4匹目 今日からペット
翌日、オレのポメラニアン生活二日目が始まった。
一晩眠ってスッキリしたオレはなにはともあれゲートについて聞いて回ることにした。
この街近辺に現れたというので現地人に聞けばなんかしらわかるだろ、と思ってきたが
言葉の通じる現地人がわからないと言うんだから仕方ない。
このまま結局朝までいっしょの寝床で寝ていた娘とずっと一緒にいることも出来ないだろうし
聞き耳を立てて周囲の会話を聞いていくしか無いだろうか
と考えていると頭をもふりともふられた。
「おはよござます毛玉さん…」
「やうん、あふ(リオスな、おはよう)」
寝ぼけ眼のセレネは寝台から起き上がり爽やかな朝日を浴びながらググーッと背伸びをすると
「今日は首輪と迷子札買ってこないとだめですねぇ」
などとのたまった。
そしてオレは今ルズベリーの商店の並ぶとおりに連れてこられていた。
ルズベリーは街としてはそんなに大きくはないが物流の通り道らしく
品物は豊富に揃っている商売の街だった。
「私がここに滞在してるのも、調合した薬剤とかがなかなかのお値段になるので
それをうって宿ぐらししてるんですよー。
まだまだ見習いですがいつか店を出したいのです」
…オレより年下な見た目(15~6か?)なのになかなかな暮らしをしているようだ。
いや、エルフなんだし見た目通りじゃないのかもしれないな。
「やふやふ(それはそれとして、首輪と迷子札ってなんだ)」
「だって、毛玉さんは私のペットってことで女将さんに紹介しちゃったし…」
「やふ。やふん(しちゃったけども。あとリオスな)」
「それに毛玉さん、呪いも解かないで一匹でやっていけます?」
「………」
間違いなくやっていけない。
人間の頃は野宿も出来たがそれは火を起こせたり事前に準備ができていたからだ。
この毛玉の体じゃ本格的野良犬だ。
「無一文っていってましたし」
「………」
「だからしばらくは私が面倒見ます」
「やふう…(面倒って…)」
「ペットは一度飼ったら最後まで面倒見るものなんですよ」
「わわふ(そうだけども)」
「それに命を助けてもらいましたしね。恩返しも大事です」
「…わふ?(…なるほど?)」
ここまで言われたらお言葉に甘えるしか無い。
勇者という称号を持つ者としてあまりに情けないが。
人間のままなら見事なヒモ生活だ。
そうこう言っている間にセレネに抱かれて連れて行かれたところは
商店の一角にある魔道具店だった。
「ごめんください」
カラカラと鈴の音を立ててドアを開ける。
魔道具とは道具に魔術的な効果を付与したものを売っている店だ。
炎の護符、使える回数の決まった消耗品の攻撃魔術のでる杖、魔術の組み込まれた特殊な誓約書。
生活にちょっと役立つものから冒険や仕事など様々な場面で使えるアイテムが並んでいる。
「あれ、セレネちゃんかい」
店の奥から店主らしいおじさんが顔を出す。
どうやらセレネはこの街では知人が多いようだ。
「うちの店に来るなんて珍しいねぇ。何が入用だい?」
「うん、この子につける首輪と迷子札がほしい」
「このこ…あぁ!それ犬かい!てっきりぬいぐるみかと思ったよ」
「ぴゃうやうやん!」
「ぬいぐるみじゃない、だそうだよ」
「はっはっは、すまないね。探してくるからちょっとまっていておくれ」
そう言うとおじさんは棚の奥へ消えていく。
思わずぬいぐるみじゃないと突っ込んでしまったが…
セレネの通訳が本当に通訳だと思っていないんだろうな。
「動物言語の魔法は人間にもエルフにもあまり一般的じゃないですからね…私もおばあちゃんに習ったくらいですし」
エルフのばあちゃんか…さぞや長生きなのだろう。
セレネはこの魔法で小動物たちから薬草や茸の群生地の情報や森の情報を聞くことに使っていたようだ。
本来は野生なら敵意のない動物の言葉が漠然と通じるくらいのものだが
オレはもともと人間で特に敵意もなく意思もはっきりしてることもあって
人間との会話とさして変わらないレベルで聞こえているようだ。
「あったあったよ。これなんてどうだい?」
店主はしばらくすると赤色の首輪と銀のドッグタグ、それと誓約書のような紙を持ってきた。
…そういえばなんでわざわざ魔道具店でこんなものを買うんだ…?
不思議に思い首を傾げているとセレネはサラサラと誓約書になにか書き込んでいく。
覗き込むと
飼い主 セレネ
ペット リオス
と欄に記入している。
お前ちゃんとオレの名前リオスだってわかってるじゃないか!!!!!
フキュキュキュ…と唸っていると書き込み終わった紙にドッグタグを乗せた。
すると魔法陣が現れその中に置かれたまっさらなドッグタグに何かが光とともに書き込まれていく。
首を傾げてみているとやがて魔法陣もきえコトリとタグが落ちた。
「はい、コレでセレネちゃんと、リオスくんかい?
君たちは契約で結ばれたよ」
そう言うと首輪にタグを通してオレの首につけられた。
…待ちな?契約って何よ??
オレの地元では犬を飼ったらこんな儀式をするなんてなかったぞ?
というか首輪?首輪つけるのオレ?くびわ???
なんか他人事に…いや他犬事に見ていたがコレ我が事じゃん!
勘弁してくれ人間なんだよ!
