血みどろの出会い
「なんだこれは! なんなんだこいつらは!」
半狂乱の兵士が立派な剣をでたらめに振り回す。
相手がいくらウスノロの動く骸骨でも、あれじゃ当たらない。二、三体の動く骸骨に組み付かれ、あっという間に血だまりの中に沈んだ。
「腕がっ! こいつら噛み付いてっ!」
左腕を必死に庇う兵士がいる。
左腕には胴から断たれてなお牙を立て鎖帷子を食い破ろうとする動く骸骨の頭が。
「あぁっ! 神よ! どうかご加護を!」
神よ! だとさ。傑作だ。
そう叫んだ甲冑の兵士は足を捥がれて這いつくばった。
「見た目に惑わされるな! 動きは鈍い! 一体ずつ確実に殺せ!」
そう気合を吐いて一体の動く骸骨の頭蓋骨を叩き割った兵士もいた。
身なりからすればあれが指揮官だ。
(へぇ、少しはマシな奴もいる)
心の中で俺はそうこぼした。
指揮官の判断は間違っちゃいない。だけど、やっぱり無知だ。
だから、あいつも死ぬ。
一体、また一体と動く骸骨を斬り伏せ、そして振り返り、指揮官らしき男は動きを止めた。
見たのだ、現実を。このデタラメで嘘みたいな現実を。
唖然として立ち止まった指揮官らしき男の目の前で、斬り伏せたはずの動く骸骨共がまた立ち上がる。
男のからだがワナワナと震え、そしてーー。
ついには女みたいな悲鳴をあげた。
まぁ普通はそうなんだろうさ。
骸骨が動き回ってるってだけでも、十分悪夢だ。それが切っても切っても死なないとなれば、正気じゃいられない。
剣を捨てて逃げ出した指揮官だった男の背中に動く骸骨どもが群がるように襲いかかる。
這いつくばったその背中に、生きている事が憎くて憎くて仕方がないとでも言うように、執拗に得物を振り下ろす。
何度も何度も何度も。
刃がボロボロにかけたもはや剣とも呼べない代物が突き立てられるたび、陰惨な匂いを撒き散らしながら男の命が飛散する。
あぁやっぱり。
悪趣味だと自覚がないでもないが、見たかった光景を目にする事が出来た俺は早々に溜飲を下げた。
まだ何人かが無駄な足掻きを続けていたけれど、最後まで見届ける必要もない。どうせ誰も生き残りやしないんだから。
そうなれば、こんなところに長居は無用だ。
幸いなことに連中は俺に気づいていない。
大通りで続く阿鼻叫喚のどんちゃん騒ぎに背を向けて、俺は気配を悟られぬうちに立ち去ろうとした。
その背中に、その声を聞いたんだ。
「あーあー、だから護衛はいらないと言ったのに」
どうにも場違いな、呑気な女の声だった。
思わず振り返った俺の目に、その姿が映る。
馬車のドアを開け身を乗り出しているのは赤毛の、上等そうな身なりの女だった。
三十路に達しているかどうかという歳の頃。遠目に見ても美人に見えた。だけどその表情がいただけない。
「それにしてもすごいな、実に興味深い。骸骨が動いているよ。一体どういう仕掛けなんだろうか?」
目を疑った。
女は笑っていたのだ。
残忍に、陰惨に、死が形を成して目の前にあるというのに。
美形なせいか妙な凄みすらあった。
あれは知ってる。ああいう手合いは気狂いだ。
こいつらは外から来た上に馬鹿だったんだ。
「この街はホンモノだ。我儘を押し通してここに来た甲斐があったというものだよ。だがしかしなんだね。このままじゃぁ私も死んでしまう。だからプリシラ。仕事の時間だよ」
女の口から出たその名に、否応なく眉尻がピクリと動いた。
どういう訳だか異常な程上機嫌な女が場所を開けると、姿を現したのは少女だった。
少なくとも俺にはそう見えた。
女中服と言うのだろうか。
黒を基調としたドレスに白いエプロンをした小柄な少女が、女の言うなりに馬車を降りる。
その姿に唖然とした。
その名にその顔。胸の中がゾワゾワする。いや、そんなことよりも。
どう考えても、殺してくれと言っているようなものだ。
甲冑に身を包み、武装した兵士ですらあのザマだったって言うのに。
「プリシラ。脅威判定は中程度だ。壊さない程度にやりなさい」
「……排除をはじめます」
高らかに、勝ち誇ったかのように告げる白衣の女に、女中姿の少女は抑揚のない言葉で答えた。
と、同時に動き出す。
目がどうにかなったのかと、俺は思った。
真白な髪を揺らし、常軌を逸したスピードで少女は動き始めたのだ。
いつのまにか、ついでに言えば何処から取り出したのか、両手にはそれぞれ片手斧が握られている。
少女はあっという間に数体の動く骸骨を殴殺してみせた。
その様に、思わず息をのむ。
だけど――。
(あれじゃぁダメだ)
バラバラに散らばった骨片が何かに吸い寄せられるように元の形へと戻っていく。
少女は何度も何度も動く骸骨をバラバラにしたが、いくらでも元に戻る。アレはそういうものだ。
「どうやって元の姿に戻っているのか実に興味深いが……。ふむ、キリがないな」
馬車の昇降台に悠然と腰掛け、少女の戦いを見物する白衣の女の元に、一体の動く骸骨が迫った。
振り下ろされようとしているボロボロの剣だったものに、女は表情一つ変えない。
――殺られる。
そう思った次の瞬間、女中姿の少女が割って入った。
あろうことか、二の腕でその斬撃を受けた。
少女の右腕の肘から先が千切れ飛んだ瞬間、白衣の女が表情を変える。
酷く不機嫌そうに眉をひそめたのだ。
「私は壊すなと言ったぞ、プリシラ」
腕を抱えてうずくまった少女に、冷たい声が突き刺さる。
心底胸糞が悪かった。
その瞬間、俺の中で何かが弾けた。
弾け飛んでしまった。
それは多分あの女中服の少女が、似ていたからだ。
半年ほど前に死んでしまった妹に。
俺がなりふり構わず阿鼻叫喚の大通りに身を投げ出したのは、ただそれだけの理由だった。