3匹目 初めての犬ご飯
とっぷりと日が落ちる頃、オレたちは街の宿屋にたどり着いた。
最初はオレも歩いていたのだが四足歩行になれてないよちよち歩きに見かねたのか
たんにモフりたかったのかセレネに抱かれて行くことになった。
大きなリュックには命がけで摘んでいた薬草たちがぎっしり入っているようなのに
細っこいのになかなか見かけによらない体力のようだ。
それともオレが軽すぎるだけなんだろうか。
本来のオレの姿なら今日中には件のゲートとやらを見に行きたかったが
この姿で宵闇の中見に行くほど無謀ではないのだ。
まずは情報を集めなければならない。
しかし
ぐ~~~
ポメラニアンのぽこぽこな腹からは空腹の虫がなく音が響くのだった。
「女将さんに毛玉さんのことを頼まなければ行けないし、先に酒場の方に行きましょうか」
「やうん(リオスな)」
宿屋は酒場も兼任しているようで夜の店内はにぎやかだった。
セレネは一人の女声に声をかけた。
女将、というには年若い快活そうな女性だった。
「あら、セレネちゃん今日は随分遅かったね?」
「はい、森で色々あって…それで、この犬を飼いたいんですが」
「わうん???(なんて???)」
飼うっつったなこいつ。
「あら…あら~!随分かわいいぬいぐるみを抱えていると思ったら本物かい?」
女将さんは珍しそうにこっちを覗き込む。
お姉さんといった感じでとても美人さんだ。
「森に捨てられていたんです」
自然に捨て犬にしおったぞこいつ。
「お座敷犬みたいなのに捨てられてたとは可哀想に」
捨て犬にとても気の毒そうな視線をよこしてくる女将さん。
捨て犬じゃないですしお座敷犬でもないです女将さん。
「部屋を粗相で汚したり家具を噛んだり、煩くしないなら別に構わないんだけど捨て犬だろう?」
「そこらへんはばっちりです。私が道すがらちゃんとしつけました」
なんて無茶苦茶いうんだこの娘。
ねー?と抱いているオレを覗き込み同意を求めてくるセレネ。
ここで下手に抵抗すれば宿無し野良犬は確定となるだろう。
オレは返事代わりにあうん…と一声鳴いた。
部屋で粗相をしたら外飼を申し付けられたあと承諾をもらったオレたちは女将さんから食事を注文した。
セレネは野菜中心の食事。
オレは味付けも何もない焼いた肉。
まじで焼いただけの肉。とライス。
とりあえず一口は食べてみた。
もぐもぐと咀嚼する。
「……やんやんやん!!」
味がほしい!塩がほしい!胡椒がほしい!!
肉は大好物だったが素材の味そのままの肉がここまでなんかこう…味気ないものだとは思わなかった!
漠然と肉肉しくて塩っ気があってうまいものだと思った!
そうだよな!塩振ってるもんな!!調理時に!!!
「うるさくしたら追い出されますよ」
地べたで寝るのはいやだ。だまるしかない。
途端に食べるスピードが落ちたオレを見てセレネは少し考えた後女将さんになにか頼んでいた。
しばらくすると女将さんはなにかいい匂いのする液体を持ってきた。
この匂い…とりがら?
人間の頃よりきくようになった鼻がひこひこする。
それを肉まんまに掛けてもらった。
オレはしばらくそれを嗅いだあとひとくち食べてみた。
………ほのかに塩っけがあるだけでも十分うまく感じる…。
オレは情けないような嬉しいようなよくわからない感情のまま、犬としての初めての食事を終えたのだった。
「(見るからにしょげしょげだった毛玉さん、めっちゃくちゃしっぽ振って食べてる…)」
セレネの借りている部屋に通された。
すでに何泊かしているらしく読みかけの本や荷物が置かれている。
不用心でないのかと思っていると
「魔法で部屋を施錠して出かけているのでそうそう物取りは入れないと思います」
とのこと。
もちろん女将さんには許可をとっているらしい。
どうやらこの宿の常連らしく融通を利いてもらっているらしかった。
さて…さっきの酒場ではつい食事にいろいろと夢中になったのと人語がしゃべれないこともあって
聞きそびれてしまったがゲートだゲート。
オレはそのためにこの街に来てるんだよ。
荷物も片付け人心地ついたセレネに聞いてみた。
「…異界につながるゲートですか…?」
ゲートのことはよくわからないが、変わった事といえば最近はこの街付近に本来いないはずの魔物が現れるようになったという。
オレたちが出会った森でも本来は熊の魔物はおらず
精々小型のイノシシをたまに見かける程度だったそうだ。
じゃなきゃ護衛もつけず一人で草むしりに夢中になんてならない、と。
彼女はどうやら自分の興味のあるものに夢中になるタイプのようで
その手の話を聞くタイミングがあまりなかったのだという。
困ったことに今日の進捗はプラスどころかマイナスに振り切れて始まってしまった。
まずはどこから手を付けるべきか…
ゲートの確認?魔王の行方?オレの呪いの解除?
何から手を付けていいのかわからない…いや前足になるのか?
うんうん悩んでいるとセレネにまた抱き上げられた。
「船漕いでますしもう寝ましょう、毛玉さん」
「やうん??(リオスな??)」
そして船漕いでもいない。
しかし寝台に載せられ横になった途端オレの意識は薄れていったのだった。
寝台に載せた途端ウトウトしていた毛玉がプッスー…と寝息を立てているのをみて
セレネは一人にまにまとしていた…。
そう、彼女は無類のもふもふ好きだったのだ。
飽きることなく横で眠りたまに鼻を引くつかせるポメを見てはニヤニヤとして
夜は更けていった。