オレがカウンターの上で首周りの毛に埋もれる首輪ともふもふきゅもきゅと戦っている間に
セレネはおじさんに話しかけていた。
「おじさん、ここらでなんか…こう…ヤバ気ななんかが現れたみたいな話きいたことある?」
なんて漠然とした聞き方なんだ。
「やばげな…おれもこの目では確かめてないが…なんでも街の外の丘に石だらけの場所があったろう?
あそこに妙な亀裂が入ってそこから魔物が湧いて出ている…って常連の冒険者たちがはなしていたねぇ」
それだよそれ。そういう情報が欲しかったのオレは。
王都で簡単に聞いていた話の通り、つい数日前にこの街外れの遺跡跡地に転移ゲートが開いたというのだ。
最初はまだ小さく人が通れるほどではないがそこから小型の魔物が時折出てきては現地の冒険者に駆除されていたのだという。
それが昨日になってから急に大きく広がり大型の魔物でも通れそうなほどになったあと、夕方にはゲートは消えていたそうなのだ。
どういうことだろう?
ゲートの消えた時間はハッキリしないが昨日何かが起こったのだろうか。
昨日起こったことといえば…魔王を名乗る謎の魔族と思われる男がこの街の近くの街道に現れ
オレにこの呪いをかけていったことしかうかばない。
あいつは本当に魔王だったんだろうか。
魔王が人間界の侵略のために自ら…?だがゲートは消えていたというし。
あの男が言っていたことを思い出そうとしても
オレをポメラニアンにしたときの
「あっやっっっべ…」
みたいなあからさまにやっちゃったみたいな顔しか思い出せないのが腹立たしい。
やっちゃったじゃないんだわ。
オレがグルグル考えてキュルル…と唸っている間にセレネはオレを抱えて店を出ていた。
店は薄暗かったから明るい日差しが眩しい。
「毛玉さん、その迷子札は私が飼い主の間は離れていてもすぐ毛玉さんの居所がわかるようになります」
なにそれ。
「探知の魔術と従属の魔術を組み合わせた魔道具なんですよ。
うっかり首輪もタグもなしで迷子になったらどうなるかわからないので…あると便利なんです。
従属といってもなにか制限があるわけではないので気にしなくてもいいと思いますけど」
「やふぅう…やっふやふ?
(なるほど…いや待ってくれ。結構な金だったんじゃないのか?)」
「これは庶民も買えるくらいの安物のだからそこまでじゃないですね」
聞くところによるとこのタグの効果は
・飼い主にペットのだいたいの居場所を教える
・保護したひとに飼い主の居場所を教える
・ペットの名前が書いてる
・首輪は成長に合わせてサイズが変わる
というもので、これだけでも十分なのでは?とも思うのだが
高いのだと意匠が凝ることもあるが
ペットの居場所が詳細に確認できたり
飼い主を複数人登録できたりペットそのものを転移させることもできるそうだ。
なんとも便利なものだ。
うちの地元じゃ普通の首輪ついてるか良くて住所書いた札ついてる位だったんだけどな…
セレネに遺跡の場所を詳しく聞くとオレたちが出会った森の方にあるらしい。
自分が王都から向かってきた街道からルズベリー、ルズベリーを抜けてすぐ左手には森。
その反対側とのこと。
百聞は一見にしかず、オレは遺跡に向かうことにした。
…がオレ一匹での外出は許せないとセレネもついてくることになった。
「ペットは放置しない。飼い主の義務です」
本気で飼い主顔をし始めてきている気がする。
オレは人間だ、見ただろう元の姿。
しかし街から出れば魔物でも野生動物でもうろついているのだ。
大変情けないことに今のお座敷犬の自分がとことこと向かって無事でかえってこれる保証はない。
なにせ未だに四足歩行になれず子犬よりもおぼつかない足取りなのだ。
今も人混みは危ないとセレネに抱っこで移動なのだ。
はたから見たらぬいぐるみか甘えた犬の散歩もどきに見えることだろう。
正直ついてきてもらったほうが大変ありがたいのだ。
「わふわふ、わふ?(ちなみにセレネは薬学の学者見習いとは聞いたがどんな事ができるんだ?)」
出かける前の腹ごしらえで一旦宿の酒場に戻り軽食をとり(蒸し鶏とライスのとりまんまだった)
外出の準備がてら聞いてみる。
パーティを組むときはお互いが何をできるのかを把握するのは大事なことなのだ。
「そうですね…
まず基本的な回復薬や解毒剤などのものが作れます。
あとは食べれる野草、山菜、毒物になる植物茸の見極めも出来ます。
植物専門の鑑定眼ですね。」
なるほどなるほど。
ちなみに身を守る術などのほうは?
「早足の魔法で逃げ足には多少の自信がありますね。
あと気配遮断くらいですか」
ははーんなるほどね。
道理で最初あったときオレが見たときに熊からすごい勢いで逃げてる子がいると思ったよ。
本気の熊に走って追われたら大体逃げ切れないからね。
そして完全後衛どころか戦闘とは無縁の一般人タイプだったのね。
言ってはなんだがオレ一匹で行くのと大差ないんじゃないかコレ。
「ありますよ。昨日の私は慢心していました。
あんな大きな魔物に出くわすことなんてここのあたりではもう少なくとも20年はなかったですからね。
ですが慢心をとり払った私にスキはないです」
フンスフンスと鼻を鳴らしながら何やら回復薬とは思えない怪しい栓をした試験管を詰め込んでいくセレネ。
なるほど、おそらく毒薬などにも精通しているんだろう、それで身を守るのか。
そして今サラリとオレの年齢を超える年月を聞いてしまった。
エルフだもんな、見た目通りと思うほうが間違いなんだよな。
それでもなにか衝撃を受けたのだった。