魔王の城2
魔王の城を、上から順番に回っていく。大広間の真下には食堂があり、吹き抜けを挟んでその向かいが給仕室だ。給仕室では既に朝の仕事が始まっており、美味しそうな匂いが漂い始めていた。パンを焼く香ばしい小麦とバターの香り。肉を焼く脂の甘い香り。香草やスパイスの混じりあった複雑な香りは、それだけで食欲を刺激する。念のため気配を殺しながらこっそり覗いてみたものの、みんな忙しそうに働いており、二人に気付く様子はなかった。何せこの城の住民全員の食事を一手に引き受けているのだ。両手どころか、自在にうねる髪の毛まで使って、大わらわで仕事をしている者までいる。
「見ての通り、四方が海に囲まれているのでな。魚には困らないのだが、それにも飽きというものが来よう。種族によっては、肉食の者も、菜食の者もいる。幸い、この城に頼らずとも一人で生きていける同胞たちが世界中にいるのでな。そういう者たちが、時々大陸から肉や卵を送ってくれるのだ。エルザも毎日のように、野菜を送ってくれているようだしな」
給仕室を見たあとで、リュカがこの城の食料事情について説明してくれた。
菜園の余った野菜たちは、どうやらここに渡っていたようだ。
リュカの人徳の為せるわざだろう。給仕室の片隅に堆く積み上がった食材の量は尋常ではない。少なくとも、一人や二人の助力でどうにかできる量ではなかった。
次のフロアには大浴場があった。360度を海に囲まれ、川もないこの島で真水を確保するのは大変なことだ。外に雨水を貯めるタンクがあるにはあるようだが、それで賄えるのは生活用水の一部だけ。そこでもやはり魔法の存在が重要になってくる。汲水と排水の魔法がかけられた二つの魔道具のうち、一つを大陸にある大河の下流に、もう一つを海に沈めて循環させることで、真水を確保しているらしい。魔道具は大浴場と、食堂、各階にあるトイレなどの水回りに設置されており、必要に応じて必要な量を確保できる。武骨な外見からは考えられないほど、なかなかに文明的な城だ。
その下のフロアは書架だった。立派な書架だが、あまり人は寄り付かないらしい。目を輝かせているノアに対し、「他の者たちにも、もう少し学んでほしいんだがなあ」と苦笑混じりにリュカが不満を垂れる。ノアに本を与えたエルザと同じ理由で、彼もまた仲間たちに知識を持たせたいのだろう。知識は荷物にならない財産だ。
そこから下は一般居住区になる。この城に居住区は二つあり、魔王の側近二人と、直属の近衛兵たちは有事のため大広間の向かいにあるスペースにそれぞれの自室を与えられている。そこにひとつ空きがあるということで、先ほどなしくずし的にノアの居住スペースが決まった。ドアにつける鍵も、もう貰って施錠もしてきた。道すがら荷物を置いてきたので、今のノアは身軽だ。荷解きは後で時間があるときにやればいい。
「居住区の部屋は、大体どこも同じような作りだ」
空室を開けて、ノアに中を見せながら、そうリュカは教えてくれた。
「ベッドと、食事をするためのテーブルと椅子。ここに、みなそれぞれ私物を持ち込んで暮らしている」
「食事といっても、みんな食堂で食べるわけじゃないんですね」
「まあ、な」
何故だか顔を曇らせて、リュカは言葉の先を濁した。それに口を挟む間もなく、「ここから先は一気に行こう」とリュカがノアを担ぎ上げる。何をするのかと思う間もあればこそ、「しっかり口を閉じておけよ」と前置きして、ひょいっとリュカは廊下の手すりを飛び越えた。ええええええええええ。律儀に口を閉ざしたまま、ノアは心の中で絶叫する。大分下りてはきたものの、それでも吹き抜けの下までは随分な距離だ。みるみる床が近付いてくる。訪れるであろう衝撃に備えてぎゅっと目を瞑り、ノアは全身を強張らせたが、思ったような衝撃はない。一体どのように力を逃がせばそうなるのか、リュカは綿毛のようにふわりと着地した。これも何かの魔法なのか、着地の瞬間、薄青色の光が波紋のように広がる。
