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呪いの烙印シリーズ・短編集  作者: 那周 ノン
【ある軍主の千重波言】
36/43

兄騎士と妹姫③

「ええっ?! じゃあ、姫は庭にある木に登って、あそこの塀に飛び乗ったっていうのっ?!」


 桜の木陰でヒロは姫と座り込み、出くわすに至った経緯(いきさつ)を聞いていた。そうした中で姫の語った内容の突飛さに、ヒロは吃驚の声を上げた。


「そうよ。お家の人たちってば、私が外に出ないようにって言ってね。門を閉めて、鍵を隠しちゃうんだもん」


 姫は頬を膨らませ、不満を大いに含んだ口振りで言う。


 家の者たちの所業も、姫のじゃじゃ馬ぶり――、(もとい)、活発さを思えば仕方がないとヒロは思ってしまう。


 ヒロと姫が突然の邂逅を果たした屋敷は、彼女の父親が知人であるリベリア公国の要人から借り受けているものだという。

 そこで、さり気なく姫の口から自身の父親が国で重要な役割を担う立場にある者だと窺わせる話が出たのだが――。ヒロは敢えて聞いていないフリをしていた。


(騎士の家系――。しかも、将軍の役職に就けるような家柄出身とか。そういう家のお嬢様って、将来的に国に嫁いだりするから凄くお淑やかに育つイメージだったんだけどなあ)


 内心で自身の持つお嬢様のイメージと、姫のお転婆ぶりが合わなすぎるなどと吐露する。

 しかしながら、貴族の令嬢と一言でいっても、同盟軍時代を思えば個性派のお嬢様たちも一員にいた。女の子が強い今の時代なら、国守の一手を担うような令嬢がいても不思議では無いとも考える。


「外に出ないように、ねえ。――んで、姫はどうして()()なんかしようと思ったのさ?」


 ヒロが姫の井出達や鞄の中身から観取したのは、彼女が家出を企てているというものだった。

 その推理は姫の話から正解であることが明らかになり、ヒロは詳しく話を聞いて家出を思い止まらせようと考慮していた。


「……お父様が約束を破ったから」


「え?」


「三か月経ったら迎えに来るって約束していたのに。昨日、お手紙が届いてね。お迎えに来るのは延期にすることにしたって」


 僅かに項垂れて姫は綴る。寂しげな声音で口述されるそれに、ヒロは微かに眉間を寄せた。


 親に約束を破られての憤りというものは、ヒロにも経験がある。その落胆と裏切られたという感情の力は、ある意味で計り知れない。


 だが、大人になって改めて考えると、親にも親なりの事情があったのだと。そう思うことができた。

 しかしながら――、姫は(よわい)一桁の子供だ。それを理解することは難しいだろうとも思いやる。


「お父さんに約束を破られちゃったのか。三か月っていう期間は、何か理由があったの?」


 子供の話を聞く時には、子供の話した内容を反復しながら。それを了しているヒロが姫の話を復唱しつつ質疑していくと、更に項垂れていく姫が傍目(はため)に映った。


「私のお母様、病気なの。ずーっと咳が続いていて、苦しそうにしていて――」


 姫が煢然(けいぜん)な様子で口弁していくのは、自らの母親が長患いをしていること。そして、母親を静かに療養させるため、この町で過ごすように父親に言い含められたというものだった。

 その時に、姫は父親から『三か月後に迎えに来る』と言われ、勝手も知らない町の知らない屋敷に連れて来られたという。


 そうした話を聞き、ヒロの眉が曇った。


(姫のお母さんの具合は、あまり良くないんだろうな。だから、お父さんの方が迎えに来られなくなったんだ)


 恐らく、姫の母親の病状は芳しくない。長い期間、咳が止まらないという病状に、ヒロは心当たりがあった。


(きっと父さんと母さんがかかった流行り病と同じものだ。あの病気は長い時間をかけて肺を悪くしていって、咳が止まらなくなる。良くなってきたと思ったら、また悪化を繰り返して。いずれは――)


 ヒロの出身である地は保養地として機能している港町だったため、姫の母親と同じ症状を患っている者が療養に訪れたことで瞬く間に病が町中に広まった経緯がある。

 加えてヒロの両親も彼が幼少の頃に、その病にかかったことで他界していた。


 それは肺を悪くする病気で、初めは倦怠感や微熱が続く。疾患が進行していくと咳嗽(がいそう)の症状が出始めて、喀血をしだすようになる。寛解かんかいしたかと思えば再発を繰り返し、最終的には死に至るものだった。不治の病と言われ、百年単位の月日が流れたにも関わらず、未だに特効薬も開発されていない。

