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呪いの烙印シリーズ・短編集  作者: 那周 ノン
【ある軍主の千重波言】
30/43

軍主様の憂鬱③

「凄いね、ヒロたん。なんかお店がたっくさんあるのっ!!」


 カザハナ港に船を停泊させて埠頭に降り付いた早々、ヒロの右側で嬉々とした色を宿す驚嘆の声が上がった。


「あれは、鶏肉を中心にした串焼きのお店ですね。例のマグロの串焼きのお店はどこにあるんでしょうね?」


 左側では港に立ち並ぶ屋台を凝視し、目的の店がどこにあるのかを問う声が聞こえる。


 左右の腕がやたらと重い――、と。そうした声を耳に入れ、ヒロは考えてしまう。


 ヒロの両脇には、彼の腕に(まと)わり付く二人の少女の姿。


 一人は灰色の髪に赤色の瞳の少女――、ルシア。

 もう一人は腰までの長さをした(うね)のある白銀髪に蘇芳(すおう)色の瞳を有する小柄な少女。


 両腕を女性に取られ、傍から見れば羨みを受ける光景なのだろう。だがしかし、ヒロの気持ち的には連行されている気分だった。そして、どうして今の状況に陥っているのかがヒロには理解できず、思わず溜息が漏れる。


「あっ、ヒロたんっ! あれ、なにっ?!」


「うわわっ!!」


 不意に右腕をぐっと力強く引かれ、ヒロは焦燥の声を上げる。彼の腕を絡め取ったままで白銀髪の少女が好奇心を刺激されたものの元へ駆け出そうとしたのを、ヒロは踏み止まって制止していた。


「マギ、迷子になるよ。それと、急に走り出したら危ないでしょ?!」


 ヒロが叱責の言葉を投げ掛けると、白銀髪の少女は不服そうに膨れる。そうした二人の取り交わしに、後ろからくすくすと可笑しそうな笑い声が聞こえてきた。


「マギカ、あまり軍主殿を困らせないんだよ。君の相手をしていたんじゃ、その内と彼の腕が抜けてしまう」


「うう。それは困るけどお。マギ、困らせてないもん」


 背後から聞こえる諭しを耳にして、白銀髪の少女――、マギカが不満そうにして声の(ぬし)にちらりと目を向ける。


 ヒロたちの後ろには、(うね)の強い長い黒髪に藤色の瞳を有する、見目麗しい青年が連れ立って歩いており、ヒロとマギカを微笑ましそうに見やっていた。


「あはは。そうそうと腕は抜けないとは思うけど。シャロの言う通り、少し大人しくしていてくれると助かるなあ、なんて……」


 つい本音がヒロの口をつく。その言葉にシャロと呼ばれた青年は、幾度か頷きで同意を示していた。


「むう。ヒロたんのお手てが抜けちゃうと困る。()()()()、ヒロたんが迷子にならないように、マギの代わりにお手て繋いであげて?」


「「……どうして、そうなる?」」


 不満げな表情を、眉根を下げた困ったものに一変させ、マギカがヒロの腕を離してシャロへ譲ろうとする。その行為にヒロもシャロも声を重ねたと思うと、肩を落として嘆息(たんそく)してしまう。


「流石に私が軍主殿と腕を組んで歩いていたら、それこそ笑いものだよ。どちらが()()なのか、分からなくなる」


「シャロ。僕、地味に傷付くんだけど……」


 ヒロが不平を漏らすと、シャロは軽い謝罪を口にして笑いだす。それにヒロは再三の溜息を吐き出した。


「僕さ。女性より背が低いのって、凄い気にするんだよね。シャロは僕より背が高いじゃない?」


 ヒロがぼやくと、シャロはキョトンとした面持ちを見せる。かと思えば、再び可笑しそうにして柔らかい笑みを浮かした。


「エンフィールド家は長身の家系だからねえ。そのせいで()()()でありながら、私はすくすくと育ったよ」


 黒髪の青年――、シャロは歴とした女性だった。男物の衣服を着こなし、立ち振る舞いも貴族の男性然としていて、ヒロよりも背が高い。一見すると好青年の雰囲気を醸し出しているが、本名はシャルロットという可憐なものを持つ。所謂(いわゆる)、男装の麗人である。


