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呪いの烙印シリーズ・短編集  作者: 那周 ノン
【ハルとビアンカの物語・第一部】
6/43

春告鳥

「どうだ、ビアンカ。届いたか?」


 冬の季節も終わりが見え、春に差し掛かり――、日中は暖かな日が増えてきた。そんな日だった。


 ウェーバー邸の中庭。その一角にある春になると赤い花を咲かせる木の前で、ハルと――、彼に肩車をされるビアンカの姿があった。


「んん。もうちょっと……」


 ハルに肩車をされたビアンカは、その上で懸命に腕を伸ばし――、蕾が徐々に色付いた様を見せる木の枝に何かを乗せようとしている。


 幼いビアンカの小さな(てのひら)には、一羽の鳥の雛が乗せられていた。そして、ビアンカの腕を伸ばす先には、小枝を組んで作られた鳥の巣があり、ハルとビアンカはその雛を巣に戻そうとしていたのだ。


 なかなか頭上にある鳥の巣まで手が届かないビアンカの様子を見越し、ハルはビアンカを肩から落とさないように注意しつつ、踵を上げて爪先立ちになる。


「これでどうだ?」


 ほんの僅かではあるものの、ハルが爪先立ちになったことで、ビアンカの目線の高さが上がる。すると、そのビアンカの手から、鳥の巣の中へと雛が無事に滑り落ちていった。


「届いたあっ!!」


 ハルの頭上で、ビアンカの嬉々とした声が上がる。その声にハルは安堵の溜息を吐き、踵を落とす。


「よし。それじゃ、降ろすぞ。ビアンカ」


「はーい」


 ハルの声掛けに、ビアンカは元気な声音で返事をする。そんなビアンカの元気の良い返事にハルは微かに笑みを浮かべ、身を屈めてビアンカの身体を自身の肩から降ろしてやる。


 ハルの肩から降りたビアンカは、そのまま鳥の巣が存在する木を見上げていた。


「お母さん鳥、戻って来るかな?」


「さて、な。戻って来てくれると良いな」


 木を見上げているビアンカに問われ、ハルは言葉を返す。


 正直なことを言ってしまえば――。人間の匂いが付いてしまった雛の元へ、親鳥が戻って来る可能性は低い。そのことをハルは分かってはいたものの、敢えてビアンカにはそれを口にせず、優しく言葉を掛けてやっていた。

 ハルの優しい気遣い。それには気付かず、ビアンカはハルの返答に嬉しそうに笑う。


「早くお母さん鳥、戻って来てくれると良いね」


「だな……」


 ビアンカの嬉しそうな笑みを目にして、ハルは赤茶色の瞳を細めるように微笑む。


(――本当、気が優しいというか何というか。子供は純粋で良いもんだな……)


 そんな風にハルは、ビアンカを見ていて内心で思う。


 ビアンカは、父親――ミハイルからも“鉄砲玉娘”と称されるほど、気が強く()わば、はねっ返りな性格をした少女である。しかし、その一方で非常に純粋で無垢な性質を持つことに、まだ彼女と付き合いが浅いものの、ハルは気付いていた。

 そのビアンカの優しい性質を見ていると、まるで父か兄にでもなったような――、温かな気持ちが胸に(とも)る思いを抱くのも事実だった。


(妹でもいたら、こんな気持ちになっていたのかな……?)


 木の上にある鳥の巣を見つめているビアンカに目を向け、ハルは考える。


 ハル自身に兄弟はいなかった。だが、きっと下に弟か妹でもいたら――、もっと自分が責任感の強い大人っぽい思いを持つ性格になっていたのだろうか、と。そのように思い馳せると、永く生きてきた割に、自分自身が未だに子供のような理由に縛られ生き続けていることに、微かに嘲笑(ちょうしょう)してしまう。

 勿論ハルは、自身が“子供のような理由”と称して嘲笑(ちょうしょう)している事柄が、自身を六百年以上のもの永き時に渡り、心を折らせずに突き進ませているものだと(りょう)してはいるのだが――。


 そこでハルは浅く息を吐き、考えることを止めた。これ以上、考えても仕方がないことだと。そうして、このように生き続けることは、自身で強く決意した結果なのだと――。ハルは理解している。


「さて、と。ビアンカ。これ以上、この木に張り付いていたら、親鳥が戻ってきても近寄って来なくなっちまう。そんなに見ていたいなら、あっち側の木の方に行こう」


 ハルは言いながら、未だに木を見上げているビアンカの頭を撫でた。

 頭を撫でられたビアンカは、ハルの方を見やり素直に頷く。


「うん。そうだね。――棍も置きっぱなしだし、棍のお手入れしながら見ているわ」


 ビアンカは、鳥の雛が木の下に落ちてしまっているのを見つけるまで、棍術の自主鍛錬を行っていたのだった。

 落ちている雛を見つけ、頭上の木の上に鳥の巣があることに気付いたビアンカ。彼女はそこでハルに頼み、彼に肩車をしてもらい――、今に至っていたのであった。


 ビアンカは地面に転がっている棍を拾い上げると、ハルの口にした通り、鳥の巣が存在する木の見える他の木の下へ足を運ぶ。ハルもそれに連れ立ち、ビアンカと共に木陰へ腰掛けた。


