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呪いの烙印シリーズ・短編集  作者: 那周 ノン
【ある軍主の千重波言】
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兄騎士と妹姫⑦

 夜も更けた時刻だが焚き火と月明りが辺りを照らしているため、視界はそれほど悪くない。

 自分たちを取り囲む男たちへ視線を左右に流す。山賊と思しき男は五人――、人数的には大したことは無い。大方、焚き火の(あか)りに釣られてやって来たのだろう。


 ヒロは冷静に現状の把握をしつつ、警戒を醸し出している以外は顔色一つ変えていない。

 そうしたヒロの静観を無抵抗と取ったのだろう。男たちは下卑た笑みを貼り付けたまま、徐々にヒロたちに近づいてきた。


「へへ。()()()()は大人しく金目の物と、その娘っこを置いてとっとと消えな。俺たちも鬼じゃ無いんで、命までは取らねえぞ」


 如何(いか)にも溢れ者らしい台詞(せりふ)を投げ掛けられ、ヒロは今度こそ表情を変えた。それは――、呆れの表情そのもの。無意識に口端から大げさともいえる嘆声(たんせい)を漏らさせ、黒髪に手を添えて無造作に搔き乱す。


「……あのねえ。せめて兄妹って言ってくれないかな? 僕さあ、こんなに大きな子供のお父さんに見えるほど、老けてないでしょう?」


 本来であれば、山賊が口舌した受け入れがたい提案内容に対して反論を言い述べるものだろう。だが、ヒロの反応した点は別だった。


 戯言なのか本気なのか。自身と姫の関係を父娘(おやこ)と決め込んだ言に、ヒロは呆れ果てていた。先にも行商人の青年に戯れで口にされたものではあったが、内心で「どいつもこいつも」などと悪態をつく。


 そして、このまま「はい、そうですか」と、大人しく申し出を呑むわけにはいかない。

 例え山賊の言葉に従ったとしても、この手の(やから)が約束を守ることは無い。それは、火を見るよりも明らかだ。


 ましてや姫の身を引き渡すなど、ヒロにできる筈も無かった――。


 ヒロは膝に頭を乗せて眠る姫の身体を揺する。すると、姫は身動ぎをしたと思えば、短い声を発して伏していた瞳を僅かに開いた。


「姫、ごめんね。――ちょっと緊急事態だ」


「ふえ……?」


 寝ぼけ(まなこ)を擦りながら起き出した姫を見やり、ヒロは優しげに微笑む。

 ヒロの笑みは、山賊たちの囲繞(いにょう)という不測な事態に陥っているために姫を安心させようとするもの――、では無く。彼の余裕を言い表したものだった。


 姫が身体を起こしたことを確認すると、ヒロは手早く片隅に置かれていた自身と姫の鞄を肩に掛ける。そして、(はだ)けていたマントで姫の身を頭ごと覆い隠し、彼女の身体を左腕で軽々と抱き上げた。


「ひゃっ――?!」


 突然のヒロの行動に驚いた姫の口から小さな悲鳴が漏れ出すが、ヒロは気に留めること無く立ち上がると腰に携える剣の位置を正す。


 紺碧色の瞳で山賊たちの様子を窺い、次に姫を見やると翡翠色の瞳が何事かと物語っている様が映る。戸惑いを表情で大いに語る姫に、ヒロは笑い掛けていた。


「いい、姫。僕の首に両腕を回して、しっかりと捕まっていて。それで、肩に頭を押し付けて目を瞑っているんだ」


 諭すような優しい声音でヒロは言う。幼い子供に人を傷付けるのを見せたくない。そんなヒロの気配りからの言葉だった。

 姫は黙したままでヒロの笑顔を見つめ、内面にある真剣な色を察したのだろう。素直に(うべな)いに頷くと、大人しくヒロの首元に腕を回して肩に頭を押し付けた。


 姫の行動を見止めたヒロは満足げに姫の背をさする。浮かべる表情は慈しみを湛えたものだったが――。ついと山賊たちに目を向けた時には面差しを一変させており、今まで穏やかだった海に時化(しけ)が訪れたかのような荒々しさで紺碧色の瞳を揺らがせた。


