7匹目 毛玉と幼児は脱走する
魔石はどこでも買い取ってくれるというものではなくギルドや買取の看板のある店舗でないと売買できない。
セレネから返してもらった魔石をモフ毛に収納して早速最寄りのギルドへ向かうことにした。
ギルドは情報も集まる場所だし資金を集めるためのいい足がかりにもなる場所だ。
行っておいて損はない。
テテテテとがたがたなタイル道を急ぎ足で向かっているとグンッと首輪が引っ張られた。
なんだと振り返るとセレネが立ち止まっている。
戻って一緒に見てみるとどうやら薬草を卸している店のようだ。
何やら張り紙をしている…
【本日特売日】
…あぁ、なるほど、入りたいんだな。
セレネがいいだろうかとチラチラこっちを見てくるのでオレは無言でうなずいた。
わかるぞ、特売は大事だ。安く物を買えるのは大事だ。
「すみません、売ってる物が物なので毛玉さんは連れていけないのでここで待っていてくれませんか?」
と店舗前のポールに紐を絡めている。
特売の品は羽が生えたように消えていくギルドは逃げないし構わない。
悲しいことだがオレもすっかり地べたに座ることになれてしまった。
尻のモフ毛のせいなのかそんなに地面の硬さも気にならないしな。
すぐ戻ってきますからね!とオレの頭をひと撫でしていそいそ店内に入っていくのを見送った。
待っている間さっきモフ毛にしまった魔石のことを考えていた。
結構デカかったがまさか仕舞えてしまうとは…
セレネも「毛玉さん持ちます?」と人…いやポメのモフ毛に突っ込んだ後
「うわ入った」とか言ってたしな。
まじでどうなってるんだこの体。
首を傾げモフ毛を前足でもふもふしていると目の前に誰かが止まった。
顔を上げるとそこには
「わんわ!!」
先程の幼児がいた。
今のオレはとても弱い。
幼児に紐で引っ張られ拐われるほどに。
自分でもここまで踏ん張りが聞かないものなのかとびっくりしたわ!
タイルの地面を爪でがりがりと音を立てながら引っ張られていく。
幼児は幼児で
「わんわはおしゃんぽ」
ずりずり引きずりオレをどこかに連れて行く。
「ぴゃうんぴゃうんぴゃぁん!!!」
お母さん!!お母さんあなたのお子さんはここですよ!!!
そう叫ぶも出る声は犬の情けないきゃうんきゃうんという鳴き声。
周囲の人間は幼児と散歩をやがる犬という感じで見ているようで微笑ましやかだ。
微笑んでねぇで親御さん探せよ!!!!!
しかし願いも虚しく幼児の邁進は止まらなかった。
幼児…たっくんに引っ張られて気づけば街の外れまで来ていた。
この街は石壁で囲まれていて害獣や賊の侵入を防いているのだが、
そこまで来るとたっくんは石壁近くの生い茂る低木の中に入っていった。
そしてグイグイ引っ張られ茂みの中を見てみると丁度子供や小型の動物が出入りできそうな亀裂があった。
「こっち!こっち!くゆの!」
と引っ張られ引きずられていく。
待ってくれ、石壁の向こうって普通に街の外だろ。ついこの前おしめがとれたような幼児が
気軽に出歩いていい場所じゃないぞ!
先日も熊型の魔物が出たばかりなのだ。他にも危険な魔物がまだいるかもしれない。
というか幼児と小型犬なんて魔物どころか普通の動物相手やそこらの地形だけでも
十分過ぎるほどの驚異だ。
せめて周囲に警戒してついていくと石壁のすぐ外は林の中だった。
そしてボロボロの小屋のような…小屋ともいかないような小さい粗末な建物がある。
ドア代わりの布をくぐっていくとおもちゃや子供向けの本、食べかけのオヤツがおいてある。
なるほど、ここは街の子供の秘密基地なのか。
このたっくんじゃない、もう少し年上だろう子どもたちが作ったのだろう。
子供用の遊ぶための爆竹や虫取り網、女の子が置いているのかぬいぐるみや花が飾ってあったりする。
キョロキョロ見回していると
「わんわのおうち」
と、たっくんがぷっすーと鼻を鳴らした。
子供の頃、親に内緒で捨てられたネコを幼馴染たちと納屋の中でこっそり育てていた事を思い出した。
誰でも子供の時に高確率で通る行事だ。
しかしオレは流石に人様の犬を盗んだりはしなかったぞ?
