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呪いの烙印シリーズ・短編集  作者: 那周 ノン
【ハルの軌跡噺】
27/43

邂逅遭遇⑩

 目的地である中央大陸の港町に到着した航行船から、乗船客たちが降りていく。

 その往来の妨げにならぬように桟橋(さんばし)から離れた埠頭で、ハルたちは佇んでいた。


「ふむ。何だかんだとあったが、無事に地を踏み締めることができてなにより。船の上は落ち着かんで、ほんにイヤなものじゃのう」


 黒い日傘を差して太陽の光から身を隠し、クロエは安堵の様を窺わせて嘆息(たんそく)する。


「そもそも、イツキのやりすぎがいかんのじゃぞ」


「えっ?! 俺のせいっ?!」


 慨嘆と漏らされたクロエの言葉を聞き、イツキが吃驚の声を上げる。


「おんしが“木属性”魔法の力加減を間違えるから、危うく船がひっくり返るところじゃったからのう」


「仕方ねえじゃん。でも、その後シッカリ枯らして落としたんだし。文句無いだろ?」


「枯らすのも加減を間違えて、船板まで腐らせたのは誰だ……?」


 ハルがぽつりと口に出すと、イツキの視線が所在無さげに泳いだ。そうしたイツキの反応に、クロエとハルは可笑しそうに笑いを零す。


 イツキがハルを幽霊船から救出する際、行使した“木属性”の魔法。それは焦燥したイツキが魔力の加減を間違えたことにより、彼の思惑よりも船の舷側から芽吹いた枝葉が大きく育ち、大樹にまで成長した。そのことで船が均衡を崩し、そこでまた一悶着が起こった。

 最終的にはイツキが樹木を枯らして落とすという手段に出て、事なきを得たが。その際も船の舷側の壁板もろとも朽ち果てさせ、船に乗り合わせていた一同を慌てさせたのだった。


「くっそ。仕方ねえだろ。俺、あの時めっちゃ動揺していたんだから」


 イツキが不貞腐れた様子で口にすると、クロエはイツキの言葉の意味を察し、ころころと笑い出した。ハルだけが意味を分かっていなさそうに、首を傾げていた。


「――して、ハルよ。報酬の話は、如何(いかが)するかのう?」


 悪戯げに口角を吊り上げてクロエが問うと、ハルの顔付きが変わった。視線をクロエに向け直し、彼女を強く睨みつける。


「聞くに決まっているだろう。そのために手を貸したんだ」


「ほほ。そうかそうか。ならば心して聞くが良い」


 赤茶色の瞳に強い意思を宿し放たれたハルの言葉。それを聞き、クロエは可笑しげに笑う。


「中央大陸の東部から海を越えた、遥か東の地。小さな島国が寄せ集まる“群島諸国”で、最近になって“オーシア帝国”と呼ばれる強国と、それに反旗を(ひるがえ)した軍勢が戦争を始めおったそうな」


 思い出しながらなのか、クロエは視線を在らぬ方に向けて綴る。クロエの言葉を聞いたハルは、眉を微かに寄せた。


「……戦争が起こっているのか。それが、あの人と何の関係がある?」


「帝国に抵抗する“()()()”の旗頭が“呪い持ち”じゃと。わらわのカワユイ蝙蝠が申しておった」


 クロエの言葉を聞き、ハルは見る見る内に顔色を変えていった。その表情は驚きと共に留飲の色を宿したのを、クロエに察せさせる。


「おんしの探し人は、“呪い持ち”じゃ。旗頭――、軍主がその娘っ子か。おんし自身の目で確かめてみる価値はあるのではないか?」


「そうか。もしかしたら、その軍主が『お姉ちゃん』かも……」


 淡い期待がハルの胸に灯る。その反応を目にして、クロエは僅かな嘆息(たんそく)を漏らす。


「ただし、人間の分別がろくにつかない蝙蝠たちの言うことであるからの。――過度に期待しすぎるでないぞ?」


「分かっている。だけど、“呪い持ち”なんか、そうそうにいないからな。可能性は高いだろ?」


 ハルは言うと、足元に置いていた荷物を肩に担ぎ直した。


「早速、群島諸国に足を運んでみる。――世話になったな」


 (きびす)を返してクロエたちに背を向けたと思えば、ふと足を止めて口にする。そうした彼の声に、クロエとイツキは笑みを浮かせた。


「うむ。達者でのう」


「無茶しすぎるなよ、ハル。またな」


「ああ。また……、いつかどこかで――」


 ハルは言うと、足早に埠頭を後にしていった。足取りはどこか周章や上の空を含んでおり、時折と辺りの人々の動きに飲まれ慌ただしげな様子を醸し出し、その背を見送っていたクロエとイツキを苦笑させる。


