6匹目 ポメラニアン、おのれをかえりみる
オレは鼠に負けた………
昨日の街道での鼠との死闘から一夜明けたポメラニアン生活三日目。
グシュグシュになった顔に苦しんでいる間に寝落ちしていたオレは
最悪の気分で目を覚ましたのだった。
オレは鼠に負けたんだ………
人間の頃のオレならあんな情けない体当たりなんて鼠にかまさなかった。
そもそも鼠に体当たりってなんだ。
というか犬が鼠に負けるってなんだ。
もっとこう、犬としてのプライドはないのかこの体は。
あぁせめてグレートデンやグレートピレネーズくらいの大型犬なら…
幸い受け身が取れなくても怪我の一つもなかったがそれがまた情けない。
オレはこの体で一体何ができるんだ。
3日立っても呪いの解ける気配もない。
このまま勇者の称号をもつリオス・ハイペリオンはいなくなり
ただの毛玉の毛玉ちゃんだけがのこるのか…?
いやそんな事あってたまるか!!!!
オレは決意した。
犬の体でもせめて己の身を守れるレベルまでレベルを上げると。
そしてオレはまずはセレネを相手に色々試した。
まずオレのできること。
このモフ毛だが、どうなっているかはさっぱりわからんがこの胸のモフにはある程度のアイテムを
収納できることに気がついた。
財布やなんとなく拾った小石やどんぐりなどの小物は不思議と入っていく。
そして必要になればもふもふと漁ると出てくるのだ。
更に不思議なことにさして重さも感じないのだ。
どうなっているんだ。我が事ながら恐ろしい。
しかし荷物を入れるものが一切ないのは不便だったのでこれはこれで良しとする。
オレは服にポッケがついてないと生きていけないタイプの人間だ。
セレネが「だからどこまでもモフに手が吸い込まれるのか…」
と呟きながらもっふもっふとなでていたが普通になでてくる手はオレの体にあたってくるので手は吸い込んでない。
ただ毛量に埋もれてるだけだ。
次にだが
オレの牙も爪もあんま攻撃力がない事がわかった。
まず噛むことだが人間の頃ガチで魔物の体を噛みちぎろうとしたことなんて無い。
魔物の体に噛み付く勇気がないのだ。勇者だけど。
そして自分の体に見合った大きさの牙も爪も皮膚の薄い人間にならダメージは通るだろうが
厚い毛皮や鱗を持つ動物、時には不定形の姿さえ取るを魔物相手には致命傷になりえない。
悲しいかな、もふもふアタック(とセレネが命名したただの体当たり)での虚仮威しぐらいしかできない。
しかしその代わりなのか、先にもあげたようにやはりこのもふもふがオカシイのか
相手の攻撃がこのもふ毛に吸収されるかのようにオレの肉体に通らないこともわかった。
昨日ももふもふアタック…体当たりでふっとばされて転がったときも起き上がれこそしなかったが
地面に叩きつけられたというダメージはなかったのだ。
その後の刺激物ダメージで気づくのが遅れたが。
もふもふに手を上げることは出来ない…!と呻くセレネに攻撃を試してもらうことは出来なかったが
朝に食事を取ろうと階段から降りようとしたときうっかり重心を見誤り頭からコロコロと
最上段から踊り場でぶつかりそのまま階下まで落ちきって一切怪我をしてなかったことから確信した。
目は回ったが少なくとも打撃には強いのだろう。
まんまるの毛玉のようになって転がっていくオレを見たせいか階段の上り下りの間はセレネが抱っこするときかなくなってしまったが。
使えていた魔術は殆どが弱体化してることも確認した。
炎をだせば鼻先でマッチかライター程度の火がぽっと出て消えていく。
風を起こせばモフ毛がフワァ…とそよいだ。
セレネは喜んだ。
暗所を照らす照明魔術は以前は光の球が出てきて周囲を照らすというものだったが
今では自分のモフ毛がふわぁぁ…と目に優しい光を発する。
なにこれ。
ここまでをもって理解ったことは
不思議モフ毛の人畜無害毛玉にオレはなったということだ。
嘆かわしい。ドラゴンと死闘を繰り広げた一年前があまりに遠く感じる。
己の身は守れているがだからといってあまりに攻撃手段がないのである。
さっさと人間に戻りたい。
しかしセレネが言うには
「魔術や魔法、呪術のプロではないんですが、それでもこの呪いが強力だということはわかります。
解くには魔術都市で売られることがある高価な解呪薬か
この呪いをかけた者以上の力量を持つ魔術師か聖職者に解呪を頼むか
あとは本人に解いてもらうか…倒すかですね」
とこのとだ。
魔術都市はここから遠い上に出現する魔物も強く何より金が無い。
旅の路銀がないのはさることながらその薬を買う金があろうはずがない。
聞けば相場は金銀財宝を積んでもまだ足りないというのだ。
悲しいかなそんな金人間だった頃から無い。
解呪をしてくれる人を探すにも探しに行く路銀もないし仮にも魔王を名乗る奴を超える
魔術師や聖職者がいるかもわからない。当てずっぽうには探しに行けないのだ。
そして最後の当人にどうにかしてもらう。
当人どこおるのよ!!!