わんわのおうち~とすっかりご機嫌でオレの頭を撫でるたっくん。
どうにかスキを見て逃げるか…いやこんな幼児をいくら子どもたちが作ったテリトリーとは言え街の外になんて置いてはいけないし。
頭にプスプスしなびかけた花を刺されながら悩んでいると外からガサッと音がした。
ガサガサと音は続く。
他の子供だろうか?と耳を立ててよく澄ます。
…違う。今日散々街で聞いた人間の足音じゃない。
ドア代わりの布の隙間かららこっそり覗いてみると
そこにいたのはイノシシの魔物だった。
普通のイノシシより一回りも大きいそれはブフーーッと鼻を鳴らしこっちを見ている。
これはとてもたいへんまずい事態だ。
逃げようにも街に戻るにはあのイノシシの向こうにある穴に入り込まねばならない。
どうやらイノシシはこの掘っ立て小屋の様子を伺っているようだった。
どかない。
このままあいつが興味をなくして帰っていくまで息を潜めていたほうがいいだろう。
…と考えていると
「わんわ?」
とたっくんが声を出してしまった。
イノシシの耳がこちらを向く。
そしてゆっくり布の影にいるオレたちを見た。
しんどいほどヤバい。気づかれた。
「うー?」
といいながら外に出ようとする幼児の袖を噛み、力いっぱい掘っ立て小屋の中に引っ張り込もうとする。
こんな小屋でイノシシから身が守れるとは思わないが身を隠せるだけ外に出るよりならまだマシだ。
思いっきり引っ張ったおかげで尻もちをついて後ろに転んだたっくんは
「いのちち!!」
と喜んでいる。
よく知ってるね!!頼むから小屋の奥に行ってくれ!!!
外からはブギーーー!!!とイノシシの雄叫びが響き、こっちに向かってくる音がする。
オレはとっさにイノシシが来るであろう方向とたっくんの間に入った。
下手すれば幼児ごとふっ飛ばされるかしれないが何もしないよりはマシだ!
そして薄っぺらい板でできた壁を突進で壊しイノシシが突入してくる。
このままふっ飛ばされるのか。
なんだかすべてがスローに感じる。
このままぶつかって…オレはもしかしたら生きているかもしれないが
こんなまだ夜はおしめをしています、と言わんばかりのどこもかしこも柔らかい幼児はどうなるかわからない。
あぁ、呪われてなければ…こんな姿でなければ…!
誘拐犯とは言えせめてたっくんだけは生かして街に返さなければ!!
そしてイノシシとオレがぶつかる瞬間、
オレの胸の辺りが輝きモフ毛から光りに包まれた。
もふん!と胸の辺りから衝撃を感じ、光が止んでバキバキバキッとすごい音と感触を背中に感じた後、
視力が戻ってくるとオレの視界は高くなっていた。
どれぐらい高いかと言うと子供が一生懸命建てただろう掘っ立て小屋の屋根を頭で突き破りながら
なにやら倒れてもがいているイノシシを見下ろしていた。
一瞬元の姿に戻れたのかと思ったが見下ろして見えるオレの身体はもふもふのままだった。
後ろからはたっくんの「ほぉ~~~」という
びっくりしたのか感心してるのかよくわからない声が聞こえる。
どうやら無事らしい。
イノシシの魔物はすぐさま起き上がると鼻をならして
怯むことなくすぐにオレたちに向かって突進してきた。
そして、ボインっとオレの胸のモフに弾き返されていった。
…なんだこれは。
弾かれた勢いで小屋の外まで吹っ飛んだイノシシを追って
オレも小屋の外に出ていく。
歩くたびにのしっのしっと音がするようだ。
よく見ると小さかった頃よりも足が大きく、爪も太く鋭くなっている。
どこかで見たことあるような…と考えていると
身を起こしたイノシシはブギィイーーッ!!と鳴くとまたこっちへ走ってきた。
思わずオレは見ていた前足でベシっと見下ろすだけ小さくなっていたイノシシを叩いてしまった。
ソレは吹っ飛んでいき木にぶつかり、地面にドサッと落ちると
イノシシの魔物はサララ…と身体が崩れていき魔石だけが落ちていた。
……なんだこれは。
疑問符だらけのオレの後ろでカタン…と物音がする。
振り返るとたっくんが出てきていた。
呆然といった顔でオレをまじまじ見ている。
そして
「わんわ、おーーっきくなったねぇ~!!」
と、にぱっと笑うと駆け寄ってきた。
肝が座ってるやつだとは思ったがたった今イノシシを殴り飛ばした熊のような犬に向かってくるとか
どういう神経しているんだこの幼児は。
うっかり殴らないように前足を地面につけてしゃがむとぼふん!!と幼児が首の横のあたりに突っ込んできた。
「えらいねぇ~おっきね~~」
とニコニコしながらもふもふばふばふしている。
なんなんだこれは。
困惑が止まらずオロオロしていると背後からガサッとまた音がする。
