【6話】初めまして、お姉ちゃんです。
唐突だが、私には妹がいる。名前は柊友奈で、愛称はユウ。年は4つ年下の17歳、高校二年生。性格は明るくて人当たりが良く、声が大きくて元気がいい。身長は162cm、体重はプライベートなことなので秘密(多分平均ぐらい)、スリーサイズは82/59/83で胸はCカップ。中学生の時はバスケットボールをしていて、高校では演劇部に所属している。趣味はドラマ鑑賞。好きな俳優がいるらしい。TVをあまり見ない私がよく知らない人だ。
その姉である私、柊須美は、そんな活動的な妹とは真逆の性格だ。腐向けアニメ(広義的な意味での)やゲーム(主に18禁)を愛する、いわゆるオタクで、趣味で同人誌を書いている。内向的な性格で、インドア派。陰キャともいう。
普段は全日制の大学に実家から通っていて、今は大学3年生。社会性もそれなりにはあり、勉強もそこそこ。容姿は、母譲りの高い鼻と整った顔立ちで、自分でも悪くはないとは思っている。ファッションはオタクに目覚める前の友達付き合いの関係で、それなりには。大学の友達や、他の学生と比べても十分におしゃれは出来ていると思う。そんな外面については一人の大人として特に問題はない。内面も一部腐ってはいるが基本的に常識人だとは思っている。
元々ユウは私が小さい頃から所謂お姉ちゃん子で、私も私でお姉ちゃんを全うしていた。仲も良く、小学校の時は毎日一緒に登校していたし、二人で映画を見に行くなんてこともあった。私がまだ純粋な”少女”だった頃までは。
私は小さい頃から絵を書くのが好きだった。それは小学生に上がっても、中学生になっても変わらなかった。本も少しは読んでいたが、一番ハマったのは少女漫画だった。ある日、王子様が私の前に現れて~といったファンタジー系から、イケメン幼馴染との恋愛を描いた学園系、職場での上司との恋愛を描いた大人の恋まで幅広く読んだ。
少女漫画作家になるのもいいかもなとぼんやりと考えたこともあった。少女たちに夢と勇気とドキドキを届ける仕事。初恋もまだの私には、とても書けそうにはないけど、いずれは…という想いがあった。しかしそうはならなかった。
ところでこの世界には、”沼”という言葉がある。自然界の特定の湿地を指す方でなく、特定の趣味や娯楽等にのめりこむ様にハマってしまい、それこそ底なし沼のようにズブズブと抜け出せないほどに深くまで落ちてしまった状態のことだ。人によってはその”沼”はその人自身の価値観を大きく変えてしまうほど影響力を持つものもあり、特に人格形成途中・成長途中の少年少女にとっては多大なる影響を及ぼす可能性がある。
一般的にオタク趣味と呼ばれるものは、その影響がかなり強い。私が高校生の時にハマったBLというジャンルはまさにそうだった。
きっかけは本屋でのとある出会いだった。いつものように少女漫画コーナーに行こうと本棚の角を曲がったところで、とあるピンクのポップが目が入り、足が止まった。「500万部突破の少女漫画『初恋日和』屋久キヨミ先生が描く、初のBL!」
「へー」
『初恋日和』は、恋をしたこのない高校生の女の子がクラスのとある男子に恋をしてしまい、恋に奔走する話だ。最初の展開としてはよくある、ガールミーツボーイ。ただ、作者の屋久キヨミ先生は心理描写がとにかく細かくて、登場人物それぞれの気持ちや事情、人間関係や人間性が繊細に描かれていて、青春群像劇としてもかなりいい出来だった。初恋を夢見ていた当時の私は特に、私と同じく恋をしたことなかった女の子である主人公の葉子に感情移入してしまい、その作品の世界観にものめり込んでしまった。『初恋日和』は私の中の好きな少女漫画トップ5にも入っている。
その、屋久キヨミ先生の作品はそういえばしばらく見てなかったなと思ったら、新しいジャンルに挑戦されていたらしい。BL=ボーイズラブ。男性同士の恋愛という変わったジャンルで、私は読んだことがなかったが、そういうジャンルがあるということだけは何となく知っていた。
