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呪いの烙印シリーズ・短編集  作者: 那周 ノン
【ある軍主の千重波言】
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兄騎士と妹姫⑤

 行商馬車を道端に停めてもらい、姫に休憩を取らせる。時刻は既に昼食の時間を過ぎ、日足が伸びた季節だといっても然程(さほど)時間を置かずに夕暮れ時になる。朝から馬車の荷に紛れて隠れ、飲まず食わずだったであろう姫を心配しての配慮だった。


 ヒロの胡坐(あぐら)をかいた膝の上に、どういうわけか姫は腰掛けてパンを頬張っている。水も飲むように促すと、姫は口元をもぐもぐと動かしながらヒロを見上げて笑顔で頷く。姫の愛らしい笑みに、ヒロの頬も釣られるように緩んでしまう。

 何故(なにゆえ)にこのような状態になっているのだろうか、と。ヒロは頭の片隅で考えるが、つい世話を焼いてしまうのは『お節介』と揶揄(やゆ)される性分か。頭を抱えたい事態に陥っているのだが、懐いている姫が可愛くて仕方がなく、(ほだ)されているのも事実だ。


 さような仲睦まじいヒロと姫を目にして、行商人の青年は「ふむ」と喉の奥を鳴らして何かを悟ったと言いたげにして、悪戯そうに唇を歪ませた。


「……兄ちゃん。実は余所の国に置いてきた娘を迎えに来た、ってワケか」


「ちょっ! そんなワケ無いでしょっ?! 僕、こんなに大きな子供がいる歳に見えないでしょうよっ!!」


 行商人の青年が笑いながら口にした戯れに、ヒロが狼狽(ろうばい)に声を荒げる。そんな返しに、青年は愉快そうにカラカラと笑う。


「ははは、冗談だって。兄ちゃんが(えら)く世話を焼いている上に、やたら仲が良いんでな。そうしていると、兄妹みたいだ」


 青年のからかいの言葉を聞き、ヒロははたとした様子を見せた。次には面持ちに腑に落ちたものを帯び、幾度か頷く仕草を取る。


「そっか。妹がいたら、こんな感じなのかな。この子のこと、何だかんだで世話を焼いて面倒見なくちゃって思うし。可愛くて仕方ないんだよね」


 それを父性と言うのではないか、と。青年は思うものの、口に出さない代わりに一笑を漏らす。


 しかしながら、目の前にいる黒髪の青年――、ヒロは十代後半ほどの年齢。その膝の上に座る姫と呼ばれる少女は(よわい)一桁。父と娘というには歳が近すぎる。かと言って、兄と妹に例えるにはヒロの世話の焼き方が過保護すぎる。

 勿論、世の中には妹のことが好きすぎる兄なども存在するだろうが。それにしても、なんとも不思議な関係だと思慮してしまう。


「俺は下に妹がいるけれど、可愛いとは思わないぞ。商売が休みで家に居る時なんか、『ゴロゴロしていたら邪魔』って邪険にされてさ。可愛げが無いったらありゃしない」


「あはは。それはそれで気を許し合っている感じがしてさ。ある意味で仲が良いと思うんだけどなあ」


 行商人の青年の話にヒロは笑う。そして、瞬刻だけ一考の様を窺わせたかと思えば、紺碧色の瞳を細めた優しげな眼差しで自らの膝に座る姫へと視線を落とす。


「僕はね。小さい頃から、妹が欲しかったんだ」


「ははあ、なるほどね。兄ちゃんは上に兄姉(きょうだい)とかはいなかったのか?」


「うん、一人っ子。だけど、お兄ちゃんやお姉ちゃん、弟よりもさ。『妹がいる』っていうのに憧れたんだよねえ」


 幼少の頃から抱いていた、妹という存在への羨望。それは未だ、ヒロの中で強い想いとして残っている。


 兄弟といわれれば実の両親を亡くした後、海賊の頭目に拾われて育てられたことで、その下で動く者――、僚属(りょうぞく)と見ることのできない気安い家族同然の海賊たちが多くいた。兄のように慕った存在もいたし、弟のように可愛がった存在もいた。

 だがしかし、そこは海の男の世界――。唯一、海賊船団にいた女性は気風(きっぷ)の良い姉御的な母親的な、(いささ)(とう)が立った妙齢な人物だった。

 それ故に、妹として見るような者とヒロは、縁が遠かった。


 “群島諸国大戦”の最中で、ヒロより歳が下の少女たちも同盟軍に身を寄せてはいたものの――。どちらかといえば同じ(こころざし)を抱いた心強い仲間たちという思いの方が強く、ヒロの持つ妹像とは違ったのである。


「――ご馳走様でした」


 思考の波に身を(やつ)していたヒロの耳に、姫が食事を終えたことを告げる声が聞こえた。それに反応を示して姫に視線を向ければ、翡翠色の瞳を上げた姫が花の咲いたような笑顔を見せる。