「大丈夫か? ノア」
「今度から、せめて事前に告知をお願いします……」
口ではノアを気遣う様子を見せながらも、リュカに悪びれた様子は微塵もない。
無意識に呼吸まで止めていたらしく、肩から下ろされたノアは、ぜえぜえと息を弾ませながら懇願した。ノアの様子に苦笑しながら、「んー」とまたリュカが言葉を濁す。さっきとは違い、どう話を切り出したものか迷っているような雰囲気があった。
「というかな、居住区……特に下の階には、あまり近寄らないでほしいんだ」
「どうしてですか?」
「歩きながら説明しよう。お前には酷かもしれんが、見た方が早い」
最下層は、中央を基点とした十字路になっており、そこから四つの道が伸びている。そのうちの一つに、リュカは足を進めた。道は途中で更に十字に分かれ、碁盤のマス目のように、いくつもの部屋が並んでいる。そこまでは上層階と同じだが、決定的に違うところもあった。牢屋のように分厚い扉で入り口が覆われており、目線の高さと床の下の方に太い鉄格子がはまっていることだ。
「ニンゲンッ」
不意に、鋭い声がノアの耳を打った。甲高いのにどこかしわがれていて、女のものか男のものかもわからない、どこか耳に障る声だ。ガシャンッという音に反射的に身を竦ませながら、ノアは慌てて声の出所を探した。すぐ隣にある部屋で、下の鉄格子を、緑色の皮膚で覆われたしわくちゃの小さな手が掴んでいる。鉄格子の隙間から、ギラギラした目がノアを見ていた。
「ひっ……」
驚いて腰を抜かしたノアに、「ニンゲンッ! ニンゲンッ!」と口から泡を飛ばしながら、部屋の住人が鉄格子を掴んでガシャガシャと揺すぶる。座り込んだまま動けないノアを見て、更に興奮してしまったようだった。鉄格子の隙間からノアに向けて必死で腕を伸ばすが、あとわずかのところで及ばず、住人が悔しそうに尖った歯をギリギリと軋ませる。
「ウ──ウゥウー! ニンゲンッ! ニンゲンコロスッ! ニンゲンッ! ニンゲンッ!」
「ゴブリンだ。力の弱い種族でな。人魔戦争の折には、真っ先に人族に狙われ、随分と数を減らした」
少しも躊躇わず床に膝をつくと、ゴブリンの手を取って、手に手を重ねながら、「大丈夫、大丈夫だ」とリュカはゴブリンを慰めた。
「ウゥ……マオウサマ……ニンゲン……ニクイ……ニクイ……」
手と同じ色のしわくちゃの醜い顔を歪めて、ゴブリンがポロポロと涙を溢す。リュカの手をぎゅっと握りしめ、苦しそうに背中を丸めて、ゴブリンは子どものように泣きじゃくっていた。
「ニクイ……オレタチヲミナゴロシニシタ、ニンゲンガニクイ……スミカヲウバッタ、ニンゲンガニクイ……ニクイ……」
「よしよし。お前にも、ノアにも可哀想なことをした。今、眠らせてやるからな。起きたときには全て忘れている。大丈夫、戦争は終わったんだ。もう何も怖がらなくていいんだよ」
ゴブリンの額に指を当て、「ゆっくりおやすみ」とリュカが囁く。ゴブリンはぴたりと動きを止め、鉄格子から腕を出したままこてんと倒れて寝てしまった。
「100年経っても、消せぬ恨みがある。色褪せぬ悲しみがある。このゴブリンは、戦争の折には、ほんの幼い子どもだった。もう大分年を取ったが……目の前で親を殺された記憶が、消えぬという。記憶を消す魔法を何度使っても、何かの折に触れては思い出す。自由にさせておくと何をするかわからぬでな……こうして閉じ込めておくしかないのだ。寿命も近い。もう一生、ここで過ごすしかないであろうな」
寝息を立てるゴブリンを見ながらため息をつき、「すまない。嫌な思いをしただろう?」とリュカはノアを振り向いた。