 そうして、それは他者にもうつる特徴を有している。両親が患った時、ヒロは運良く罹患することが無かったものの、後に感染性の病だったことを知り驚愕したほどである。


 父親が迎えを延期したというのも、母親の病状の再発に伴うものだろう。

 娘に病気がうつらないようにという父親の気遣いなのだろうが――。親の心子知らずとは、よく言ったものだ。


 姫のことは可哀そうだとも思う。下手をすれば、彼女は母親の死に目に会えない可能性がある。


 姫自身は大人の事情に振り回されて心淋しい思いをしている。だが、姫の両親も申し訳ない気持ちを味わっているだろう。

 ヒロにはどちらの想いも分かる。しかしながら、どうにもしようがないと思慮し、微かな溜息をついた。


「――とりあえずさ、姫。今は大人しくお家で待っていなよ」


「……なんで?」


「姫が家出して居なくなったなんて知ったら、お父さんもお母さんも心配するでしょ?」


 ヒロが口切り始めた言葉を聞き、姫の表情が不服を彩り始める。だが、ヒロは意に返さずに諭しの言を続けていった。


「姫の怒りたい気持ちも判るよ。僕も父さんが約束を守ってくれなかったら、怒っちゃうし」


「ヒロお兄ちゃんも怒るでしょ。やっと約束していた日が来ると思っていたのに、来られなくなったなんて酷いと思うの!」


 同調を示したヒロの言葉を聞き、姫はヒロに向かって身を乗り出す。その勢いは自身の抱いている気持ちが正しいと示唆させ、そんな姫の態度にヒロは賛同から幾度か頷いた。

 紺碧色の瞳に真摯さを宿し、翡翠色の瞳に視線を合わせる。姫の目を見据えて「でもね」――、と前置いてからヒロは啓していく。


「僕さ、姫のお父さんの気持ちも判るんだ。せっかく約束をしたのに、守ってあげられなくてごめんねってさ。――お父さんからの手紙に『すまない』とか、書いてあったんじゃない?」


「ん。書いてあった……」


「でしょう? お父さんはお父さんなりにワケがあって、迎えに来るのを先延ばしにするようだったんだ。姫が楽しみにしていたのを分かっていたから、申し訳ないなって思っているんだよ?」


 優しい声音での言い聞かせに、姫はヒロから視線を外すように落とした。未だ納得しきった様子では無いものの、説諭を咀嚼して理解はしているとヒロは見做していた。


 明白まではいかないが、本来の姫は聡い素直な良い子だろう。そうでなければ、出会ったばかりの人物から言い放たれる、このような説教じみたものに大人しく耳を傾けることなどしない。


「お迎えは少し先になっちゃったけれど、お父さんはちゃんと迎えに来てくれるよ。だから、信じて待っていてあげて?」


 聞き分けの良さを推察させる姫に自身ができることは、家出することを思い止まらせ、父親が迎えに来るまで過ごすように諭すことだと心慮する。


 猶々(なおなお)と続けられるヒロの言葉に、姫は(いささ)かの詮方なさを混じえて頷き、(うべな)いを表す。


 反論を口にすることなく聞き入れた姫の頭をヒロが穏和に撫でると、翡翠色の瞳が驚きに丸くなる。そんな姫を目にして、ヒロは優しく微笑んだ。


「ヒロお兄ちゃんは旅をしているの? この町に来たのって初めて?」


 不意に物言い出された姫の話題に、ヒロの首が傾ぐ。

 今までの話の内容から、随分と切り替えをされたと感じる。だが、主題が変わり、姫の気が逸れるのであれば良いと思案して首肯(しゅこう)する。


「うん、そうだよ。今日、この町に着いたばっかりなんだ。ここに来るのは初めてだよ」


「どうやってここに来て、どうやって他のところに行くの?」


「えっと。来る時には行商人の馬車に乗せてもらったんだけど。その人がこの町で荷物の積み替えを終わらせたら、また馬車に乗せてもらう約束をしているんだよね」


「へえ。いつ頃ここを出るの?」


「五日後かな。その時には荷積みも終わっているはずって言っていたし」


「そっか」


「……なんで、そんなことを聞くの?」


 立て続けに投げ掛けられた姫の問い。それにヒロの眉間に怪訝げな皺が寄る。

 思い至った事柄にまさかと考えるが――、姫は犯意の欠片も無くニコリと笑う。


「それじゃあ、五日間。ヒロお兄ちゃんと一緒に遊べるのね」


 毒気を抜かれるような可愛らしい笑顔を向けられ、ヒロは頬を朱に染めて言葉を詰まらせた。


(ま、まあ。そんなことは流石にしないよね。五つか六つの子が、そこまで頭が回るとは思えないし)


 出立方法と日取りを聞き、ついてくる気なのでは――。


 しかし、幼い少女がさような(したた)かな考えに及ぶことは無いだろう。

 勘ぐるような先見をしてしまい、申し訳なさが沸き立ってヒロは苦笑いを浮かしてしまう。


「どうしたの?」


「え? あ、ううん。姫が遊びながら町の案内をしてくれるのかなーって思っていたんだけれど。お願いできる?」


 咄嗟の誤魔化しがヒロの口をついた。すると、姫は大きく頷く。


「うん、勿論! 任せて!!」


 満面の笑みと共に、姫は元気な声音で返してくる。かような姫に愛らしさを感じ、ヒロはへらりと破顔していた。


 この五日の後。ヒロは悪巧みに長じた幼い少女の、頭の回転の早さを思い知らされることになるのだった。


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