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1 Arrival


1 Arrival



ここ数日降り続く長雨に村の住人は皆すっかり雨戸を閉め切って、もう春になろうと言うのに煙突から細い煙を燻らせていた。


「はやく咲いて」と急かすように急きたてるように、花々の蕾を濡らすこの時期の雨を“催花雨”なんて呼ぶけれど。季節を運ぶ妖精が居るのなら今年は些か張り切りすぎたらしい。


山々は身を削られ麓の村に土石混じりの水を流し、木々は力無く葉を萎らせている。


厚い雲に太陽はすっかり隠されて。

冬に逆戻りしてしまったかの様に冷え込んで、しとしとと屋根を打つ音だけが人影ひとつ見えないこの村に響いていた。




「はぁ...っ。」


静まり返った辺鄙な村の一角、煉瓦造りの教会の軒先に女が1人立って居た。


すっかり冷えた指先に息を吹きかけ擦り合わせる。

しかしちっとも温まらないのは、雨のせいだけでは無かった。


「おなかすいた......」


街を離れてもう4日、森を彷徨い歩いて碌な食事も摂れていない。

彼女の身体は限界を訴えていた。


壁に凭れてずるずると座り込む。

ここまでか、短い自由だった...。なんて世を儚んでいると、不意に頭上から金属錠の外れる音がした。


「...お嬢さん?具合が悪そうですね。」


見上げると、白いシャツを身につけた青年が心配そうな面持ちで窓から乗り出してくる。


「良ければ中へ...今、お迎えにあがりますね。」


見るからに人当たりの良さそうな青年は一旦中に引っ込むと、勝手口から傘を持って再び現れた。


濡れた肩に白く清潔そうなタオルをかけて、まるでお姫様でもエスコートするかの様に恭しく気障ったく、女を部屋に招き入れたのだった。




勝手口から通されてここはダイニングだろうか。

部屋の中は心地良く暖められ、キッチンからはバターとミルクをたっぷり入れたクリームシチューの香りが漂ってくる。


思わず女の腹が可愛らしい音を立てた。


「あっ、...。」


「っふふ、...ああ、すみません。失礼な事を。......良ければ一緒にお食事でもいかがですか?僕1人じゃ食べきれない量が出来てしまって、丁度困っていた所なんです。でも、その前に...濡れたままじゃ身体に悪い。」


物腰穏やかでお伺いを立てる様な口調とは裏腹な逆らえない雰囲気のある青年に、気付くと女は風呂から着替えからあれよあれよと持てなし尽くされてしまっていた。



「男の一人暮らしなもので、そんな着替えしか用意出来ませんが...。お嬢さんのお召物は暖炉で乾かしておきますからこの籠に。」


男の私服だろう厚手のセーターとスラックスを手渡され、この強引な展開に今一着いて来られていない女はポカンと口を開けて男を見つめた。


「......お手伝いが、必要ですか?」


「へ⁉︎いいいいえ!1人で大丈夫ですっ!!」


困った子供を見る様に眉を下げた青年の表情に、女は頬を染めて逃げる様にバスルームへ入って行った。





暖かいシャワーを存分に浴びて人心地ついた様子の女は、借りたセーターに袖を通した。


恵まれた体型をしていた男の服は、小柄で華奢な彼女には些か大きい。

どうせ膝の上までセーターの裾で隠れるから、とスラックスを履くのは諦めて、ぶかぶかの袖を手首まで捲り上げた。



ダイニングを覗き込むと、鼻歌交じりで鍋をかき混ぜる青年と目が合う。


「もうすぐ用意ができ......わあ!な、なんて格好を...!」


青年は恥じらい慌てて顔を背けた。


一悶着あったものの結局腰にバスタオルを巻き付けるところに落ち着いて、2人はやっと食卓に着いたのだった。





ーー

「ええ!サン=ホルストからここまでお一人で?大変だったでしょう。」


パンをちぎりながら青年が声を上げた。



広大な国土と豊かな鉱物資源で目覚ましい発展を遂げた国、ホルスト帝国。


国中の栄華が集う首都・サン=ホルストから南東に汽車で丸2日、国境に聳えるウェバー山脈の裾野にぽつんと佇むこの小さな村こそが、このお話の舞台ロベール村である。


総人口数49名、平均年齢73.2歳。

満場一致の『限界集落』だ。



「さぞお疲れでしょう。...今夜はここに泊まっていってください。」


「えっ...でも、急にそんな...悪いわ。」


女は口元に手を添えて、上目遣いで青年を仰ぎ見た。


「鍵のかかる部屋もありますから、どうかご安心くださいね。」


「ああ、そんなつもりじゃ......。本当に良いのですか?」


「ええ。ここは神の家...何者をも拒んだりは致しませんよ。それに、こんな田舎ですからね...他に宿屋もありませんし、汽車も隔日で二便だけ。明日の朝まではここで休んでいった方が良いでしょう。」


ふんわりと人好きのする笑顔に、悪意は一欠片も感じられなかった。


女は逡巡を誤魔化す様にシチューを掬って口に運ぶ。じっくりと煮込まれて噛む必要の無いくらい柔らかな野菜とまろやかなミルクの口当たりが、疲れきった彼女の判断力をとろとろに溶かして行く。


他人の親切さに触れて、理性までゆっくり微睡む。



雨雲のおかげで気付かなかったけれど、辺りはすっかり夜の帳を下ろしていた。

Arrival

辿り着いたここは限界集落

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