「……他にも、いるんですね」
「そうだ。察しがいいな。最下層は、そういった輩ばかりだ。あのゴブリン以外は、ここに来たときに眠らせた。近付くなと言ったのは、そういう意味なんだよ。どうか、彼らを刺激せず、余生を静かに過ごさせてやってくれ」
「……わかりました」
最下層についた時の薄青色の光は、ここの住民を眠らせるためのものだったのだろう。可哀想に思うが、同時に自分にできることは何もないとわかってしまう。対話をしても、いたずらに彼らを苦しめるだけだ。頷いたノアの背中をぽんぽんと叩いて、「ありがとう」とリュカは静かに礼を述べた。
「ここから先はセイレーンや、ケルピーなどといった水生種族の棲みかだ。案内したいが……それはまた今度にしよう。一応、別の道もあるしな」
この階の住人でなくとも、人間を厭うものもいるのだろう。部屋で食事をとる者がいるのかと問いかけたとき、リュカは答えなかった。部屋に鍵をかけさせられたのも、余計なトラブルを起こさないためなのかもしれない。この先にある海を見てみたいという気持ちは、すっかり萎んでしまっていた。それを察したのか、「そろそろ戻らないと、本当に給仕長に怒られてしまうぞ」とリュカがおどけてみせてくれる。見え見えの芝居に乗っかって、ノアは上に戻ることにした。
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「さて。腹も膨れたし、さっそくだが、お前の今の実力が見たい」
朝からボリュームのある肉料理をぺろりと平らげ、ナプキンで口元を拭いながら、リュカは突然そんなことを言い出した。
「エリアス。お前、頼めるか」
「無論です。魔王様のお言葉であれば」
サクサクほわほわの焼きたてクロワッサンにかぶりついたところだったノアを置いて、話はどんどん進んでいく。
「じゃあ、大広間で軽く打ち合いをしてもらって……」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
急いで口の中のものを飲み込むと、ノアは大声で待ったをかけた。食堂にいた、少なくはない数の視線が集まるのを感じる。この城にはあんまり序列意識はないようで、リュカも普通に他の者達に混じって食事をしていた。側近の二人も、傍らに武器を置いて同じ朝食を取っている。この城防衛的に大丈夫か、とノアは思ったが、今問題はそこではない。
声が震えそうになるのを何とかこらえ、努めて平静に、ノアはもっともな疑問を投げた。
「どうもお互いの認識に食い違いがありそうなので早急に確認したいんですが……俺の実力って、一体何の実力ですか?」
ノアの言葉に目を丸くして、側近二人と交互に視線を交わし、「何って……」とリュカが言い淀む。そして自らの中で何か良くない結論に行きついたのか、「まさか」と苦みばしった顔で眉を寄せた。
「お前、あの魔女から何も聞いていないのか?」
「仲間を探しに行きたいなら、いずれ外に出る必要があると……そのために、ここ以上に相応しいところはないと言っていました。残念ながら、それ以外のことは何も」
「ああああ~~」
ノアの返答に急に頭を抱えてぐしゃぐしゃと髪をかきむしり、何とも言えない声を上げて、「丸投げか~~!」とリュカが叫ぶ。「あの魔女はこれだから~~!」と憤るリュカに、場違いな親近感をノアは覚えた。対等な立場であれば、肩を抱き合い海に向かって『バカヤロー!』と叫びたいくらいの気持ちである。
「要するに、喧嘩の実力さね」
進まない話に焦れたのか、はたまた魔王の醜態を憐れんでか、横からエリアスが助け船を出した。褐色の肌に短く刈った茶色の髪、明るいヘーゼル色の瞳を持つ、筋骨たくましい魔王の側近の一人である。