「買ってみようかな」
表紙にもあらすじにも特別興味を惹かれたわけではなかったけど、何となく買って読んで見よう、そんな気にさせられた。好きな作家だから。その一言に尽きる。そしてその一冊が私の人生のターニングポイントになった。
読んでみると悪くないしやっぱり屋久キヨミ先生はすごいなぁという感想を抱き、他のボーイズラブも気になるし読んで見ようかなぁ…と次々と手を出し、いつの間にかその内容も過激な性描写を含むものになっていき、気づけば沼に落ちていた。決して這い上がれない深い深い沼。恋を夢見た少女は、いつの間にか腐った妄想を夢見る大人になっていた。この沼から抜け出るにはそれこそ、王子様に手を引いてもらうでもしないといけない。手を引いてくれる王子様が後ろから掘られる様子を私は脳内で想像もしているわけだが。
そうして腐るところまで腐り、絵を書くのが好きだったことからBL漫画(R-18)を書き始め、ついでにBLを書くための参考資料として普通のアダルト漫画も読み始め、オリジナルより二次創作を書く方が好きだと気づいた頃には腐アニメやエロゲーにも手を広げており、今がある。
自分が腐っているとはっきりと自覚した高校3年生の頃からは、受験勉強という表向きの理由を使ってユウとは距離を置き、受験が終わって大学生になっても距離を取り続けていた。あのかわいく元気な妹を私の手で汚したくはない。たとえ私が堕ちるところまで堕ちても、私がユウにとっての憧れのお姉ちゃんでいることを捨てたくはなかった。だからこの趣味だけはユウには隠して表向きの柊須美、腐る前の柊須美を演じていた。
ただ、同じ家にいて隠し事がいつまでも続けられるとは限らない。
とあるきっかけから、ユウに私の持っている大量の同人誌が見つかってしまった。しかもそれに少し興味を持ったユウが、普段部屋に入れてくれない不満を種に、鬱憤を爆発させ、結局ユウもこちら側に引きづりこんでしまった。というか、途中から今まで守ってきた姉の威厳とかがどうでも良くなって、逆にこの子を染めてやろうと乗り気で色々読ませてしまった。その流れで、ユウに初潮も体験させてしまった。新たなステージへと踏み出したあの子を前に、今はユウに目覚めさせてしまったことに後悔はない。あの子は間違いなく資質があった。私と同じ、変態の資質が。
そしてここからは余談だが、私はどうやら女もイケるらしい。実妹に手を出すという社会的にアウトなことをしたにもかかわらず、経験したことのないものすごい興奮と背徳感に歓びを感じていた。姉心という一種の母性のような愛情は、性的な愛情にも変換できるらしい(※個人差があります)。
「すみー!ちょっといい?」
ノックが鳴って、廊下から声がした。ユウだ。あの時以来、私の部屋にユウが来ることもまた当たり前となり、今では昔通りの仲の良さに戻っている。私が趣味を隠して避けるようになってから、別に仲良くしていなかったわけではなかったが、私はユウに対してどこかよそよそしさがあった。その壁は今や溶けてなくなり、もうユウに対して立派なお姉ちゃんを演じる必要はなくなった。きっと昔とは何かは違っているけど、それでもこの関係性は居心地が良くて、自然で、好きだ。
「なーにー?」
「今暇?ちょっと相談したいことがあって」
「ん、なに?いいよー」
後書きで特に書きたいことはなかったので、次回予告と宣伝を。
次回は3話分で一つのお話で、サキとユウの姉スミとの邂逅の話です。
その他、情報発信等はTwitterがメインになると思うので、良かったらチェックしてみてください。
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