「ねえ、ハル。あの鳥の雛は、何ていう鳥の種類かな?」


 手にした布で棍を拭き上げながら、ビアンカが隣に腰掛けるハルに問う。大概のことは、ハルが博識なためにハルに聞けば(わか)る――と。そうビアンカが思っている故の、ハルへの問い掛けであった。

 そんなビアンカの問いを聞き、ハルは「うーん……」と考える。


「多分、時期的なのと。あの雛の色柄から思うに――、真鶸(まひわ)じゃないかなと思うけど……」


「まひわ?」


 あまり馴染みの無い鳥の種類の名前だったのだろう。ビアンカが首を傾げ、聞き返す。その声にハルは頷いていた。


「越冬する渡り鳥の一種だ。雄は緑掛かった黄色い羽をしているんだけど。雌の方はオレンジっぽい茶色の羽をしていて、パッと見じゃ(すずめ)と見分けが付けにくい鳥な」


「へえー……」


 ハルの説明を聞き、ビアンカが心底感心したような声を零す。


「ハルって本当に物知りだよね。おじいちゃ……、ううん。――“知恵の宝庫”って感じ」


「お前、今ちょっと余計なこと言おうとしただろ……」


 明らかにビアンカが誉め言葉の途中で、『おじいちゃん』と言おうとしたことを耳聡く聞き逃さなかったハルは、ビアンカへ呆れの色を含む不服そうな眼差しを向ける。


「き、気のせいだよ……」


 気まずそうにハルから目を逸らし、言葉を言い淀むビアンカを見て、ハルは溜息を吐き(こうべ)を垂らす。


(そりゃ、年齢的に考えると『おじいちゃん』ってのは、あながち間違えじゃないけど。そんなに年寄りじみた言動をしているつもりは無いんだけどなあ……)


 ビアンカの口を付いた言葉に――、ハルは本気で落ち込みそうになっていた。


 自身の見目に反した実年齢を考えれば、ハルは確かに“年寄り”の部類に入る。

 なるべく不自然の無いようにと、ハルは注意を払い普段は見た目の年齢相応な振る舞いを心掛けていた。しかし、恐らくはどこかしらで、幼いビアンカにとってハルが老齢な存在に見えることがあるのだろう。


(子供は存外――、聡いところがあるんだな……)


 さようなことを、ハルはしみじみと実感する。そうして、今後は気を付けなければと、改めて気を引き締めるのだった。


 そうした考えに思いを巡らせていたハルであったが――。フッとハルが気付くと、隣に腰掛けていたビアンカが静かになっていた。

 不思議に思い、ハルがビアンカに再び目を向けると。木に寄り掛かったビアンカが、眠たげにして船を漕いでいる姿が映る。


「おい、ビアンカ。こんなところで寝るなよ」


 眠たげなビアンカの姿を目にしたハルは、苦笑しながらビアンカの肩を揺する。しかし、ビアンカは既に寝入る寸前で、返事は戻って来なかった。

 ビアンカの翡翠色の瞳を縁取っている亜麻色の長い睫毛が、完全に伏せってしまう様を目にし、ハルは仕方なさげに笑みを浮かべる。


「――『春眠暁を覚えず』、とは良く言ったもんだよな。全く、お前は……」


 ハルとビアンカの座り込んでいた場所は、木陰と(いえど)も僅かに射し込む日差しで暖かかった。

 ビアンカが眠気に襲われるのも分からなくはない――。そうハルは思いながら、手慣れた手付きでビアンカの身体を引き寄せると、自身の膝の上に彼女の頭が来るように、横に寝かせていた。そうして胸元で巻き付けていたショールを外し、ビアンカに掛けてやる。


 ハルが見下ろすビアンカの寝顔は――、とても幸せそうなものだった。そのことに、ハルは微笑ましげに笑ってしまう。


(――ここは、居心地が良いけれど。いつまで、俺はここに居られるんだろうな……)


 雨風を(しの)げる家。食べることに不自由の無い生活。温かな“家族”という名前の集団。そうして――、この年端もいかない少女から与えられる温かな思い。それらは、ハルにとってこの地から離れがたいものとして、彼の心を占めるものになりつつあった。


 ――俺は……、一つ処に長く居ついて良い存在じゃないから……。


 寂しげな眼差しで心中で思いを吐露するハルの耳に、春告鳥の鳴き声が聞こえる。


(春告鳥――。後何回、その声を……。俺はここで聞くことを許される……?)


 その鳴き声を聞き、ハルは赤茶色の瞳に愁いを帯び、遠くの空を見つめていた。



 それは――、ハルがウェーバー邸に訪れ、初めての春を迎える日の出来事だった。


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