 東の大陸北部に居を構える“エンフィールド家”という貴族の家系に生まれ、嫡男に恵まれなかった現当主であるシャロの父親が、家督を継がせるために彼女を男として育てたのが、シャロが男性のフリをしている経緯(いきさつ)だという。

 貴族の嫡男という立場になり厳たる教育を受けたシャロは、判断力や統率力もあり――、剣の腕前もヒロより一枚上手で、以前に勝負をしてヒロを打ち負かしている。


 そんなシャロはエンフィールド家に待望の男児が産まれたことで御払箱扱いを受け、亡き母親の故郷である群島諸国へ身を寄せ、成り行きで同盟軍に力を貸すに至っていた。


 そして、そのシャロの庇護下にあるのがヒロの(かたわ)らに擦り寄っている白銀髪の少女、マギカである。


 マギカは天真爛漫な少女で害のない存在であるが、強い魔力を有する魔族の血を引いている。そのため、オーシア帝国に身柄を狙われ、シャロと共に同盟軍の船に乗り込むこととなっていた。

 シャロのことを『ねえたま』と呼び、慕っている。どういうわけかヒロにも良く懐き、ヒロはマギカの遊びに付き合わされることが多々あった。


 シャロとマギカも、ヒロの考える同盟軍の()()()()と呼称される一員であり、彼の頭を悩ませる原因となっているのだった。


「ところで、マギカさんの気にしていたものって、人形劇みたいですね。あの言葉の使い方だと、東の大陸での出来事を劇でやっているのかしら」


 ルシアが赤色の瞳を細め、人の集まっている一角に向けていた。その言葉を聞き、シャロが「ああ、なるほど」と小さく漏らす。


「そうしたら、マギカ。私たちはあれを観に行こうか」


「うんっ! マギ、見てみたいっ!!」


 言うや否やマギカはヒロの腕を離し、今度はシャロに(まと)わり付く。すると、シャロはヒロに目を向けて微笑み掛けた。


「軍主殿、私たちは定刻前には船に戻るよ。君も羽を伸ばしてくると良い。最近の君は(いささ)か頑張りすぎだからね」


「あはは。なるべく努力はするよ。心配してくれて、ありがとう」


 未だに左腕をルシアに取られているため、羽を伸ばせるのかと内心で吐露しつつ、ヒロは返礼を述べる。ヒロの弁にシャロは意味を察し、苦笑いを浮かべた。


「それじゃあ、行って来るよ」


「ヒロたん。また後でねっ!」


 シャロはマギカと共に華やかさを連れ、人形劇が取り行われている方へ歩んでいく。

 その二人の後ろ姿を見送ると、ヒロは僅かに気が抜けたのか吐息をついた。


「溜息をつくと、幸せが逃げるって言いますよ?」


「うん。誰かさんたちのせいで、僕の幸せって逃げっぱなしだと思う」


「同盟軍の方々は、皆さん自己主張が激しいですからねえ。リーダーも苦労しますね。お疲れ様です」


 ヒロの言に自身も含まれていると、露ほども思っていないルシアが労いを口にする。そうした返しにヒロは呆れから再び嘆声(たんせい)しそうになるが、ぐっと堪えた。


「――んで、ルシアはいつまで僕に(まと)わりついている気?」


 自身の左腕に絡みついたままでいるルシアに、冷ややかな眼差しを向けてヒロは言う。それに対し、ルシアはふわりと少女らしい笑みを見せる。


「これが困ったことに、お財布を船に忘れてきてしまいまして」


「はああぁ?! もしかして、僕にたかる気だったのっ?!」


 申し訳なさげな口振りで言いつつも、悪気を一切感じさせないルシアの態度。その様子にヒロは吃驚の声を上げてしまう。

 さようなヒロの驚きの様子に、ルシアは犯意を窺わせず、尚も笑みを浮かせてヒロを見上げる。


「リーダーはお優しいですね、ご馳走様です」


「ちょ…っ! 僕が(おご)るの前提で言わないでくれるっ!!」


 (おご)られて当然というルシアの口舌に、ヒロは頬を引き攣らせるのだが――。

 その後。ヒロはルシアの屋台巡りに付き合うこととなり、羽を伸ばすどころでは無く、散々と溜息を吐き出す羽目になるのだった。



   ◇◇◇



「ハル、入るよ?」


 ハルに割り当てた船室前の扉を叩くも返事が無かったため、ヒロは断りの言葉を発すると共に扉を開けた。

 船室の中を覗き込むと目に付く椅子。そこでハルは本を読んでいたらしい姿勢のまま、酷く不機嫌そうな眼差しをヒロに向ける。


「……何か用か?」


 鋭く差し向けられる赤茶色の瞳と同様の、鬱陶(うっとう)しいと雄弁に物語る声音で問われ、ヒロの頬は引き攣る。「いるならいるって言ってよ」などと内心で思いつつ、そこは平静を装って、ヒロは部屋に足を踏み入れた。


