6話
盗賊退治の詳細を聞く約束をした前日
2人は軽くこなせそうな町周辺の魔物討伐の依頼をそれぞれ単独で受ける
「あれ?今回はソロで討伐されるんですね?」
「この規模なら1人でも大丈夫そうなので。」
というのは嘘だ。どちらが早く上のランク、つまりEランクに上がれるかという競争をしているのだ。
S A B C D E Fという7段階の中でもFというのは駆け出しの初心者だ。Eになってようやくスタートという暗黙の了解があり、これにならないとまず冒険者として信用して貰えない
ラグやリアは特別に、しかも逆らわないようにした上で依頼を押し付けられているので特殊すぎる案件だ。
ただランクを上げるにも、報告の精度、達成率、当人の人間性という強さ以外の基準もある。それに見合うとギルド側から判断されたときにようやく声がかかるというわけだ
「あら、そうなんですね。怪我しないようにしてくださいね。最近魔族の存在もちらほら確認されてますし。」
「魔族?」
「ええ。魔物からごく稀に現れる進化した個体とされています。普通の魔物と比べて圧倒的に強い上、高い思考能力と意思があり、ギルドも警戒していて発見次第討伐依頼がギルドから直接出ます。」
「ギルドからですか…」
「はい。それ程までに危険な存在なのです。ごく一部にエルフやドワーフといった亜人が人間社会に混じって生活していますがあれは例外です。あそこまで人間と共存出来る種族はほとんどいません。」
そういえばこういう世界ではいてもおかしくなさそうなエルフを見かけてすらいない。余程数が少ないのか里のようなものから出てこないのか。
「分かりました、気をつけます。」
2人はその場を離れギルドを立ち去る
ラグとリアは準備をした上で町の外へ向かおうとする。
仮に敵によって毒に侵された場合、ゲームのように体力を奪われるだけではない。麻痺毒だと身体は動かなくなり、そうではなくとも行動の自由は奪われるだろう。
初心者からベテランまで解毒薬は必要不可欠な者であり、これを甘く見るものから死んでいく。そういう世界だ。
「ねえ?誰かに見られてない?」
「そんな気がするな。」
何者かの視線を感じる。実はと言うとギルドの中でも感じていたのだ。だが荒事にしないように黙っていた。
「捕まえる?」
「別に何かしてくる様子はなさそうだから放っておこう。」
「う〜んラグがそう言うならいいけど…」
気にしないことにして分かれてそれぞれの依頼をこなす為に移動する。この日はお互いに2件達成することができた。
再びギルドマスターの部屋に向かい、今度は本格的な内容についてを聞く。ドアをノックし、どうぞの声が聞こえてから入室する。
今度は部屋に入ってすぐソファに座る。
「で、この前の話を聞こうか。」
「来た途端にそれね。せっかちなのはいいけど少しはくつろいでもいいのよ?」
ギルマスは奥のデスクで書類仕事をしている。
「俺達は待てるがあいつらは待ってくれないぜ。解決はなるべく早い方がいい。」
「そうね。私としても問題は早く解決したいものです。後回しにするほどアクシデントが付きまといます。 」
ギルマスは立ち上がり自分達の目の前のソファに座り直し話を始める。
「盗賊退治の話ですが、まずは拠点を発見してもらいます。」
「まずはそこからか…なかなか骨が折れそうだ。」
「あてはついてるの?」
「いいえ、しかしそう遠くではないと予想しています。馬車で3日で行ける範囲であり、過去の事件とその頻度からある程度の場所は分かっていますが、一見わからないように偽装されているでしょう。不用意に近づいても警戒されてしまいます。」
「探索して探すのではなくピンポイントで見つけないとダメってことか。」
「その通りです。」
もちろん見張りは常にいるだろう、少なくとも小さい規模ではないのだから。そしてこの手の場合には相手が間抜けであることを期待してはいけない。そんな希望的観測を信じて行動するなど、トップに立つ人間には責任放棄に等しい行為だ。
だからこそある程度実力のある2人に頼んでいるのだ。
「拠点を発見したら次はどうしたらいい? 」
「報告をしてから作戦実行する日を教えてください。捕縛した者を確保する人員と最終的な調査を行う部隊を送ります。」
「分かった。期限はいつまでだ?」
「特に決まっておりません。ただそう長くかかって欲しくはないですね。」
