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呪いの烙印シリーズ・短編集  作者: 那周 ノン
【ある軍主の千重波言】
35/43

兄騎士と妹姫②

「人の下で寝転がっているなんて。凄く怪しい人ね」


 ヒロの胸の上に座り込んだ少女は大きな翡翠色の瞳を吊り上げ、切諌(せっかん)込めてヒロに発する。そうした弁を聞き、ヒロの口から焦りを内包した声にならない音が漏れ出した。


「ま、ままっ、待ってよっ! 君の方から僕の上に落ちてきたんでしょっ?!」


 ヒロは慌てて弁解を述べる。しかし、自身を見据える少女の眼差しは警戒心を窺わせたまま。人の上から未だに退かずして、なんて理不尽な物言いだとヒロは思う。


 少女を退かすために手を持ち上げたものの、剣呑さを見せる少女に触ることで騒がれでもしたらあらぬ誤解を受けそうだと頭を過り、ヒロの両手は所在無さげに中空を彷徨(さまよ)う。

 地面に寝転がって幼い少女を胸の上に乗せている時点で、ある意味で立派な事案だとも(おも)うが、どうしようも無いことにヒロの気が急く。


「あ、あのさ、君。そろそろ、退いてもらって良いかな?」


 尻込みしつつヒロが言うと、少女は冷ややかさを瞳に宿しつつも素直に従って立ち上がる。ヒロが安堵で強張りを緩めると――。


「地面に寝転がったりしちゃって、変なお兄ちゃんね。潰れた蛙みたい」


 捨て台詞のように吐き出された少女の誣言(ふげん)を耳に入れ、起き上がろうとしたヒロは固まった。

 唖然と紺碧色の瞳を向ければ、少女は既に(きびす)を返し場を後にしている。揺れる亜麻色の髪を見送り、ヒロは頬を引き攣らせていた。


「な、なんだったのかなあ、本当に。凄い警戒心が強いというか、言っていることが滅茶苦茶だよ」


 危うく犯罪者にされる勢いだったと嘆息(たんそく)が口をつく。


 改めて地面から身を起こし、背面についた埃と土を払う。

 そこで地面に置き去りにされている小ぶりな鞄が目に付いた。


「あれ? これって、さっき落ちてきたやつだけど。きっと、あの子のだよね……?」


 誰に言うでも無く独り言ちると、ヒロは鞄を拾い上げていた。

 思いの外に重さのあった鞄を持ち上げると、被せ蓋が(しっか)と締まっていなかったのだろう。中に入っていた小物の類が零れ出てしまい、ヒロは慌てて再び地面にしゃがみ込む。


「わわ、やばやば。――って、随分と食べ物が入っているな。服まで入っているし」


 鞄の中に入っていたのは、幼い少女が遊びに行くには不必要であろう物ばかりだった。持ち運びのしやすい携帯食から始まり、衣服に櫛や手鏡の身形を整える物。手拭いといった布製品なども幾つか詰め込まれている。

 少女は白いワンピースを着ていたが、その下には乗馬用の下履きとブーツを身に着けていた。断じて下は見ようと思ったわけでは無く見えただけだが、などと自身の中で言い訳をしつつ。それらを思い返し、ヒロはあることを察した。


「あの子、もしかして……」


 少女の思惑を想起して眉間が寄る。零れ落ちた小物を鞄の中に丁寧に詰め直し肩に担いで、思案をしながら降ろしていた腰を上げた。


 少女の忘れていった鞄をそのまま放置しておくわけにもいかない。そして、観取した訳柄が少女の心情だとするならば、思い止まらせなければと考える。

 “群島諸国大戦”の折、同盟軍で軍主をしていた時に『お節介』だと散々揶揄(やゆ)された思慮の下、ヒロは先ほどの少女を探し出そうと立志するのだった。



   ◇◇◇



 町の住人に先ほどの少女の行方を尋ねてみると――。どうやらその少女は、身分の高い貴族の令嬢()()()ということが分かった。何故(なにゆえ)に『らしい』という曖昧な情報かというと、あくまでも住人たちの憶測から来る見解だったからだ。


