プロローグ あと少しで熊のご飯
少女は走っていた。
何故なら今彼女は魔物に出くわしてしまっていたからである。
相手は自分よりも遥かにでかい熊型の魔物だった。
本来熊から派手な動きで逃げることは愚策なことだ。
今逃げている少女も冷静だったらそのことを思い出し適切に対処できただろう。
この森では希少な薬草が手に入る。
とくにこの時期は盛りらしく本当に希少な薬草、茸がわさわさ生えているのである。
しゃがんで夢中でとっている間に、ぼふん…としたものにぶつかったのだ。
大きな毛の塊がこちらを向き、咆哮を上げた瞬間彼女は脱兎のごとく逃げ出したのである。
まずいまずい、このままだと土饅頭にされてしまう…!
背後で唸り声をあげる熊の魔物を声を聞き
半端に冷静にむかし祖母たちから聞いた自分の行く末を考える。
熊の魔物が本物の熊と同じ生態かは分からないが餌になる道は変わらないだろう。
魔物とは通常の動物よりも狂暴なのだ。
どどどどどっと地響きとともに背後から追いかけてくる音がする。
がむしゃらに逃げてしまい眼前には岩の壁が広がった。
袋小路に入ってしまったのだ。
そもそも本来人間よりも遥かに足も早く、木にも登れる魔物から逃げきるなど土台無理だったのだ。
しかし生きることを諦めたくはない。
少女は拳を握り振り返る。
かぶったフードの下から迫りくる魔物をにらみつける。
熊に対して生き残った者はその拳で撃退したという話をよく聞く。
せめて一矢、なにか足掻かねば死にきれない。
大口を開け大声で吠え、自分の顔よりも遥かに大きな手のひらから生えた爪が
今まさに降り掛からんとしたとき
「おい熊公!!!こっちだ!!!」
空から太陽を背に煌めく影が落ちてくる。
次の瞬間
銀の剣をきらめかせ一人の青年が熊の体を切り裂いた。
一瞬の出来事で拳を握った少女も、切られた熊もあっけにとられた顔をして青年を見る。
熊が魔物らしく、その死体をを残さず核となっていた魔石をゴトっと落として風に乗り霧散していく。
剣についた魔物の残滓を振り払い鞘に収め、青年が振り返る。
逆光でよく顔が見えない。
「大丈夫か?」
あっけにとられたまま少女は青年の差し出す手につかまろうと
握ったままだった拳を解き、手をのばす。
「あ、ありが…」
しかしその手は空を切った。
ぽふん!!と軽い音を立て煙のようなものが青年を包んだかと思うと
目の前にはふわっふわの毛玉が佇んでいた。
「あん!!」
迫力のない鳴き声。
まるまるもふもふの綿あめのような毛の塊。
つぶらで黒豆のような瞳と鼻。
埋もれて小さく見えるピンと張った三角の耳。
モップのようにふるふるしているしっぽ。
360度どこから見てもりっぱなモフ毛のポメラニアンになっていた。
小説は初めてなので何卒ご容赦を。