 一連のヒロの行動に荷物も子供も渡す気は無いと悟ったのか、山賊たちはヒロのことを口汚く嘲り合い、小馬鹿にした笑声が低く漏らされる。

 しかし、ヒロは山賊たちから向けられた嘲りの目を気に掛けず、左腰に携える鞘からカトラスを抜き出した。


 ヒロが剣を抜いたことで、一瞬にして場の空気が変わった。山賊たちも剣を持つ手に力を籠めたことが伝わり、ヒロの()()を尚も(はや)し立てる下品な笑いが夜闇に響く。


「どうやら親父さんは早死にしたいらしいな? 騎士様気取りか?」


 男の嘲笑いを耳に入れ、ヒロは口角を吊り上げて笑う。


「そうだよ。僕はこのお姫様の騎士さ……っ!」


 ヒロの口から戯れの返弁がついた。それと併せて紺碧色の瞳が鋭さを増した矢先――、ヒロの脚が火のくべられる薪束を蹴り上げた。


「うお……っ?!」


 不意打ちのめくらましに男たちが怯むと、ヒロは踏み込みと共にカトラスを薙ぎ払う。やにわな一撃は男の剣を握った腕に一線を引き、腱を容易く斬り裂いた。


 立ちどころに辺りに響き渡る叫声。倒懸(とうけん)にのた打ち回る仲間を目にして、どよめく男たちの声が混じる。


「……僕とお前たちじゃあ、実力差がありすぎると思うんだ」


 地を這うような低い声音で綴られる恫喝の言葉。冷徹さを帯びて山賊を見やる紺碧色は、手加減をする気が一切無いことを物語った。

 瞬きの合間に繰り出された剣(さば)きに山賊たちはたじろぐも、すぐに鼻上に皺を寄せて忌々しげにヒロを睨みつけたが、ヒロは男たちの反応を一笑に付す。


「小さい子供にヒトを殺めるところは見せたくない。このまま見逃してくれるならば、僕も酷いことをするつもりは無いんだけどね」


 戦わずに済むならば、それでいい。脅しの意味合いで不意を突いた初手に怯んで撤退するなら、夜襲を仕掛けてきたことを不問にしようという思いがあった。


 だがしかし――。


「ぬかせっ! ガキを抱えて今以上の何ができるって言うんだっ!!」

「纏めて掛かれっ! ()っちまえっ!」


 無法者然とした息巻きの声が上がると、山賊たちは斬り掛かってきた。そうした品行に、ヒロは嘆息(たんそく)してしまう。


「まったく。せっかく忠告をしてやったっていうのに」


 ヒロは呆れを混合させた呟きを漏らすと、姫が縋りつく左側を庇うように身を捩ってカトラスを構える。


 山賊の払う剣をカトラスで打ち払い、男の腹部――、鳩尾(みぞおち)に蹴りの一撃を見舞わせる。肺腑から絞り出される、息とも声ともつかない音と膝を付いて地に伏す音。

 その一部始終を見届ける前に眼界へ別の男を映すと、ヒロはカトラスの先端を間髪入れずに差し向ける。袈裟切りに剣を振るった男の攻撃は僅かに身を反らしたヒロに(かわ)され、反目に鋭い刺突の返り討ちを肩に受けていた。


「これで三人目。――まだやるか? 売られた喧嘩は買う(たち)なんで、諦めないなら相手をしてやるぞ?」


 猶々(なおなお)とヒロは凄み、脅嚇(きょうかく)を吐き出す。


 即死させてしまう急所は狙っていない。故意である行為を一撃で敵を仕留められない拙劣(せつれつ)な攻撃と見るか、戦慣れした手練れの攻撃と見るか。紺碧色の瞳で残り二人の男たちを睨みつけ、動向を窺う。

 山賊二人はヒロを忌々しげに見やり、武器を構える姿勢を崩さない。そればかりか、徐々にヒロとの距離を詰め、攻撃範囲に収めようとしてくる。


「お前たち、本当に頭が悪いな……」


 戦闘も弱い上に頭も弱い。男たちの思考は前者に行き着いたようで、ヒロを戦い方が下手な虚勢張りと見たらしい。彼らの救いようの無い賢愚さに、ヒロは思わず舌打ちをついた。


 海賊たちであれば、聡明さも見られて狡猾だ。敵わないと分かれば素直に退く姿勢を見せ、敵対するならば仲間意識の高い海の男たちは連携して斬り掛かって来る。

 だがしかし――、本島(おか)で言うところの山賊とやらは連帯感が無く、尚()つ相和するのが苦手なようだと推察していく。


 個人が好き勝手に動いていては、実入りも少ないだろうに。

 傷付いた仲間の介抱をしてやろうという気は、こいつらに起きないのだろうか。


 かつて海賊集団を率いていた観点から、ヒロはお節介ともつかない思いを抱いてしまう。


 これが自らの下で動く海賊の舎弟たちならば、殴って更生させているところだが――。

 見ず知らずな素行の悪い山賊たちに、そこまで時間を割いてやる必要も感じない。


「――仕方がない」


 攻撃範囲に入り込んできた山賊を見止め、低い声が漏れ出す。


 カトラスを軽く握り直し、地を蹴った。一気に駆けることで山賊との距離を詰めると、威圧を受けた短い声が男たちから上がった。


 怯みながらも男が自らの剣身をカトラスの一線に合わせるが、防御の挙動を意に介さずにヒロはカトラスを薙ぐ。剣戟の激しい音が響いたと思うと、男の手にしていた剣が宙を舞った。

 得物を失って丸腰になった相手に向かい、脚を振り上げる。加減の無い強烈な回し蹴りが男の胴に直撃し、いとも簡単に地を這わせて昏倒させてしまう。


「くっそ。なんだ、こいつ……っ!」


「だから言っただろう? 僕とお前たちじゃあ、話にならないんだよっ!!」


 最後の一人がヒロの勢いに尻込みを見せた。それを見逃すはずも無く、ヒロは男が拙く振るう剣を左側に薙いだカトラスで弾いて軌道を反らし、手首を返すと柄頭でこめかみを殴りつけた。


「あ、が……っ」


 短い呻きを上げ、頭部を叩かれた最後の男が俯せに倒れ込む。それを見届けたヒロは、ふと鼻を鳴らす。


「悪いねっ! 殺さなかっただけ有難く思ってくれっ!」


 叫ぶように言うや否や、ヒロは(きびす)を返す。カトラスを鞘に納めて(つば)(こじり)が打ち合う音色を響かせ――、唐突に背を向けて駆け出した。


 山賊たちに致命傷を負わせる気は微塵も無かった。そもそも、姫に人を殺める様を見せたくない。その想いがヒロにこれ以上、傷付けるために剣を振るうのを躊躇(ためら)わせた。


 ちらりと背後を一瞥すれば、気絶させなかった男たちが唖然とした面持ちでヒロを見送っている。

 もしも追いかけてくるようならば、隠し持っている飛苦無(くない)でも投げつけてやろうかと思ったが。それも杞憂だったようだ。


 そんなことを考え、走る足を止めることなく動かしつつ。首元に回される姫の手に力が籠ったことを感じ、ヒロは怖がらせてしまったかと憂虞の思いに捉われていた。

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