが何も読み取れない。
その姿に、古傷を抉ったみたいに胸のざわつきが酷くなる。
(なんなんだよ一体……)
戸惑いを返している間に、今しがたプリシラが粉砕した動く骸骨達の再生が始まった。それがどんな理屈なのか知ったこっちゃない。カタカタと音を立てて、不気味に元の姿に戻ろうとするソレの向こうで妹に似た少女は立ち尽くしている。
その瞬間を俺は見逃さなかった。
物憂げに伏せた瞳、その控えめな口元から小さなため息がこぼれ落ちるのを。
それから青い瞳が俺を射抜く。
ピンときた。
(遅いって? 何やってんだお前ってか?)
コイツは作戦は理解してる。ただ、俺がコイツの動きについていけないのが悪いのだと、そう言いたいのだ。
一言も口にしなかったが、態度がそう言っていた。
妹と同じ顔で、妹が俺に向けることのない眼差しを向けた。
一気に言い表しようのないムカムカが込み上げる。
「畜生! やってやらぁっ!」
俺は首に巻いたボロ布に手をかけ、思いっきり引き千切る。
聖職者の聖別されたローブの切れ端だ。そいつはインチキ野郎だったけど、お清めとやらはどうやらホンモノらしかった。
布を剥ぎ取った瞬間、肌がチリチリと痛む。
俺を見た白衣の女が目の色を変えたのがわかった。
あの女には俺から、俺の身体から滲み出るような黒い霧が見えているはずだ。
この身体を蝕む呪いの霧が。
(あぁちくしょう痛ぇ)
苦痛に顔を歪める。
だが痛みと引き換えに俺は力を手に入れる。俺みたいな痩せっぽちのクソガキが、今の今まで生き残ってこれた理由がそれだ。
この呪われた街で生き抜くために、呪いの力に頼る。本末転倒な話だとつくづく思う。
ただ目の前にある死の運命を少しばかり先送りにしているだけだ。そんな事はわかってる。けど、それ以外の方法が俺の手の中にはない。
腹をくくるしかないんだ。
まるで、自分はそう言う装置なのだと言わんばかりに、動く骸骨を粉砕する作業に戻ったプリシラへと目を向ける。
やっぱり速い。けれど今の俺にはその動きが見える。その姿を目で追える。
(いけるっ)
意を決して飛び込んだ。
そこは踏み込んではいけない死線の先。
酷く物騒な風切り音を唸らせて振り回される片手斧の間合いだ。
ビビったら負けだ。観察してタイミングとスピードを合わせ、動きを先読みする。
目の前で、プリシラの片手斧がまた一体動く骸骨を粉砕した。
やる事は単純だ。俺はただ、バラバラになった骨の中から黒い骨を探し、他の骨から引き離す。それだけでいい。
砕け散る動く骸骨の破片の中から目敏く呪骨だけを掴み取る。
プリシラが吹き飛ばす奴らの破片の中から。再生しようとわななく残骸の中から。
俺のことなど御構い無しに振り回される片手斧に、何度も肝をすりつぶしながらそんなことを繰り返す。
馬車に据えられたカンテラだけが照らす薄暗い大通りが、不気味な静けさを取り戻すのにそれほど時間はかからなかった。
(どうにか間に合った……か?)
ゼェゼェと情けない息遣いを堪えることもできないまま、俺は辺りの暗がりに目を凝らし、耳を澄ませた。
辺りには乱れた自分の息遣いしか聞こえない。騒ぎを聞きつけた厄介な乱入者はどうやら居ないらしい。
大きく息を吐く。
ふと目を向ければ、汗ひとつかいていないプリシラの姿がそこにあった。
緊張の糸が切れると途端に疼くような痛みが全身を襲う。
思わず顔を歪めるた俺の背に、拍手を伴って声がかかった。
「いやはや、素晴らしいな君は。私のプリシラに、スピードでついてこられる人間が居ようとは。いまだ世界は未知なる発見に満ち満ちている。全くもって素敵だ。実に喜ばしい」
白衣の女だ。
どこか高揚したその声に、初めて動く骸骨を見た時のような、熱に浮かされたような表情をしているに違いないと思った。
だけど、振り向いた俺の目に飛び込んできたのは、冷たく覚め切った眼差しと、鈍く光を反射する銃口だった。