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呪いの烙印シリーズ・短編集  作者: 那周 ノン
【ハルとビアンカの物語・第二部】
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新しい一年

 リベリア公国を含む世界全土の国々は間も無く、新しい年を迎えようとしていた――。


 “全知全能の女神・マナ”を(あが)め祀り上げる世界宗教の風習の下に、星から世界の流れや前兆を読み取る(すべ)を持つ“占星(せんせい)術師”たちが集まり結成された組合(ギルド)――。“占星術組合(せんせいじゅつギルド)”の取り決めた吉日に従い、この世界は新年を迎える日を決める。

 そうして、その“占星術組合(せんせいじゅつギルド)”の占星(せんせい)術師たちが協議した結果、新たな年を迎えるに相応しい日として、今日という日が選ばれたのだった。



(――リベリア公国に来て、四年目を迎えることになっちまったなあ……)


 新年を迎えるための祝祭で賑わうリベリア公国の城下街。そこでハルは、街の賑わいを傍目(はため)にしつつ、さようなことを思っていた。


 ハルがミハイルに連れられリベリア公国に訪れてから、この秋で四年目を迎えていた。

 当時、まだ(よわい)十歳であったビアンカが、新たな年が明けて次の春が来れば十四歳の誕生日を迎える。そう考えると――、今まで緩やかな年月の間隔しか感じていなかったハルにとって、時間が流れるのが異様に早く感じる。


(なんか。四年間あっと言う間だったな。――本当だったら二年か三年。その程度、ここに居られれば良いと思っていたのに……)


 ハルは思想に(ふけ)り、白い息を吐き出すと共に溜息を漏らす。


「ハル。人が多いの、疲れちゃった?」


 ハルの溜息を聞きつけ、彼の隣を連れ立って歩いていたビアンカが、ハルを見やりながら首を傾げる。そんなビアンカの問いに、ハルは首を振って否定を意味する返事をした。


「いや。流石に寒いな、と思ってな」


 ビアンカの問いに、ハルは今までの考えを誤魔化し、思考を切り替えるように笑みを浮かべ言葉として返事をする。そのハルの返答にビアンカは、「ああ……」――と、納得した様子を見せて声を零していた。


「そういえば、ハルは寒いの苦手って言っていたものね。――今日は何枚お洋服着ているの?」


「……五枚。上着入れると、六枚か」


 ハルが寒いのは苦手だということを(りょう)しているビアンカであったが、ハルの寒そうに身を縮こめながら発した言葉が予想に反していたのであろう。ビアンカは可笑しそうにくすくすと笑う。


「ハルってば、着込みすぎ」


「だってよ。寒くねえ?」


 笑うビアンカに、ハルは不服を含んだ眼差しを送り、唇を尖らせていた。


 新年を迎える日。それは大抵、冬の半ばである寒い時期に執り行われる。歴代――、新年の祝祭となる(まつりごと)は、殆どと言って良いほど冬に行われるのが恒例となっていた。そうして、今回の新年を迎える日取りも、例に漏れずに冬の只中の季節に取り決められていた。


 ハルは寒さが苦手なため、彼が先ほど口にした通り――、厚手の外套(がいとう)を含めると、六枚もの重ね着をしている。更に首元にショールを巻き、その手に嵌める革の手袋もいつもより厚手の物を着用している。

 そんなハルに対して、隣を歩むビアンカは薄着だと。ハルは見ていて思う。


「そういうお前は、薄着すぎないか? 寒くねえの?」


「んー。上着入れると三枚だけど、平気よ?」


 ビアンカは襟元に狐の毛皮(フォックスファー)のあしらわれた貫頭衣(ポンチョ)を身に(まと)い、その下はワンピース状のドレス。そこに更にキャミソールとズロースを身に着けている程度なのだろう。一応、手袋は嵌めているものの、寒がりであるハルの目から見て――、ビアンカの格好は非常に寒々しさを感じる。


「うえ、マジか。頼むから風邪だけは引くなよ……」


「大丈夫よ。私が風邪引いているの、見たことないでしょ」


 笑顔でそう返してきたビアンカの言葉を聞き、ハルは確かに――と、思い至った。


(――こいつ、何だかんだで元気なんだよなあ。風邪を引かせちゃ不味いと思って注意はしているけど。俺が来てから風邪で寝込んだりって、見たこと無いよな……)


 ハルはビアンカの“護衛兼お目付け役”という任を、ビアンカの父親――、リベリア公国の将軍でもあるミハイルより仰せつかっている。言うなればビアンカの“お守り役”という立場な手前で、万が一、ビアンカに怪我をさせたり風邪を引かせてしまっては、自分を信用して愛娘を任せてくれているミハイルに申し訳が立たないという思いもあり、ビアンカの状態には細心の注意を払っていた。

