2匹目 少女と恩犬
「………それで、私のところへ駆けつけてくれたんですね?」
目の前で人が犬になるところを見た少女はこの長い話を聞いてふむふむ、と唸った。
向かい合っているのはやはりもふもふの小さな犬。
小柄な少女でも簡単に抱きかかえられそうな大きさの犬はあからさまにしょんぼりんぬ…としていた。
なにせ、よっしゃ戻った!!!!!と喜んで10分も立たないうちに
また呪われてしまったのだから。
「また呪われたのとはちがうと思います。」
少女は顎に手をあてまじまじと毛玉を見る。
「あなたに掛けられた呪いが強力だったんだと思う。
市販薬では完全解呪できないくらいに」
がーーーーん
と言わんばかりの顔で毛玉が固まる。
こころなしかはらりと毛が抜けた気もする。
「なんにしてもありがとう、毛玉さん」
そういいながら少女はショックを受けて固まる毛玉を目を細めながらモフりとなでた。
「あうう…やうう?
(ここまで長々と語っておいてなんだが…お前はオレの言葉がわかるのか…?)」
毛玉が首を傾げて見上げた。
店の老婆も門番たちも犬の言葉の言葉は通じなかった。
「わかりますよ。動物言語の魔法を覚えているから」
そう言うと彼女はフードをとった。
人の形とは違う長く尖った耳。
魔術や薬学に人間よりも詳しいエルフの証拠だった。
オレの助けた少女はセレネと名乗った。
肩のあたりで切りそろえられた薄い金の髪に白い肌、新緑の瞳。長い耳。
まだ子供と言ってもいいような背丈に細い手足がポンチョのようなローブから覗いている。
薬物学を学ぶ学者の見習いらしくこの森へは調合に使う植物を取りに来ていたのだそうだ。
エルフというだけあって魔術にも詳しいようでオレの状態を見てくれた。
「あなたより遥かにレベルの高い相手に呪われたんですね…
大体の呪いは自分よりも格下相手からは掛けられないし、
相手が強ければ強いほど呪いは強力になるものなのです」
なるほど…ということはやはりあの魔王を名乗るやつは
悔しいがおそらく今のオレでは勝てないんだろう。
こんな手も足も…いや前足も後ろ足も出ない姿にされるなんて…。
…ところで
「あうう…あん…(なぁ…いつまでなでてるんだ…?)」
「あぁ…すみません、降ろします?」
そういいながらセレネは抱いたオレをもふりもふりとモフり続けていた。
ぎゅむ、と言わんばかりにオレはセレネの胸に押し付けられひたすら頭をモフられている。
…ちなみにセレネはとても慎ましやかな体をしているらしい。
胸に押し付けられてもなにも嬉しみ的なものを感じないのもなかなか凄いとおもう。
いや失礼な事だな。
そう考えている間もオレの耳をピルピルしてみたり前足を握ってみたり
命の恩人(恩犬)相手になかなか自由なやつだ。
降ろしてもらってオレはこれからをどうするか考えた。
人間のときであればあの熊くらいならば一撃だったが…
この姿ではオレが一撃で終わる。
なんせこのもふもふの毛を足してもあの熊の手のひらほどあるかどうかだ。
こんな姿では勇者もクソもないじゃないか。
この足じゃ街まで戻るのにどれだけかかるか…
その上ほぼほぼ無一文。
驚くほど幸先が悪いを通り越している現状だ。
「…毛玉さん」
「やうん(リオスな)」
「とりあえずとりあえず私が滞在している宿に行きますか?
このままだと宿も取れないですよね?」
言われてみれば。無一文の犬一匹に宿を貸してくれる宿屋なんて聞いたこともない。
時刻ももうすぐ日が落ちる頃合い。いつまでもこんな森の中にはいられない。
戦うどころかオレは一人(一匹)で旅ができない身分になってしまったのだ。
なんてことだ。
「…あううん…(…宿、頼めるか?)」
「もちろんですよ」
改めて打ちひしがれるオレの返事にセレネはなんとも頼もしい返答をしてくれた。