【5話】ユウの葛藤
実はちょっと後悔してる。
初めて姉の同人誌を見せた時、今日サキが自分でエロ本を買って読んだという話を聞いた時。私の興味本位で渡した冊子が、サキに何かを目覚めさせてしまった。あの純粋で、知的で、冷静なサキがあそこまで豹変するとは思ってもみなかった。
そして多分、サキは自身のその変化に対し、完全に制御しきれていない。話している最中は明らかに普段の自分を忘れていたようにも見えたし、どうみても暴走しているようにしか見えない。もしかしたらあれがサキの本質で、遅かれ早かれこうなっていたのかもしれないと思うところもある。それでもサキを変えてしまったのはやはり自分がきっかけで、それが良いにしろ悪いにしろどちらでもないにしろ、罪悪感は拭えない。
ただそれとは別に、そんなサキの変化に、罪悪感からくる背徳感に、なぜか高揚感を感じる自分もいる。火遊びをしたがる子供の気持ちというのはこんな感じなのだろうか。本来ならそんな風に悦んじゃダメなはずだ。罪悪感はあるのだから。
ただ、この事態はそこまで大げさに捉えなくてもいいのかもしれない。
まず、サキはいつでもそうだが、基本的に自分の感情をコントロールするのが多分得意だ。サキから愚痴を言うのを聞いたことがない。私はサキに愚痴を聞いてもらったことは何度かあったはずだし、去年は同じクラスだった以上、何かしら二人に共通するような愚痴を言いたくなる出来事はあっていいはずなのに。
一度サキに聞いてみたことがある。サキは悩みとかないの?って。その時の会話はこんな感じだった。
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「もちろんあるにはあるよ」
「じゃあ私に相談してくれていいんだよ、私も色々聞いてもらってるんだし」
「うん、ありがとうね。聞いてほしいことがあればユウに相談するよ」
「ほんとに?何か抱え込んだりしてない?」
「今日はどうしたの?松下先生へのイライラはまだ収まってないの?」
「そういうわけじゃなくて。サキからそういう話をしてこないから、私って頼りにされてないのかなって…」
「まあ、そうかもね」
「そうなの!?」
「冗談、冗談。言葉の綾だよ。人には適材適所があるって話。ユウにはユウの良いところもあるし悪いとこもある。例えば、ユウって割と感情とか勢いでドーンッって言っちゃうことあるでしょ。今日は珍しくセンチメンタルみたいだけど」
「まぁ…そうだね」
「なんていうかさ、こう…どんなトラブルにも必ず理由があるんだよ。私はユウでいうところの、愚痴を言いたくなるような事態が起きた時に、まず客観的に整理してみるんだ。何が問題で、どうするべきかを。それを踏まえて誰に相談するか、誰に聞いてもらうか、検討したうえで話をするの。そういう段取りを組むから、わざわざ人に言わなくても解決できる問題も多いし、相談した方がいいと思ったら相談するべき相手にちゃんとしてるよ。お母さんに色々聞いてもらうことはよくあるよ」
「そうなんだ…。あれ、結局私が頼りないってこと?」
「や、そうじゃなくて。私は割と理屈とか状況分析で解決できちゃうことが多いから、感情面で頼れるユウに相談するような大きな問題が今までなかったってこと。」
「大きな問題って例えば?」
「だからさ…その例えばだけど…。私に好きな人が出来て、気持ちに整理がつかなくてどうしようとかなったら間違いなくユウに相談すると思う。愚痴ではないけどね。」
「え!好きな人いるの?誰!?」
「だから例えば!」
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という感じだ。結局のところ、サキは頭がいい。何でも一人でこなしてしまうことが多い。だから、多分だけど、サキもこの性の問題について、ある程度自分を分析しているはずだ。だからあの暴走は、まだ自分で制御できてないだけで、多分これも一人で何とかしてしまうんだろうと思う。
そしてここで一つ。大事なことがある。
サキの持つ性知識は明らかに偏っている。もちろん、3日前までエッチなことをほぼ知らなかったっぽいし、そもそも知識量が少ないからかもしれないけど、それを分かっててもやっぱり偏ってると思う。知るべきことを知らず、知る必要のない知識を深く知ってしまっている気がする。
何より、私とサキのエロに対する視点は、多分根本的にずれている。何というか、評論家っぽいというか、小難しいというか。よくわからない視点から真剣に分析して感想を話してるようだった。だから、オ〇ニーより先にア〇ル知っちゃってるし、その偏りについても特に気にした様子じゃなかった。
例えるなら、日帰りの登山をするために、登るための準備をするのじゃなく、生えているキノコが食べられるかどうかを先に調査しているようなものだ。そもそもキノコは食べられないものの方が多いから、素人が触るのは特に危険なのに。
いずれ、普遍的な性知識も理解していくとは分かってはいても、このままサキを放っておくことはしたくない。次に話す話題が、SMだとかスカ〇ロだとかになってはこちらも堪らない。だから、正しい性知識を順当に知っていく必要がある。そしてその指導役はお姉ちゃんが適任だと思った。わたしより遥かに物知りなお姉ちゃん。
「すみー!ちょっといい?」
「なーにー?」
ガチャっと外開きのドアが開く。「須美」と書かれたプレートの下がった部屋から出てくるのは、髪の毛がボサボサの女性。眼鏡をかけパジャマに身を包んだ、私の姉だ。
「今暇?ちょっと相談したいことがあって」
「ん、なに?いいよー」