「えへ。やっぱ、可愛いなあ……」


 表情を緩ませてへらへらと笑うヒロを見やり、青年が呆れ混じりの溜息を漏らす。


「んで、兄ちゃん。楽しんでいるところに水を差すようで悪いが、この子をどうするんだ?」


 呆然と口に出された青年の言葉に、今まで姫と笑いあっていたヒロの眉間に皺が寄った。困窮を彩った眼差しを青年に投げ掛け、眉をハの字に落とすと口を開く。


「えっと。町に、戻るわけには……。いかないよね……?」


 返弁の内容を察していると思われるヒロの問い。それに青年は首を縦に振った。


「悪いけれど、俺も商売道具の納期があってな。町に戻っていたら間に合わねえんだわ」


「だよねー……」


 ヒロは案の定と言いたげに嘆声(たんせい)して肩を落とす。そこで、物案じの様を窺わせながら首を傾け、喉を鳴らして唸る。ついと捻っていた首を戻し、申し訳無さそうな表情を帯びた。


「そうしたら、ここで降ろしてもらって良いかな。町に戻ってこの子を家に帰してくるよ」


「……そりゃ、構わねえけど。もうだいぶ町から離れちまったし、子供を連れて歩くとなりゃ牛の歩みだろうよ。町に着く前に日が暮れちまうし、大丈夫なのか?」


「まあ、仕方ないよね。このままリベリア公国に連れてっちゃうワケにもいかないしさ」


「下手したら誘拐犯だもんなあ」


「は、はは……。シャレになんないからさ、本当に……」


 このまま姫をリベリア公国まで連れて行ってしまうわけにもいかない。きっと今頃、先の町では姫がいなくなったことで大騒ぎになっているだろうことも、容易に想像が付く。

 下手をすれば姫が行方不明になったことに対して、彼女の故郷であるリベリア公国に早馬で知らせが出される可能性だってある。そうなってしまえば――、今度こそヒロは正真正銘の誘拐犯扱いを受けてしまうだろう。


 町で姫の乳母役を務めているという女性に(かどわか)しかと、詰問された際の恐怖が蘇り、ヒロは喉仏を上下させて苦笑いを浮かしてしまう。


 ヒロと行商人の青年が相談事をしている中、黙って話を聞いていた姫は微かに眉間に皺を寄せていた。その表情は彼らの取り交わしの内容を了知しており、自身の思惑通りにことが運ばなかった現実への不服さを雄弁に物語る。


「リベリア公国に行かないの?」


 ぽつりと姫が呟くと、ヒロは(しか)りに頷いた。


「行かないよ。君は元の町のお家に帰らないと」


「えー……」


「えー、じゃないでしょ。僕があれだけお家で大人しくしていなくちゃダメだって言ったのに、勝手について来ちゃって。今頃、みんな心配しているよ?」


 姫が不満から空気を含ませて膨らませた頬を、ヒロは人差し指で突く。すると、「ぷう」と音を立てて姫の口元から空気が漏れ出し、計らずもヒロは笑ってしまう。

 そうしたヒロと姫の取り交わしを微笑ましげに見つつ、青年は苦笑いを浮かす。


「ま、まあ、くれぐれも気を付けてくれよな。日が暮れると、この辺りも治安が良くない。兄ちゃんは腕が立つけども、子供連れじゃ自由も利かないだろうしな」


 港町から国境近くの町に向かう道中で、ヒロは行商馬車の護衛として何度か襲い掛かってきた魔物を去なしている。

 ヒロの剣の腕前は行商人の青年が了するものとなってはいるが、流石に姫のような小さな子供を連れているとなると勝手が違う。魔物が襲い掛かってきたとなれば、姫を守らなければならないだろう。


 更に移動の速度も落ちるため、町へ辿り着く前に日が落ちてしまう。そうなれば、強行は難しくなるのだが――、町から離れた場所は街道と(いえど)も治安が良くない。時折、山賊や追い剥ぎに襲われたという話も耳にすると、青年は憂虞を綴る。


 それを聞き、ヒロは杞憂だと言いたげに、へらりと人当たりよく笑った。


「うん、ありがとう。僕の方は何とかなると思うけれど――。寧ろ、護衛の約束をすっぽかす感じになっちゃって申し訳ない」


 ヒロの口端をついたのは、行商馬車の護衛をする約束をしたにも関わらず、それを履行できないことに対する謝罪の言葉だった。

 自らの心配をするよりも、会って日が浅い一介の行商人の心配をしだすヒロの人の良さに、青年は眉根を下げて笑った。


「そりゃ、いいってことよ。嬢ちゃんも兄ちゃんの言うことを聞いて、良い子にしているんだぞ?」


「……リベリア公国に帰りたかったのになあ」


 青年の諭しを受けて、姫が口にしたのはリベリア公国へ行けないことへの難色。その言葉を聞いた途端に、ヒロが眉間に皺を寄せて再び姫の頬を指先で突いていた。


「だから、良い子にしてお家で待っているの。君をこのままリベリア公国に連れて行ったんじゃ、ヒロお兄ちゃんが誘拐犯になっちゃうんだからね」


「むう……」


 事の重大さを理解しているのかいないのか――。

 ただ、自分のせいでヒロが犯罪者扱いをされてしまうという事柄は察したようで、姫は不承不承(ふしょうぶしょう)で頷くのだった。


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