「ふむ、2週間以内には完遂出来るよう努力するよ。」
「分かりました。他に質問はありますか?」
「いや、大丈夫だ。あとはこっちの努力次第だからな。」
2人はそそくさと部屋を出る。やることは山積みなのだ。通常の依頼とは危険度は高くなくとも難易度は跳ね上がる。何しろ相手は人間なのだから
静かになった部屋で1人になった女はぽつりと呟く
「お手並み拝見です。」
その声は誰にも聞こえることは無かった
ラグとリアは町を探索する
怪しい人物がいないか、事件は起きないかを見て回る
「おーい!」
こちらを呼ぶ声なのかは分からないが、聞こえてきたからしょうがないので後ろを振り返るとそこには数日前に一緒にコボルト討伐をしたティニーとベルがいた。
「おお久しぶりだな元気か?」
「久しぶりってまだ1週間経ってないだろ。」
「はは。悪い悪い、それぐらい色々あってな。」
「それよりさぁお前ら注目されてるんだぜ?期待の新人だってよ。いいなぁ俺らもそんなふうに見られたいぜ。」
「そっちはどんな感じなの?」
「そうだな、順調に依頼をこなしてはいるが、お前らにはかなわないさ。昨日だって2人合わせて4つも終わらせたんだって?」
「まぁ雑魚ばかりだしな。」
「そっちはそうでもこっちは命かけて戦わないといけない相手なんだぜ。まぁそんなことよりも、こんな所で何してるんだ?俺達は次の依頼に向けて準備してるところだけどお前らは消耗すること滅多にないだろ?」
「んん〜それはちょっと言えないかな〜。」
「も、もしかしてデートだったりします?」
「べ、ベルお前何言ってんだ?」
「いやいや、そういうのではないよ?」
なんとも言えない間が空いたところで一呼吸
「まぁいいや。なんかあったら呼べよ?いつでも力になるから。俺らが何か出来るほどのことがあるとは思えないけどな。」
「おう。頼りにしてるぜ。」
「はは。なんだそりゃ。じゃあな!」
ティニーとベルは買い物の続きをするようだ。
2人はそこから少し離れて路地へと移動する
グネグネとした道となっていてよく知った者でないと迷うのは必至だ。ほどほどに進んだところでさっき通った所を回り込む形で迂回して再度通る
買い物をした2日前に色々と町の細かい地図を書き記していたのでこういうことも出来る。
すると何かを探しているようにキョロキョロしている男がいた。
それをラグは後ろから抑え込む
「お前昨日から何の用だ?」
「ぐっ…」
「俺らを監視して何をしようとしてる?」
「…」
男はこちらを睨んだまま何も喋らない
「このまま無視すると痛い目を見るかもね?」
リアも男を脅す
ラグはその男の風貌を細部まで観察する
貧乏人のようなみすぼらしい格好をしているが、それにしては少し違和感がある
わざと汚したかのような埃っぽさ、やけに新しい布生地
巧妙に隠してはいるが専門の者からすると一目瞭然だ。
変装をしているのだろう、だがそれをするとするならば上は何者だろうか。少なくとも今回の盗賊の件とは無関係であると最終的な結論をした。
ならば素性の分からない組織だとしても敵対的になるような行為は避けるべきだ
ラグは拘束を解き、男を解放する
状況が理解出来ていない顔をしている 当然だろう
「いきなり捕まえて悪かったな。俺達の狙ってる奴らとはあんたは違うようだ。気をつけて帰れよ。」
2人はその場を立ち去る
「よかったの?だいぶ怪しいやつだったけど」
「多分敵じゃないよ。味方でもないと思うが。」
「ふーん?」
少し首を傾げているが何も言う気は無いようだ
そのまま路地を歩いているとコソコソとした話し声を聞いた
「ホントかよそれ!」
「ああ、今の時間帯は警備が手薄だ、楽に忍び込めるし見つかっても攫っちまえばいい。」
「マジか、あそこに住んでる女はイケるって聞いたしやっちまおうぜ!」
どうやら3人で会話しているようだ
この路地はこういう、ならず者達の間でも頻繁に使われるのかもしれない
「どうせならアジトに連れて帰ろうぜ。連れ帰った特権で遊び倒せるしよ。」
「お、そりゃいいな!」
「ギャハハ!!」
気配を消してその声の主に近づく
アジトという言葉から今回の盗賊団と関係があるかもしれない
細心の注意を払い消して気づかれないようにする
「それにしてもボスの言う通りにしてりゃ全然捕まらねぇから楽だぜ。」
「だな、やたらと頭が回るお方だ。」