 少女は、貴族の別荘が建ち並ぶ区画の屋敷に、“花祭り”が過ぎ去った頃から滞在している。その屋敷はリベリア公国という国の要人が所有しており、度々と迎賓客が使用するという話だった。

 それ故の推測から来る身分の露見であったが、貴族の令嬢と言われれば見目などを思い返し、ヒロは納得してしまう。


 そして、そうした話を聞いている中でヒロが苦笑いをしてしまったのが――、少女の悪戯癖の噂話だった。

 屋敷にいる使用人たちに悪さをしては騒ぎを起こし、時には屋敷を抜け出して困らせていると口々に語られる。『じゃじゃ馬娘』や『鉄砲玉娘』と揶揄(やゆ)される少女の(わる)てんごうの数々は、町の見物(みもの)の一つとなっているとのこと。


「なんでそんなことばっかりするのかなあ?」


 悪ふざけばかりしていたら、その内に嫌われてしまうだろうに。けれども、子供には子供なりの事情がある。悪さをするのはそれなりに理由があるのだろうとも思い寄る。だが、それが何故なのかまでは、流石にヒロも考えが及ばない。


 ヒロは思慮しながら、少女が独りで遊んでいることが多いと教えられた町端の広場へ足を運ぶ。


 目に見えてきた広場はやや小高い場所にあった。緩やかな坂を上り足を踏み入れると、紺碧色の瞳に映るのは開けた砂地。その一円を取り囲むように下草が生え、周りに数本の木が立っている。


「あれ? これって……、群島桜の木だよね……?」


 樹木の形状を見止めたヒロは、記憶するそれを目にして思わず声を漏らす。そのまま歩みを止めずに一本の木の下へ歩み寄り、見澄まして心得たように首を縦に幾度か動かした。


「春頃の“花祭り”って(こいつ)が咲いた時にやるのかな。群島でも“桜祭り”をやるくらいだもんなあ」


 オヴェリア群島連邦共和国に数多く存在する桜の木は、淡紅色の小ぶりな花が張り出した枝一面に咲き誇って絶景を擁する。春の訪れを告げる花でもあり、ヒロの故郷では春が来たことを祝う祭りの一環で“桜祭り”と呼称される祝い事が執り行われる。思うに、この町で催されるという“花祭り”も、同じようなものなのだろう。

 そして、この開けた場所は“花祭り”の際に祝宴が行われるのであろう。そうヒロは推し量った。


 思いも掛けずにオヴェリア群島連邦共和国に関わるものを発見し、郷愁の念が胸に湧き上がる。内心で「海が恋しいなあ」などと思い馳せ、はたと我に返って(こうべ)を振るった。


「いや。群島(いえ)に帰りたがるには未だ早いよな。――さっきの子を探さないと」


 ヒロは気を改め、広場を見渡す。草の類が生えないように処理をされているらしい原頭に、先ほどの少女の姿は無かった。木の陰にでもいるのだろうかと思い、紺碧色の瞳を彼方此方(あちこち)に向けるが、やはり姿は見えない。


 町の住人たちは少女を良くここで見掛けると言っていただけで、いると断言したわけでは無かった。今日はもしかすると来なかったのかと、ヒロの脳裏を掠めて首を傾がせるが――。


「きゃっ!!」


 然程(さほど)離れていない場所から、不意に聞こえた小さな悲鳴。それに反応をしたヒロが足早に声のした箇所へ赴くと、あるのは桜の木。その頭上に視線を向ければ、木の上に見覚えのある亜麻色の髪をした少女がいた。


