天空寺さんは匂いフェチ
放課後のチャイムが校舎全体に響き渡る。俺はチャイム音が大好きだ。特にこの終わりのチャイムが。チャイム音は自由を告げる音でもある。俺、如月 進 はチャイムが鳴った瞬間に教室から出て廊下を走り正門を走り抜ける。
俺は学校から帰るのは誰よりも早い。早すぎて帰宅魔と呼ばれているぐらいだ。
「よし、十六時三十二分三十秒。良い感じだな 」
俺は走りながら左手の時計を見て良い気分に浸っていた。完全な自己満足である。
気持ち良いスタートを切り走って帰っているとある忘れ物を思い出した。それは今日の体育の授業で使用した体操服だ。取りに帰るか悩んだが置いておくのは汚いと思い取りに帰った。正門を再び駆け抜けて廊下を走る。風が顔を横切り心地いい。俺は走ることが大好きだ。
教室に着きドアを開けると驚くべき光景が目に飛び込んでくる。俺の座席には一人の女子が座っている。そしてその女子が手に持っているのは体操服だ。しかも体操服には俺の苗字が刺繍されている。つまり俺の物だ。その女子は体操服を顔にくっつけて匂いを嗅いでいるように見える。
女子の名は天空寺 玲奈さんだ。天空寺さんは学園一の美少女で生徒会長も務めている。いつも真面目で勉強もできハイスペックな人が今俺の座席で体操服の匂いを嗅いでいるのだ。
俺と天空寺さんは目が合うと無言で見つめ合っていた。どう声を掛ければ良いか分からない。悩んでいる隙に天空寺さんの方が先に口を開いた。
「如月くん。見たわね..」
「うん。見ました 」
天空寺さんは取り乱すことなく冷静で冷えたような表情で俺の顔をじっと見る。その鋭く真っ直ぐな目つきに俺の方が目を逸らしそうだった。しかし、悪くない俺が目を逸らすのは嫌なので必死で目を見続けた。
「あの、何で、俺の体操服を 」
「何でか聞きたい? 」
「はい 」
「私、匂いフェチなの 」
天空寺さんは一瞬も躊躇うことなく言った。仮に俺が逆の立場だったら黙って逃げ出すか慌てて取り乱す所だろう。
「それで俺の体操服の匂いを? 」
「実はね私、如月くんの匂いが大好きなのよ。如月くんの匂いは鼻を通り私の心を満たしてくれるの。この匂いが堪らないのっ。私、毎日如月くんの匂いを嗅がないと生きていけなくなったのっ!! 」
天空寺さんは先程まで落ち着いた冷静な雰囲気から一変して熱く流暢に語る。俺の匂いについてここまで熱く語られると言い返す言葉が見当たらない。
「はぁ....」
「引いたでしょ? 」
「うん 」
俺は思ったことはなるべくストレートに言いたい。俺は学園一の美少女である天空寺さんに匂いを嗅がれて嬉しいと言いたい所だが話を聞くとやっぱり引いてしまった。
「とにかくそれ返してくれる? 」
「え....あの 」
天空寺さんは俺の体操服を強く握りしめると胸に引き寄せて抱きしめる。俺は口を大きく開いた。
「だめっ。まだ匂いノルマ達成してないからっ 」
天空寺さんはお気に入りのぬいぐるみを手放したくないような雰囲気を放ち体操服を握って離さない。
そして、天空寺さんが言った匂いノルマに疑問が募る。
「匂いノルマって何? 」
俺は匂いノルマという訳の分からないパワーワードについての説明を天空寺さんに求める。
「匂いノルマは字の通りよ。私が一日に如月くんの匂いの嗅ぐのに必要な時間のことよ 」
「はぁ....」
何とリアクションを取ればいいか分からなくなる。まぁ何にせよ学園一美女で生徒会長もしているような人が匂いフェチというのは予想外だった。
「だから、まだ返せないからっ 」
「俺早く帰りたいから渡して欲しいんだけど 」
俺は天空寺さんに体操服の返却を求めるのだが返してくれる気配が見えないと思っていた。しかし、複数回の交渉で天空寺さんは折れそうになっていた。
「わ、分かったわよっ。返してあげるわ。でも、後十秒だけ嗅がせて。ね? 」
「分かった。十秒な 」
「いや、やっぱり三十秒!! 」
「あー分かったわよ。三十秒な 」
「いや、やっぱり一分っ 」
これはどんどん伸ばす気だ。これ以上了承すれば時間はどんどん長くなるのは確定だ。俺は三十秒で切り上げることにした。
「待て、三十秒な 」
「えっ、おかしいわよ。一分ぐらいいいじゃないっ!! 」
「これ以上認めたらどんどん伸びそうだからなー 」
「えーっ。もう伸ばさないから一分にしなさい 」
「んー信用できない 」
「ケチッ。如月くんのドケチッ 」
天空寺さんは冷たい目で俺を見る。気のせいか冷たい目の裏に涙を浮かべているような気がしてならない。
「天空寺さん。涙出てる? 」
「な、泣いてんなんかないわよ 」
そんなに匂いを嗅ぎたいなら一分だけは嗅がせてあげようと思った。
「天空寺さん嗅いでいいよ。でも、一分だけまでな 」
「本当!? やったわ。ありがとう如月くん 」
天空寺さんは涙を消し俺に感謝を述べると体操服に顔を埋めて思いっ切り嗅ぎ始めた。
「すーーーっ....すーーーーっ....くんか....くんか....」
凄い鼻の音だ。天空寺さんは匂いを嗅ぐことにおいても学園一かもしれない。
匂いを嗅ぎ続けて一分経つと天空寺さんは俺は体操服を返却した。
「如月くんありがとう。これからも匂いの提供お願いね 」
天空寺さんは爽やかな笑顔を俺に向ける。俺と天空寺さんの奇妙な関係はこうして始まったのだ。