「いくら人間の姿をしていても、どこでお前が異世界人だとバレるか知れねえ。そうなった時お前が捕まらないよう、外に出る前に最低限の力は仕込んでおきたい。そういう親心なんだろうよ」
「まあ、喧嘩だなんて。野蛮人はこれだから嫌だわ」
魔王を挟んだ反対側から、もう一つの声が上がった。肩まである豊かなブルネットの髪に、アメシストの瞳を持つ艶やかな美女。魔王のもう一人の側近、オデットである。
「何だあ? 朝っぱらから穏やかじゃねえな。腹ごなしに一戦やろうってのか?」
「そっちがその気なら、わたくしは構いませんわよ。ええ、ええ、そのバカ面もいい加減見飽きたところでしたの!」
「随分と威勢がいいが、勝てると思ってんのか? お前を拾って鍛えてやったのは誰だと思ってる」
「いくらあなたでも、年には勝てませんわ! 耄碌した頭を今日こそたたっ切って差し上げます!」
バチバチと火花を散らして、リュカを挟んだ二人の言い合いは、段々とヒートアップしていく。おろおろとノアは助けを求めて辺りを見回したが、どうやらこの二人の喧嘩は日常茶飯事のようで、「やれ~!やっちまえ~!」と楽しげに囃し立てる者しかいない。口笛を吹く者や野次を投げる者、果てはテーブルの隅で賭け事をする者まで出て来て、一瞬で食堂が騒がしくなる。
「二人とも、落ち着け」
とうとう二人が椅子を蹴って立ち上がったところで、ようやくリュカの制止が入った。周りからのブーイングを視線一つで黙らせ、「話が逸れてしまったが」と咳払いをする。
「大体のことは、エリアスが今説明してくれた。フォーリナーは一人いれば国勢が変わるとまで言われる貴重な存在だ。人里近くに出現することが多く、その国に多大な影響をもたらすため、神の使いとまで言われ神聖視する者も多いと聞く。よって、その周りには常に誘拐や暗殺などの陰謀が渦巻く。そのために敷かれた厳重な警備は並ではない。辿り着くことすら困難な上に、それで自分が捕まってしまえば元も子もないのだ。最低限、行って戻って来られるだけの実力がいる。ここまではわかるな?」
「……魔法で、こっそり行って帰ってこれないものですか?」
乱れた髪を直しもせずに、真面目な顔してリュカは説明した。戸惑いながらノアが提案する。例えば、今ノアが持っているブーツや、夜のカーテン。こういった機動性、隠密性の高い魔道具を使えば、そこまで難しいことではないように思える。
「俺は姿だけ見れば人間なんでしょう? 昼間は人に紛れて、人の少ない夜になったら姿を消す。警備をかいくぐって中に入りさえすれば……」
「そう言えばお前、カーテンを持っているんだったな。全く、本来なら子どもが気軽に持っていい道具ではないんだぞ。じゃあな、侵入経路については、魔法で何とかできたとしよう。では、もし部屋の前に罠が仕掛けられてあったとしたら? 鍵がかかっていたらどうする? そのフォーリナーが昼夜問わず常に誰かと一緒にいたら? 何とか二人で話ができたとして、そのフォーリナーがお前に協力的でなかったら?」
言われてみればもっともで、そういうことを何も考えないままここまで来てしまった自分の浅はかさを、ノアはただ恥じ入るしかない。
「わかっただろう。前提条件が一つひっくり返るだけでお前の身を危険に晒す計画など、許可できるはずがない。お前には魔力がないんだ。いざというところで魔道具の魔力が切れたら何とする。魔道具を使っている時点で尋問は避けられまい。魔族と繋がりがあると知れたら、極刑もあり得る。そこで不死のフォーリナーと知れたら、お前、二度とここへは戻って来れないぞ」
答えられず俯いてしまったノアの頭の上から、容赦なくリュカが脅しをかける。