まさか追撃か?!と振り向くと
息を切らせて走ってきたらしいセレネが立っていた。
そして
「毛玉さんが育った!!!!!」
とこっちも目を輝かせオレの身体に飛び込んできたのだった。
なにこれ。
たっくんが毛に埋もれよじ登り、セレネにモフられ撫で回されているうちに
またオレの身体が光りに包まれたと思うとぼふんっと音を立てて
三度小型犬の姿に戻っていた。
危うくたっくんとセレネに潰されそうになったが、すんででオレをモフる代わりに幼児をセレネが抱きとめて事なきを得たのだった。
「わんわ、ちーちゃいねぇ?」
たっくんもセレネも残念そうにこっちを見ている。
残念な顔してもオレだってよくわからんのだから何も出来ないぞ。
たっくんに、わんわ!もっかい!もっかい!!と
よくわからない現象のアンコールを受けているとセレネの来た方から人の走ってくる音と声がする。
「たっくん!!」
「たっく!!お前ほんとにここまで来てたのかよ!」
走ってきたのは朝にも会った幼児の母親とその母親に似ている男の子だった。
他にもついてきてくれたらしい衛兵がもいる。
「たっくんのお母さんとお兄さんです。
私が店を出ると毛玉さんは消えていて…探しに行こうとしていると
すぐ近くの通りでお母さんとお兄さんがたっくんを探しているのと鉢合ったんです」
「かーたん~、にったん!」
「よかったー!よかったー…!」
「ケガしてないか?噛まれたりしてないか!?」
たっくんをセレネから受け取ると母子は安心したようにへなへなと座り込んで幼児を抱きしめる。
「それで私が毛玉さんを、あの母子がたっくんを探しているのを聞いた近所の人が
子供が一人で犬の散歩をしてるのを見たって聞いて」
見てたら止めてほしかったぞ近所の人。
しかしなんでこの場所がわかったんだ?
「毛玉さんのドッグタグの契約ですよ」
…そういえばコレ、脱走したペットの居場所がわかるんだったか。
「安物なので漠然としたところしかわからないんですが、たっくんのお兄ちゃんが
そこならオレたちの秘密基地の場所だって教えてくれたんです」
なるほど。やっぱりここは子供達の秘密基地だったのか。
オレはイノシシの突進と、オレが屋根をぶち抜いてしまい倒壊しかけている秘密基地を見る。
「お前オレが目をはなしたらいないんだもん…ほんとよかったー…」
お兄ちゃんを見ると弟の無事の安心から小屋に目を移したらしく
「何があったんだ…?」
頑張って作っただろう秘密基地の崩壊に少なからずショックを受けているようだった。
ごめんな。
「おーっきいのちちがね!どーーんてきてねぼーーーーんってなったの!!」
母親に抱かれフンスフンスと鼻を鳴らして興奮しているたっくん。
「いのしし?いのししがここまでやったのか?」
首をかしげるお兄ちゃんを見て思い出す。
そこらに魔石が落ちてるはず。
セレネの腕を抜け出すと茂みの方に行き魔石を探す。
草むらに顔を突っ込むとこの前手に入れたほどじゃないがなかなかの大きさの魔石が落ちていた。
「魔石?…イノシシの魔物がいたんですか?」
覗き込んできたセレネが魔石を手に取る。
「こんな街の近くに中型の魔物がいたのか?」
「離れた森ならわかるが街の直ぐ側にくるなんて…」
付いてきていた衛兵が首を傾げている。
「何より誰が倒したんだ?」
「わんわがね!ぼぼーーんって!!ぼーん!!!」
興奮したたっくんが身振り手振りで味わった感動を伝えているがわんわがボーンしたことしかわからない。
「この犬が倒した…わけはないよなあ」
「なんにせよ周囲の警戒を上げよう。当然ここの穴は修復だな」
茂みに隠れる外壁の亀裂に気づいた衛兵が告げるとえーーー!!と声を上げるお兄ちゃん。
の、頭を軽く叩いたお母さんが二人に帰ろうと促す。
これからお兄ちゃんは危険な街の外に冒険に出ていたことをこってり絞られるのだろう。
秘密基地を壊したことは申し訳ないとは思うが頼むから街中だけにしてくれ。
あと、幼児はしっかり見張っててくれ。
街につくと、お兄ちゃんの子守を抜け出して家から脱走しオレを誘拐していたたっくん(本名タック君3歳)は
散々オレをつれていくとゴネたが、また遊ぶという約束のもと渋々自宅へ収監されていった。
衛兵にも先日森の奥では討伐済だが熊の魔物が出た事も伝え別れた。
色々あってすっかり頭から抜けていたがもっと早くに伝えておけばよかった…。
一旦休む為、宿に戻りセレネと二人きりになった。
そして
「毛玉さん、もっかい、もっかいでいいのでおっきくなってください!!」
興奮した面持ちの少女から3歳児と何ら変わらないアンコールを受けるのだった。