「段々人数も増えてきたし、この盗賊団もそろそろ名前付けてもいいんじゃねえの?ギャハハ!!」
いくら上が有能でも下が無能だとこうなるのだろう、どこで何を聞かれているか分からないというのに
「…口は災いの元だな。それを言わなければ助かったのかもしれないのに。いや、いずれ見つかっていたな。俺が見つけるから。」
誰にも聞こえないほどの声量で吐き出す
「行くぞ、リア。」
「うん。」
ここを曲がれば奴らはいるだろう。
ちょうど袋小路になっていていて逃げ出せないのはいい。
「お楽しみのところ悪いけど、ちよっと話を聞かせてもらおうか。」
「な、なんだてめえらは!!」
「こんな所に何の用だ!このガキ!」
「いやぁちょっとあんたらが話してたアジト?に案内して欲しくてさ。」
「出来れば穏便に済ましたいんだけどね。大人しく吐いてくれれば痛い目を見ずに済むかも。」
どっちにせよ捕まるのだから穏便で済むわけがないのだが
「正体も分からねえやつに言うわけねえだろうが!舐めてんのか!」
「こいつらやっちまおうぜ!ギャハハ!!」
ま、この当然の反応である
「んじゃ、仕方ないな。ほらよ。」
相手からすると男の方が消えたように見えただろう
そしてその瞬間味方の一人がその場にうめき声を上げながら崩れ落ちる。そこでようやく男が攻撃したことが分かる
「おお、お前何してくれてんだ、これでもどうだギャハハ!!」
3人の中でも1番醜悪な見た目をしている男がリアに向かって走り出した。その右手にはナイフが握られている。人質にするためか、欲求を満たすための本能かは分からないが
相手との実力差が分からないというのは実に可哀想なものだ
「…」
女は一切の表情を変えず無表情を貫徹している。
そして手を前方にかざしたかと思うと、迫り来る男の真下の地面ごと足が一瞬にして凍りつく
「ななななななだだだだここここれれはははははわわわ」
あまりの寒さに会話すらできないようだ。脳もパニックを起こしているだろう。愚直に直進して来る上明らかに何かしてくるモーションがあったのにも関わらず、魔法を避けようともしないのだ。格下も格下、自分の頭で何も考えて来なかったのだろう。
「それで、あんたはどうする?」
残りの1人に宣告する 次はお前だと
「……言えねえよ!言ったら俺がボスに殺されちまう!!」
まあそうなるな。
「それはだけはさせない。俺が保証する。」
「どこにそんな保証あんだよ?」
「俺達がこの盗賊団を滅ぼすから。2人ぐらい消えても数日は大丈夫だろうし、あんたは襲撃されるタイミングで俺がギルドに逃がす。まあ、そりゃ罪は追及されるが死ぬよりはマシだろ。」
「…ッ!?」
「もう潮時だってことだ。そこで凍えてる馬鹿みたいなのも抱えてるんだろ?統率なんざ取れるわけが無い。」
「う…分かった…。その代わり、俺を逃がしてはくれないか?俺は入りたてでさ、まだ何もしてないんだ。」
怯えた様子でこちらを見る目、それをラグは冷たい視線で返す。
その発言が正しいのか、全身の動作1つ1つと発声の仕方から見抜く。
男にとって永遠とも一瞬とも言える時間が流れた。
弱冠20歳にも満たないであろう少年から放たれた殺気にも感じられる恐怖は、彼の人生で二度と体験することは無いだろう。
それ程までに恐ろしいまでの覇気があった。
「了解した。こっちの立場もあるから見逃すことは出来ない。しかし、脅されて盗賊団に参加させられた。新入りで日が浅く、何の罪も犯していない。そう伝える。横の2人は知らんがな。」
「…ありがとうございます。」
「よかったね、嘘ついてたらどうなってた事か。」
女は無表情のまま淡々とと告げる
これで第1段階終了といったところだ。
まだまだ先は長い。
人目を避けてギルドに3人を連れていく。そして事情を話して1人を解放する。そして今後の計画を話し合う。
まずはアジト、拠点まで案内してもらう。案内といっても向かうのを遠くから観察するだけで一緒に行く訳では無い。敵に見られては困る。
そして外から出入りする団員全員の総数と顔を確認する。
そして出来るだけメンバーが集まっている時間帯、日付を把握した上で奇襲をかける
壊滅させるのではなく、一網打尽にするのだから一苦労だ。
その間に被害が出ないように警戒も必要だ。
どう考えても2人でやる仕事ではないのだが…
「ティニーとベルにも手伝ってもらうことも視野に入れておくか…」