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呪いの烙印シリーズ・短編集  作者: 那周 ノン
【ハルとビアンカの物語・第一部】
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六花の舞う日に②

 ウェーバー邸の屋内から、雪が積もる中庭へと飛び出したハル――。


 その飛び出してきた早々のハルを目掛け、雪玉が投げつけられてきた。

 ボスッ――と、厚手の外套(がいとう)の生地越しに、ハルの腹部に今度こそ雪玉が命中した。砕けた雪の塊がハラハラとハルの足元に落ち、雪の一部がハルの外套(がいとう)に纏わりついて残る。


「――不意打ち、成功っ!!」


 そんな様子を見て、雪玉を投げつけた犯人――ビアンカは、したり顔で嬉々とした声を上げる。

 雪玉を投げつけられたハルはと言うと――、その場で立ち止まり黙したまま、足元に落ちていった雪の塊へ視線を落としていた。


 視線を足元に落としているため、(こうべ)を垂れているハルの表情は、ビアンカには窺い知れなかった。ただ――、場の空気的にハルが怒っているのではないかと、ビアンカは瞬時に推察する。


「え……。あ、ハル……?」


 怒らせちゃったか――、と。ビアンカは内心で思い、恐る恐るハルに声を掛ける。だが、ハルは変わらずに黙したまま、何も言葉を発しない。


「あ、あの……、ごめんね……?」


 雪を踏みしめる足音を立てて、ビアンカは恐々(こわごわ)とした様態を見せ、ハルの元に歩んでいく。

 そうしてビアンカがハルの目の前まで歩んできた瞬間――。


「この悪戯娘は――っ!!」


 ハルは、自身の顔色を伺うために覗き込んできたビアンカの頬を、革の手袋を嵌めた両の手で摘まんでいた。


「いひゃっ!! いひゃいよーっ!!」


 唐突に両頬を引っ張られ、ビアンカは間の抜けた声で痛みを訴える。しかし、ハルは悪戯げな面持ちを見せ、なおもビアンカの頬を引っ張った。

 子供の柔らかい肌なため、ビアンカの頬は良く伸び――、寒さで赤くなった鼻の頭と相まって何とも言えないほど間抜けで。だが子供らしい可愛さを帯びた様相にハルは苦笑する。


「――もう一度、『ごめんなさい』は……?」


 頬を引くハルの両腕に手を当て、何とかそれを引き剥がそうともがくビアンカに、ハルは言う。それは――、ハルとビアンカが出会ったばかりの日。ハルが悪戯ばかりを繰り返していたビアンカを諭すため、彼女へ助言として口にした“魔法の言葉”だった。

 ビアンカもそれを思い出したのだろう。眉をハの字に下げ、頬を引かれたままコクコクと頷く。


「ごめんにゃはい、()()()……」


「ん。良く言えました」


 ビアンカが謝罪の言葉を口にすると、ハルは満足げにビアンカの頬から両手を離す。

 ハルの手から両頬を解放されたビアンカは涙目になりながら、手袋をはめた自身の両掌(りょうてのひら)でじんわりとした痛みを訴える頬を覆う。


「あのな、ビアンカ。一緒に遊びたいなら、素直に『一緒に遊ぼう』って言おうぜ」


 ハルはビアンカの目線の高さまで腰を落とし、頬を覆うビアンカの両掌(りょうてのひら)に自身の両掌(りょうてのひら)を重ね、諭しの言葉を口にする。


「――口でちゃんと伝えてくれないと、相手に上手く伝わらないで喧嘩になることだってあるんだからな」


 そのハルの声音は優しく――、まるで父親が娘を(いさ)めるような雰囲気を宿す。

 ハルは――、ビアンカの不器用な遊びの誘いに聡く気付いていた。だが、その誘い方があまりにも不器用すぎて、敢えて怒ったような素振りを見せ、ビアンカ自身に相手を怒らせる行為だったと勘付かせるように仕向けたのだった。