気づけばいなかったし消息もつかめないのだ。
魔王を自称していたのだから魔界の魔王城とかにでもいるのだろう。
しかしほとんどそれはおとぎ話の領域の世界なのだ。
どれもこれも今すぐどうにかして解決できる話じゃない。
となると戻れるまでどれほどの月日が流れるのかはわからないがこの姿でやってくしか無いのだ。
とにかく階段から転がっていったりまともに受け身も取れないのはやばい。
オレは極力自分の体で移動して体になれることにした。
「犬は散歩は大事ですからね」
そうセレネが言うといそいそと紐を持ってきた。
あぁ…まじで犬の散歩スタイルだ。
こうしてしばらくお世話にならざるを得ないこのルズベリーの街の散策にでかけるたのだった。
オレのポメラニアン生活(ヒモ生活とは言わないでいただきたい)が本腰を入れて始まった。
ぽてぽて散歩しながらセレネからこの街のことを聞く。
商売の盛んな街ということは聞いたがどこに何があるのかはまだ聞いていないのだ。
あそこはおいしいパン屋、向こうのは雑貨屋、あの通りを抜ければ昨日の魔道具店。
途中オレが薬を買った店の老婆に見つかり
「あらぁセレネちゃんとこのわんちゃんだったの?」
と老婆とセレネの立ち話が始まったりもした。
古い店の店主と親しそうにしているところを見るに長くこの街に滞在しているか頻繁におとずれているのだろう。
オレはセレネの足元でキョロキョロと周囲を見る。
商店の多い通りなだけに人も多く賑やかだ。
元気に子供が走って遊んでいたりと街の中も治安は安定しているらしい。
「わんわ。」
まだ親御さんの見張りが必要そうな幼児がこっちを見ている。
何ならこっちを指差している。
オレは嫌な予感がした。
子供というのは幼ければ幼いほど動物に容赦がないものなのだ。
親が言うにはオレもガキの頃はそうだった。ネコの抱え方がわからず首をもっていたりしっぽを掴んだり…
そのせいで親戚の家のネコはオレが来る気配を機敏に察知し
オレに自我が芽生える歳になっても家に付く前に逃げるようになっていたのを覚えている。
「わんわん。かーいいねぇ」
幼児がトコトコこっちに来た。
もふん…とまだ紅葉のような手でモフってくる。
……なかなか動物に対する礼儀のあるやつだな。
オレがコレくらいのときはネコの耳とか容赦なく掴んでいたとか母さんに言われたぞ。
「もふもふ~~」
きゃっきゃともふもふ撫でる幼児に話していた老婆とセレネも思わずにこにこしている。
オレもただの獣じゃないからな。
ご無体を働かないならまぁ撫でられるくらいなら許してやる。
…と大人しくしていると
「わんわ。たっくんの。」
などとのたまい出した。
「わんわん。おうち、いこね~」
そういいながら俺を抱き上げようとする幼児。
「「待て待て待て待て!!(やうやうやうやう!)」」
オレの静止とセレネの静止がだぶる。
こいつあからさまに紐付けられているオレを持ってこうとしたぞ?!
セレネがしゃがみこんで幼児に話しかけた。
「ごめんね、ボク。このわんわはおねえちゃんのわんわなの。
ほら、ここにおねえちゃんの名前かいてあるの」
そういいながら昨日つけられたばかりのタグをモフ毛から発掘して見せてみる。
「首輪にも名前をかいてあるの。だからボクにはあげられないの」
そう言って聞かせると幼児は
ほぉ~、という納得のような声をあげたあと
無言でオレの首輪を外そうとした。
「「待て待て待て待て待て!!!!(やうやうやうやう)」」
思わず幼児の手を握り静止するセレネ。
なんてガキだ!納得したような面で自然に首輪に手をかけやがった!!
「わんわ、たっくんの!」
「たっくんのじゃなく私の!!」
「わわん!!(いやオレは誰のでもない!!)」
と騒いでいると老婆がこっちこっちと誰かに手招きしていた。
見ると向こうから慌てた様子の女性が駆けてくる。
すみませんすみません!!と謝る女性は近所の婦人でこの幼児の母親だったようだ。
目をはなしたスキにしょっちゅう脱走されているらしい。
「ほらたっくん!コレはお姉ちゃんのわんわん!!たっくんのはないない!」
「う”ー!!」
オレはコレじゃないがまあしゃーない。
しばらく幼児はぐずりながら抵抗していたがそのうち謝る母親に強制退去させられていった。
…ずうずうしいというか、なんとも大物になりそうな気のする幼児だった。
老婆と別れた後、一通り主要なところを見せてもらった後、オレたちは広場の屋台で軽食をとった。
この体の大きさのせいかオレは前ほどの量が食べられないことにようやく気づいて衝撃を受けていた。
この前までセレネが今食べているホットドッグなんて5つはぺろりと食えたのに…
悲しい顔をしながらパンを食べながらこれからの資金を考える。
セレネが
「お金はまかせてください。毛玉さんを一生養いますよ」
などと言っているがオレはそんなつもりはない。
セレネに一生養われるってことは一生毛玉ってことじゃないか却下だ却下。
とにかく何か先立つものがほしい。
いっそそこらの落ちてる小銭でも探そうか…地面が近いことだし…
と、ふきゅむむむ、悩んでいると
「あ、そうだ。コレは毛玉さんのものになりますね」
とお出かけ用のかばんから何かを取り出した。
それは三日前に倒した熊の魔物の魔石だった。
魔石とは魔素の結晶である。
この世界には魔素という目には見えない魔力の素が大気に溶け込んでおり
それを使い人間は魔術を使うのである。
その魔力の塊が結晶化したものが魔石であり
魔道具などで魔力を消費する時や魔術を使う際の補助として使うのだ。
魔石は魔素の多いところに水晶のように生成されることもあれば
魔素から生まれる魔物の核となって生成されていることもある。
特に後者の核となったものは水晶魔石よりも魔素が濃縮されている事が多いため高値で売れることがあるのだ。
魔物の魔石は魔物を倒した時にしか入手出来ないため強い魔物の魔石ほど値段は上がっていく。
そして…
この熊の魔石は結構なお値段になるはず!
ポメラニアンの黒豆な瞳はがキラリと輝いた。