「さっき、カザハナ港に停泊したでしょ。君への差し入れと思って、お土産を買って来たんだ。食べて」


 ヒロは言いながら、手にしていた紙袋をハルの目の前にあるテーブルに乗せた。その紙袋を目にし、ハルの眉間に深い皺が寄っていた。


「いらない。持って帰れ」


 有無を言わさず返される拒絶の言葉。それにヒロは嘆声(たんせい)しそうになるが息を呑み込み、気を改めてへらりと笑う。


「えっと。そう言わずに。置いておくからさ」


「…………」


 友好的に穏やかな口調でヒロが言うものの、ハルは既に読み掛けの本に視線を移しており返答をしなかった。さようなハルの態度に、ヒロの心は折れそうになる寸前まで追い立てられ、たじろいでしまう。

 ヒロは仕方なさげに黒髪に手を押し当てて搔き乱し、今度こそ深い溜息を吐き出した。


「ま、まあ、気が向いたら食べてよ。僕も食べたけど、美味しかったよ」


 尚もヒロは声を掛けるものの、ハルは一切ヒロに視線を向けようとも返事をしようともしない。


「じゃ、邪魔したね。それじゃ――」


 無視が一番堪える。食べ物で釣る作戦は失敗かなと、悶々と考えつつ、ヒロは足取りが重たい様子で部屋を後にしていった。



 甲板の船尾楼。そこでヒロは手摺に肘を付いて凭れ掛かり、猶々(なおなお)と思いを馳せる。

 ハルに打ち解けてもらうために、次の方法を考えなくてはと。そればかりに頭を使っていると気付き、自身を嘲笑してしまう。


「どうしたもんかねえ……」


 眉間に深く皺を寄せて、誰に言うでも無く独り言ちる。無意識の内に、また一つ溜息が漏れ出していた。


「ヒロ」


 物思いに耽っていたところに急に名を呼ばれ、はたと項垂れていた頭を上げる。ゆるりとした動きで後ろを振り返り、ヒロは声の(ぬし)を認めた瞬間に紺碧色の瞳を瞬かせていた。


「ハ、ハルッ?!」


 思いも掛けていない人物が、そこにはいた。その名がヒロの口端に、驚きを宿した声として出される。

 目を疑う光景ではあったものの、ヒロは背後に佇むハルへと身を向け直す。すると、ハルはどこか気まずげにして、ヒロから視線を逸らしてしまう。


「どうしたの?」


 何事だと言いたげに、ヒロは首を傾げる。ハルが自分に声を掛けてくるなど、何か有事でもあったのではないかと頭の端を過るが――。それは本人が言い出すまで待とうと思い、口に出さなかった。


「……えっと。その、だな」


「うん?」


 口切りだしにくそうに、ハルは小声で何やら紡ぎ出す。そうしたハルの情態に、ヒロは不思議げにして増々首を傾いだ。


「土産の飯、旨かった。――ありがとう」


 ぼそりとハルの口をついた礼の言葉。それにヒロは呆気に取られ、紺碧色の瞳を丸くする。

 呆然としたヒロを目にして、ハルは微かな一笑を立てたかと思うと(きびす)を返す。


「それだけだ。邪魔したな」


 言いながら、ハルは背を向けて歩み出した。


 その言葉を自身に告げるためだけにハルが船室から出てきたことに、ヒロは察し付く。気付いた途端、ヒロは頬を緩ませて笑みを浮かしていた。


「えへへ。また、何か買って来るから。――あっ、そうだ。何だったら、今度は僕が作ったものも食べてみてよっ!」


「……そのうちな」


 短く言い述べられるハルの返弁ではあったが、ヒロは満面の笑みで満足そうに頷いていた。


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