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呪いの烙印シリーズ・短編集  作者: 那周 ノン
【ハルとビアンカの物語・第二部】
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例えばこんな日常②

「――人間の急所となる場所は、お前くらいの動きができると顎下とかを狙うと良いかもな」


 ウェーバー邸の中庭の片隅。そこでハルとビアンカは互いに鍛錬着という服装で座り込み、真剣に話し合いをしていた。

 一見すると二人の雑談――、ではあるものの。その話の内容は、ハルが旅の合間に培った人間の身体の仕組みや体術の知識。それらをビアンカに教授するものであった。


 フッとした話の合間に、ハルに体術の心得が有るということがビアンカの父親――ミハイルの耳に入り、“護身用”という名目で、ビアンカに知識だけでも与えてやってほしいと依頼された故のものだった。

 正直、ハルが思うに――、ビアンカの“護身用”の武術は棍術だけで充分なのではないかと。そう思う部分があったのも事実ではあるが、ミハイル直々の頼み事ではハルに抗う(すべ)は存在しなかった。


「“掌底(しょうてい)”って言って、(てのひら)の手首に近い部分で打撃を与えるんだ」


 ハルは言いながら、自らの左手の(てのひら)と手首の部分を右手で指し示す。


「そんなので相手にダメージを与えられるの?」


 ハルの教えを真剣に聞き入っていたビアンカは、掌底(しょうてい)で打撃を与えた際の、相手に与えられる真の威力を知らないために首を傾げ、ハルに問い掛ける。そんなビアンカの不思議そうな問いに、ハルは(しか)りを意味して頷き返した。


「顎の先端ってのは強打されると、脳が揺さぶられて脳震盪を起こすんだよ。だから、相手を昏倒させたい時に役に立つ。――ただ、反対に威力が強すぎると、脳の血管が切れたりして危ないってのもあるな」


「へえ。それじゃあ、本気でやっちゃったらいけない技なのね」


「そうだなあ。力加減が難しい技でもあるかもな」


 ビアンカの言葉にハルは腕を組み、考えるような仕草を取る。そうして、思案していたかと思うと、降ろしていた腰を上げてハルはその場に立ち上がった。


「ビアンカくらいの身長だと――、お前は瞬発力あるから。こう、さ……」


 立ち上がったハルは言いながら、一瞬腰を落とし――、次には足に力を込めて跳ね上がり、顎下に対する掌底(しょうてい)の動作を自ら実践する。

 ビアンカは、そのハルの動きを目にして、翡翠色の瞳を丸くしてしまう。


「――こんな感じで、跳ね上がる時の脚の力の入れ加減で、威力の調整をすると良いと思うぞ」


「なるほどー……」


 ビアンカはハルの教えに目を輝かせ、感嘆を含んだ声を漏らした。――かと思うと、突然その場から立ち上がり、今しがたハルが行った動作と同じものを行おうとし始める。


「うおっ!! ビアンカ、俺の方に向けてやろうとするなっ!!」


 ビアンカの取り始めた行動を見透かし、ハルは慌てた声を上げて咄嗟に後ろへと身を引く。その瞬間に身を引いたハルの顎先を、ビアンカの手首が掠めていき――、ハルは肝を冷やす思いを味わうこととなる。

 トンッ――と、軽い足音を地面で鳴らし、ビアンカは地に足を付き、自らの手首を快然たる眼差しで見つめていた。


「こんな感じね」


 ハルの焦りとは裏腹に、ビアンカは悪びれた様子など微塵も見せず、へらりと笑った。

 そうしたビアンカの行動を冷ややかな眼差しで見据え、ハルはワザとらしく盛大な溜息を吐く。


「お前な。俺、さっき言ったよな。下手したら脳震盪だけじゃ済まないんだぞ……」


「ちゃんと加減していたもん。大丈夫よ」


 ハルの文句の言葉に対し、ビアンカはあっけらかんと返す。


(加減していても顎下じゃ痛いもんは痛いっての。こいつは――)


 せっかく教えてやっているのに――、と。内心で悪態をつきつつ、ハルは思う。


(しかし、まあ――。こいつ、こういうことの飲み込みだけは良いんだよな。この前の棍術の扱いでも、体術と応用した実戦の仕方をちょっと話したら、すぐにモノにしちまったし……)


 ついこの間、ビアンカがハルに棍術の教授をした際。その時に、ハルは棍を用いた体術――、棍を軸足の補助代わりに扱った回し蹴りの方法など。棍術と体術を織り交ぜた技を、ビアンカに指南していたのだった。

 その結果が、『ハルには体術の心得がある』という話題に繋がり、ミハイルの耳に入って、今に至っていたわけである。


 自らが招いてしまった面倒事を思い、ハルは嘆息(たんそく)を吐く。その溜息には、「貴族の令嬢であるビアンカが、これ以上強くなっていったら、どうしようか……」という、ハルの心境も含まれていた。

 実際に将軍家の娘――、貴族の令嬢であるビアンカが、今方、ハルが教授している技の数々を扱うことはほぼ皆無であろう。それ故に、ハルは自身の教えている(すべ)が無駄になるのではないかと、考えている節があった。