 優しいハルの言い聞かせに、ビアンカは素直に頷き返事をする。

 頷いたビアンカの眼差しは、ハルの言葉の意味を良く理解した様子を見せており、それを目にしたハルも頷き、ビアンカの頭を撫でていた。


「ごめんね、ハル……」


 ビアンカはしょぼくれた顔付きで再度謝罪を口にすると、ハルの外套(がいとう)に纏わりついていた雪を手で払う。


「別に怒ってないから良いって。それより――、寒いんじゃないのか? 鼻の頭まで真っ赤だぞ、お前……」


 ハルは少年らしく悪戯そうに笑うと、ビアンカの鼻先に手を伸ばす。触れたビアンカの鼻先は――、革の手袋越しでも分かるほど冷え切っていた。

 これで風邪でも引かせてしまってはビアンカの父親――、ミハイルに申し訳が立たないとハルは思う。


 だがしかし、ビアンカはハルの言葉に首を左右に振るった。


「大丈夫。動いていたら(あった)かいし。雪が降るなんて滅多に無いから、楽しいしね」


「……ほんと元気だな、お前は」


 ビアンカの返答を聞き、ハルは白い息と共に溜息を吐く。


「ハルは、雪は嫌い?」


「いや。雪が嫌いっていうより、寒いのが苦手だな……」


 ハルに問い掛けたビアンカは、ハルの答弁に「ふーん……?」――と、小首を傾げ小さく声を零す。

 ビアンカの零した声の意味を量れず、ハルは不思議そうな表情を微かに見せる。


 不思議に思いつつ、ハルは屋敷の玄関先――、(ひさし)が大きく張り出しているために雪の積もっていない、三和土(たたき)の階段状になっている部分に腰掛けた。ビアンカが未だに外で遊ぶ気満々の情態を見せていたため、自分は座ってそれを見守っていようという考えであったのだが――。

 腰を下ろし動く気が無さげなハルを察したのだろう。ビアンカは、腰掛けたハルの脚の間に割り込むように、背を向けて座り込んできたのだった。


「おいおいっ! 何やってんだよ、ビアンカッ!?」


 思いも掛けていなかったビアンカの行動に、ハルは驚き戸惑う。そのハルの慌てを含んだ声に、ビアンカはハルの方へ首を傾げ振り向き、ヘラッと笑った。


「ハルが寒いの苦手って言うから、くっついたら(あった)かいかなって思って」


 言いながらビアンカは前に向き直り、ワザとハルに体重を掛けるように寄り掛かった。そんなビアンカの体重を支えるように、ハルも上体に力を入れる。

 厚手の服を通して伝わるビアンカの体温は――、確かに温かいとハルは感じた。


(――うーん。確かにお子様体温は温かいけど……。これ、マリアージュさんに見られたら凄い怒られそうな事案だな……)


 ビアンカの乳母である女性――マリアージュは、ビアンカが異性に接することに対し、至極厳しい様を見せることがある。今、この現場を当のマリアージュに見つかれば、間違いなくハルとビアンカは厳たる説教を受けることだろう。

 そんなことを考えながらも――、ハルはビアンカが身体を冷やさないよう、彼女に覆い被さるように腕を回す。ハルの腕を回してきた行為に、ビアンカは(くすぐ)ったそうに、くすくす笑っていた。


(あった)かいねえ……」


 ハルと体温を分け合う形となったビアンカは、満更でも無さそうに呟く。ビアンカの言葉に同意するように、ハルも「そうだな……」と、小さく呟きを漏らす。


「ねえねえ、ハル」


「うん? 何だ?」


 再びハルの方に首を傾げて振り向いたビアンカ。その声掛けにハルは返事の声を上げる。


「ハルは、色々なところを旅していたんでしょ? 雪の多い場所とかにも行ったことあるの?」


 ハルは、ウェーバー邸にミハイルに連れて来られるまで、旅から旅へ。いわば渡り鳥のような生活をしてきていた。そのことをビアンカも(りょう)していたため、好奇心からハルに問いを投げ掛ける。


「――ああ、中央大陸の北の方とかは雪が多かったな。話、聞きたいか……?」


 ハルがビアンカの質問に問い掛けという形で返事をすると、ビアンカの表情が嬉しそうに綻んだ。


「うん、聞かせてっ!」


 翡翠色の瞳を輝かせるビアンカに、ハルは微笑む。


 そうしてハルは、自身の旅路の話をビアンカに語る。

 二人が語らい気が付くと、リベリア公国の空には、また六花(りっか)――雪の花が静かに舞っていた。


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