「我らとしても、ようやく終わった戦争に新たな火種を落とすつもりはない。協力者はつけられない。お前がひとり、行くしかないのだ。子どもに荒事を教えるのは心苦しいが……できる限りのことはしてやりたい。そのために、今あるお前の実力を知りたいのだ。質問に答えてくれるだけで構わない」
子どもの浅知恵を諌め、昨日今日あったばかりのノアのために魔王自らここまで考えてくれたのだ。今度こそノアも真剣に、「わかりました」と答える。
「今までに武器を扱ったことはあるか?」
「ありません」
ここで一瞬辺りがシンと静まり返った。恐らく今後指南するにあたって、最低限ここまではクリアしておいて欲しいラインだったのだろう。そんな雰囲気が垣間見える。
「……本当に? 一度も?」
「本当に、一度も。触ったこともありません」
ノアの返事に、リュカの口端がひくりとひきつる。それを隠すように、またひとつ咳払いをして、「まずは武器選びからだな」とリュカは取り繕ってみせた。先ほどまでなんか良いこと言っちゃってた風の面影はそこにはない。
リュカに連れられ、ノアは城の武器庫を訪れた。書架の向かいにある武器庫には、大小さまざまな剣や短剣、槍や薙刀、戦斧、弓など、ありとあらゆる武器が保管している。整頓などはされていないようで、空の酒樽に無造作に突っ込んでいるものがほとんどだ。もう何年も使っていないのか、隅っこで埃をかぶっている武器もある。武器に興味はないけれど、乱雑に積み上げられた武器を見ると、他人ごとながら破損しないか心配になってしまう。武器が要らないということは平和の証でもあるため、一概には何も言えない。
「一通りやってはもらうつもりだが……一番扱いやすいのは剣だろうな」
壁にかけてある剣のひとつを手に取り、手慣れた仕草で、リュカはすらりと鞘から抜いてみせた。
「おお……かっこいいですね」
「お前が持つんだぞ?」
まるで他人事のような褒め方をするノアに苦笑しながら、その胸元にリュカが剣を押し付ける。
「剣をまっすぐ前に突き出せ。腕も伸ばして。そうだ、そのまま」
「えっ。これ、結構きついです」
リュカがノアに渡したのは比較的細く短めの剣だったが、普段剣を持ち慣れていない手にはそれでも重たい。ずっと構えていると、段々とその重量が手にのしかかってくる。そのまま、とリュカに言われてはいたものの、腕が震えて、ノアは早々に腕を下ろしてしまった。
「うーん。どう思う、二人とも」
リュカと側近二人は、何やら横で顔を見合わせ思案中だ。
「オデットの小さい頃と変わらんな! はっはっは!」
「小さい頃のわたくしの方がまだ力がありましたわね!」
笑い飛ばすエリアスと、胸を張るオデットの声が重なって、また二人が睨み合いになる。
「異世界人だからって、特別力が強いわけではないんだなあ」
いつも傍にいるぶん仲裁し慣れているのか、睨み合う二人の間に、リュカはさらりと入り込んだ。本気で争う気はなかったようで、ちょっとごめんよ、くらいのノリで入ってきた魔王に、大人しく二人が引き下がる。
「エリアスはまず基礎体力の向上。どう見てもパワータイプには見えんので、スピード重視で下半身を主に鍛えてやってくれ。上半身は体幹をある程度鍛えてからだ。ある程度できるようになったら、まずは剣から教えてやってくれ、オデット」
さすがは為政者と言うべきなのか、ノアの実力を見るなり、リュカはてきぱきと役目を割り振った。「了解致しました」と側近二人の声がまた被る。
「改めてよろしくな! 気軽にエリアスと呼んでくれ」
「よろしくお願いします、エリアス」
ノアの言葉に、ニッと朗らかに笑って、エリアスが右手を差し出してきた。硬くて分厚い手のひらを握り返し、「がんばります」とノアが笑顔を浮かべる。初日の酒宴で聞いた話だが、リュカとはまだ戦争をやっていた頃からの付き合いで、いくらかリュカより年下らしい。
その日から、ノアの筋トレが始まった。