「あ、いたいた。なにやっているの?」


 ヒロに突然声を掛けられたことで少女は驚いた面持ちを一瞬浮かべるも、すぐに困窮を翡翠色の瞳に彩って枝葉に向けた。


「け、毛虫が……」


「あーっ! 桜の木についている毛虫に触っちゃダメだよ。降りておいでっ!!」


 ヒロが注意と促しを発すると、少女は再びヒロを見やって頷いた。


 大人しく(うべな)いを示した少女の様子に、ヒロが安心したように吐息すると――。次に紺碧色の瞳が映したのは、見上げる高さの桜の枝から飛び降りる少女の姿。


「えええええっ?!」


 驚愕したヒロは咄嗟に腕を広げて伸ばす。元よりヒロに受け止めてもらおうという魂胆だったらしい少女は構えることもせずに、ヒロに抱き止められて事なきを得ていた。


「君ってば、無茶苦茶するなあ。危ないでしょ」


「……だって、降りてこいって言ったじゃない」


 ヒロが窘めれば、少女は不服そうに頬を膨らませる。そうした少女の返弁に、ヒロは開いた口が塞がらなくなるような思いを抱く。


「ま、まあ、いいや。毛虫に刺されなかった? あれに触るとかぶれて、すっごく痒くなっちゃうから。大丈夫?」


 屈みこんで少女を降ろし、目線を合わせながら問い掛ける。すると、少女はヒロの顔を見つめ、不思議そうに小首を傾げた。


「お兄ちゃん。さっきの蛙のお兄ちゃんよね?」


「……あのねえ。僕は蛙じゃないし」


 心配をして声を掛けたにも関わらず、訳合の逸れた言葉を返されてヒロは肩を落とした。意図をせず、溜息まで漏れ出てしまう。


「僕の名前はヒロだよ。君は?」


 出くわした当初にあった少女の剥き出しな警戒心を思えば、普通に話をしてくれているだけマシなのかも知れない。

 しかしながら、いくら何でも『蛙のお兄ちゃん』ではあんまりだと思い、名乗ってから少女に名を問う。途端に少女の翡翠色の瞳が泳いだ。


「えっと……、あの……」


「ん? どうしたの?」


 ついと少女が落ち着かなさを見せたことに、ヒロは首を傾げた。そうすると、困り果てた様相を少女はかんばせに帯びる。


「あのね。私、ね。お父様から、知らない人に気安く名前を教えちゃ駄目だって、言われているの……」


「え?」


 拙い口振りでの返し。それを聞いたヒロは、少女が貴族の令嬢()()()と言われていたことを思い出した。


「……そっか。貴族のお嬢様なんだっけ」


「え、えと……、その……」


「あ、いいよ。言いにくいなら、名前は教えてくれなくても大丈夫」


 ヒロの口端をついた回顧した考えを耳にした少女は言い淀む。その態度に(しか)りを見出したヒロは片手を持ち上げ、少女の言葉を制した。


 町の住人たちが言っていた通り、少女が貴族の令嬢――。しかも、かなり身分の高い上流階級の出身であることをヒロは察した。

 恐らくは誘拐事などを(いまし)め、気安く名乗るなと言い含められているのだろうと推察する。


 だがしかし、『君』と呼び続けるのも親しみに欠ける。先ほど想起した少女の想いを咎めるならば、名を呼んで会話をするのが打ち解けるには必要不可欠である。

 ヒロは他者と馴染む方法を了知しているため、いかようにしようかと一考していく。


「うーん。そうしたら――、君のことは『姫』って呼ぼうかな」


 ヒロは言うとへらりと優しく笑う。さような申し出に、少女は翡翠色の瞳を瞬かせた。


「字の勉強で読んだ本の挿絵に描かれていたお姫様が、君みたいな髪色をしていたんだよね。だから呼び方は『姫』にしよう。君はお姫様みたいに可愛いし、ピッタリだ」


 ヒロが得意げにして、良い案だと言わんばかりに綴った言葉。それに少女――、姫はくすくすと笑い声を立て始める。


「お姫様みたいなんて言われたの、初めて。ありがとう、ヒロお兄ちゃん」


 花が咲いたような無邪気な笑顔を向けられ、ヒロはくすぐったさを感じて頬を朱に染める。そして、満足げにして屈託なく笑った。


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