 だがしかし――、そのようなハルの心配も杞憂(きゆう)となり、ビアンカは怪我をすることも風邪を引くことも無く、健やかに日々を送っている。


(何事も無く過ごせているのなら――。俺としては一安心だけどな)


 身近な者たちに不幸を呼び込む――。そのような存在である自身を思えば、ビアンカが何事も無く過ごせていることは、ハルには喜ばしいことの一つであった。


 再度、物思いに考え耽っていたハルであったが――、不意にそのハルの左手を、ビアンカが握ってきた。そのことにハルは一瞬、身を(すく)める。

 ハルが驚いてビアンカに目を向けると、ビアンカは照れくさそうに笑顔を浮かべていた。その愛らしい笑顔に釣られ、ハルも少年らしい笑みを浮かべるのだが――。


「あー……。悪い、ビアンカ。()()は勘弁してくれ」


 ハルは済まなそうにして言うと、ビアンカの手を離させていた。そして――、改めたように、ハルは()()でビアンカの左手を握る。


「こっち側なら、いくらでも大歓迎だからな」


「あ、そっか。ごめんね。左側、駄目なんだっけ……」


「そうそう。()()()()()()が疼くから、触られると不味いんだわ」


 思い出したようにビアンカの口にした言葉に、ハルは言う。

 勿論――、ハルの言葉は嘘であり、彼が左手に触れさせたがらないのには本当の理由があるのだが。彼は未だ、その理由をビアンカには明かしていなかった。


(まあ、触れたからって言ったって――。どうなるワケでもないんだけど)


 ハルは、自身の自意識過剰な防衛行為に対して、嘲笑(ちょうしょう)してしまう。


 自らの左手の甲に宿る“呪い”の証である“喰神(くいがみ)の烙印”は、身近な者たちに不幸を撒き散らし、死を呼び込むもの。その性質を(わか)っているからこそ、ハルはビアンカに敢えて左手を触れさせたがらない。

 今のようにビアンカが左手に触れようとする(たび)に、ハルは代わりに右手を差し出し、彼女の手を取っていた。


「――ってか、急にどうした?」


 ビアンカから手を繋ごうとしてきたことに、ハルは問いを投げ掛ける。すると、ビアンカは微かに笑い、頬を赤く染める。


「人が多いから。はぐれないように、手を繋いでほしいな……、って思って」


 そうビアンカが恥ずかしそうに発した言葉。その言葉に、ハルは赤茶色の瞳を丸くする。かと思うと――、ビアンカの言葉の意味を察したのだろう。ハルの頬が徐々に朱を帯びていった。


「あはは。何だよ、お前。……何だったら、腕でも組むか?」


 眉をハの字に下げ、ハルが照れ隠しに軽口を出すと、ビアンカがキョトンとした表情を浮かべる。

 驚いた面持ちを見せたビアンカに、ハルは悪戯そうに微笑み、ビアンカが握っている右側の手――、その腕を少し浮かせる。ハルがそうすると、ビアンカは嬉しそうな笑みに表情を変え、ハルの腕に自身の両手を絡ませるようにして(まと)わり付くのだった。

 そんなビアンカの行為を目にして、ハルは微笑ましそうに笑う。


「但し、ミハイル将軍たちと合流するまでの間な。そうじゃないと――、後が怖いし」


「うん。分かっているわ」


 ハルの冗談じみた発言に対し、ビアンカも理解しているため笑って答える。


「さて。そうしたら、早くリベリア王城に行かないとな。式礼が始まっちまう」


「うんっ!」


 リベリア公国での新しい年を迎えるための儀礼は、この国の国王による新年の幕開け宣言という式礼で執り行われる。その宣言を聞くためにハルとビアンカは、夜も遅い時間のリベリア公国城下街を、リベリア王城に向かい歩んでいたのだった。

 ビアンカの父親かつ、リベリア公国の将軍という任を担うミハイルも、リベリア国王の護衛と式礼に参列するため、一足先にリベリア王城に向かっていた。


「新しい年も――、ハルと一緒に楽しく過ごせると良いな」


 ハルと腕を組み、リベリア王城に向かう道すがら、ビアンカは屈託の無い笑顔を見せながら言う。そのビアンカの言葉と笑顔を見聞きし、ハルも微笑む。


「そうだな。お前といると退屈しないし。――新年も、楽しくやっていこうな」


 それはハルの本心からの言葉であった。


(――願わくは、この安寧の時が長く続くように。ビアンカと共にいられるように……)


 自分自身の存在を考えれば、身に過ぎた願い事だと、ハルは思う。だが――、ハルは、そう願わずにはいられなかった。



 こうして、ハルとビアンカの新たな一年を迎える日は、穏やかで安寧に。優しい時間を刻み、過ぎていったのだった。


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