(――でも、ビアンカが()()()の『お姉ちゃん』だとしたら。今、俺の教えていることは、丸きり無駄になるものでも無いんだよな……)


 そう了得し、ハルは赤茶色の瞳を伏せ――、自らの過去の出来事に思いを馳せる。


 ハルの遠い過去にある記憶。その中に未だ、印象強く存在する亜麻色の長い髪に翡翠色の瞳を持つ、ハルの命の恩人である棍使いの女性――。

 その出会った女性が、自身の目の前にいる無邪気な少女――、ビアンカであるという()()()()()()()()()()()()を、成長していくビアンカを間近で見てハルは感じてきていた。


 それが如何(いか)ようにして起こる出来事なのかは、今のハルには解することはできなかったのであるが――。


(あの『お姉ちゃん』は凄く悲しそうな瞳をしていた……。そう考えると――、もしかしたら、ビアンカの周りで今後何かが……)


「ねえねえ、ハル。他には何か、簡単にできるような技って無いの?」


 物思いに耽っていたハルの思考を断ち切るように、ビアンカがハルに声を掛けてくる。


 我に返ったハルが、息を呑む様を窺わせビアンカに目を向けると――。ビアンカは変わらず、年頃の少女らしい面持ちで楽しげに瞳を輝かせ、次なるハルの教授を待ち構えていた。

 さようなビアンカの様子に、ハルは困ったような笑みを見せ、考えることを手放してしまう。


「そうだな。後は、簡単に相手を昏倒させるって言うと――、鳩尾(みぞおち)とか」


鳩尾(みぞおち)って……、ここ?」


 ハルの言葉に、ビアンカは首を傾げて言いながら、自身の鳩尾(みぞおち)部分を指で指し示した。そのビアンカの動作に、ハルは頷いて返事をする。


「そうそう。丁度その辺りの腹の内側に、横隔膜って言う筋肉が板状になっている膜があるんだけど――」


 ハルは言うと、ビアンカが自身の鳩尾(みぞおち)を示していた手を取って拳にさせ、自分自身の鳩尾(みぞおち)に当てさせる。


「男だと大体この辺な。相手が女だと、胸の真下当たりで分かりやすいんだけど。――んで、ここを殴られると、横隔膜の動きが一瞬止まる。そうすると、その横隔膜っていうのは呼吸をするのを助ける役目があるから……、呼吸困難を起こす」


「へえ。よく本の中のお話で、そういうシーンが出てくるわ。そういう理由で、ここが急所なのね」


「だな。反対に本の話で出てくる、首の後ろを叩いて気絶させる――、っての。あれは嘘だからな」


「えっ、そうなの?!」


 驚いた声を上げるビアンカに、ハルは少年らしい笑みを見せて頷いた。


「首の後ろ――、頚椎(けいつい)って言うんだけど。そこは確かに運動神経の束が通ってはいるけれど、あそこは殴られたくらいじゃ昏倒は無理だ。ただ痛いだけ」


「本に書いてあることだから本当になるのかと思っていたわ」


 ビアンカが感心したように零した言葉。そんな言葉に、ハルは再三の頷きの仕草を見せていた。


(――まあ、実際は頚椎(けいつい)の方は切ると、相手を即死させられるんだけどな……)


 ハルは心中で密かに思う。だが、その知識をビアンカに伝える気は、ハルにはさらさら無かった。それこそ、ビアンカにとっては無用な長物と言える知識となってしまうであろう、という思いからだった。

 ハルが旅の合間に培った知識は――、中には決してビアンカに教えられないような、物騒なものも多く含まれる。だからこそ、ハルは教えられる知識を厳選して、ビアンカに示教を行う。


「話は逸れたけど……。とりあえず、狙うなら鳩尾(みぞおち)にしておけ」


「うん。分かったわ」


 素直な返事を返すビアンカに、ハルはふわりと優しく笑う。


「ここなら、殴らせてやっても良いけど……。やってみるか?」


 先ほどの顎下を狙った掌底(しょうてい)と違い、鳩尾(みぞおち)ならば不意打ちを喰らわず、腹筋に力さえ入れて構えておけばダメージを受けない。そのことをハルは了しているため、ビアンカに問う。

 すると、ビアンカは驚いたような表情をハルに向けていた。


「良いの……?」


「おうよ。これくらいなら、大丈夫だぜ」


 ビアンカに投げ掛けられた問いに、ハルは晴れやかな笑みを見せて構えを取る。



 その後。ハルとビアンカは打たせ稽古を幾つか行い――、こうしてビアンカの知識に、体術の心得が一つ加わることとなった。

 他にも数多(あまた)の知識として、滅多に出くわすことのない魔物や獣の急所に関してなどの知恵をビアンカは授かっていく。それらが後の、ハルが憂虞(ゆうぐ)していた事態で大いに役立つことになるのだが――。


 そのことをまだ二人は知らず、和やかな雰囲気を(まと)いながら、一日は過ぎていくのだった。


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