「なあ、クロ(ねえ)。群島諸国の呪いって、“羨望”の奴のだろ? あいつの探し人って――」


 イツキが物言いたげな声音でクロエに問う。その問いにクロエは、首を縦に動かした。


「別に、あやつに伝えた事柄で、わらわは嘘を吐いておらん」


「そうだけどさー……」


 納得のいかない様相で尚もイツキが不満げにしていると、クロエはハルを見送っていた視線を外し、背後に広がる海と空に向けた。そして、上空に飛ぶ海鳥を仰ぎ見る。


「あやつは群れることを知る必要がある。――いつまでも孤独な“片翼の鳥”のままでおると、先には飛べぬ。せめて群れを作ることを覚え、代わりの翼を補うものを見つけぬとな」


 先にクロエが口にした“反乱軍”と呼称される一軍を率いる軍主。その人物をハルが群れを作るための(しるべ)として受け入れるか――。

 それが憂いの原因であるのだと、イツキは思う。だが、それは口にしなかった。


 蘇比色の髪に手をやり搔き乱し、イツキは一つ溜息をつく。そして、気を改めたようにして再び口を開いた。


「しっかし、噂の『お姉ちゃん』ってのは、本当に恐ろしい奴だな……」


 呆然と口にされたイツキの言葉に、クロエが口角を上げる。


「ほほ。言うたであろう。あれは“真なる宿主”になるとのう」


「“喰神(くいがみ)”の意識に影響を与えて、ちょっとした(ひずみ)が出来たら。強引にこっちに割り込んできやがったんだぜ……」


 驚愕の事態だったとイツキは思い返す。


 イツキが“邪眼持ち”の魔族の特性、精神に干渉する能力を用いて“喰神(くいがみ)の烙印”の自我に影響を与えた。その際に怯みを見せた“喰神(くいがみ)の烙印”の意識を通して突として現れた存在は、ハルの宿す“呪いの烙印”の力を抑え込んで彼を激励すると共に――、イツキを恫喝していた。


 ――『ハルに何かあったら、許さないから』


 凄みのある声だったと思う。その脅しにイツキはたじろぎ、ハルを幽霊船から救出する際に“木属性”魔法の力加減を間違うなどの失態を起こしていた。


「導くのに手を引いてやろうとしたら、凄い勢いで拒否されるし。脅かされるし。声は可愛い感じだったのに、本気でおっかねえったらないわ」


()()はのう。更に力をつけていくぞよ。それこそ、今の世の流れを作り替えかねんほどにの」


 辟易と話を綴るイツキの言を聞き、クロエが返す。その言葉に、イツキは再三の溜息を吐き漏らしていた。


「ハルの奴は、またとんでもない奴を一途に想っているんだなあ」


「そうさのう。その再会の先に行きつくものは……、ちと難儀じゃがの」


「だな……」


 ハルの旅路の結末。それを推知するクロエとイツキは――、寂しげに言葉を交わし合うのだった。



   ◇◇◇



「それで? その幽霊船の魔物はどうなったの?」


 ビアンカが身を乗り出し、真剣な面持ちでハルの話に聞き入っていた。


「魔物は斬りつけようとも、弓で射抜こうとも死ななかった。倒したと思っても、また復活しちまう。――そうしたら、今まで戦う様子を見せなかったクロエが、魔法を使うと言い出したんだ」


「クロエさんが?」


 ビアンカが翡翠色の瞳を驚きで見開き口に出すと、ハルは優しく笑みを浮かせて頷く。


「クロエは実は強い魔力の持ち主だった。しかも凄く珍しいと言われている“(そら)属性”の魔法の使い手で、どの属性の魔法でも操れる。んで、クロエは魔法の雷を行使して、魔物を復活できないほどの消し炭にしちまったんだ」


 ハルが真実と嘘を織り交ぜて語る話に、ビアンカは感嘆の声を漏らす。


「クロエさんは、実はとっても強かったのね。復活できないほどにって、凄いわね」


「ああ。そうして、幽霊船の(ぬし)だった魔物を討伐したことで、船が形を維持できなくなった。そこからは慌てて崩れ落ちる船から脱出して、航行船の方も無事に幽霊船から逃げ出せて事なきを得たって感じだな」


 話を終え、ハルは再びソファの背凭れに寄り掛かかる。そして、一息を吐き出した。

 旅の話が終わったことを了したビアンカも、満足そうな様相を見せていた。かと思うと、何かに引っ掛かりを覚えたような表現を窺わせる。


「そのあと、ハルは二人に出会う機会はあったの?」


 ふとビアンカが問うと、ハルは考える仕草を見せる。些か思案をして、思い至った事柄をぽつりと口に出した。


「……そういえば。見掛けることが無くなったな」


「そう、なの……?」


「ああ。あれだけ出くわしていたのにな」


 ビアンカに問われて、ハルは気付いた。


 ハルは幽霊船での出来事以降、クロエとイツキに再会をしていなかった。

 あれほど行く先々で顔を合わせることが多かったにも関わらず、あの邂逅の後にクロエとイツキの気配を察することも無かったのだった。


 まるで避けられていたかのようだと、ハルは思う。

 何故(なにゆえ)に、さようなことをするのかが、ハルには解せなかったのだが――。


(あの二人は何を考えて、俺を群島諸国に行くように仕向けたんだろうか。噂の軍主と出くわした時は、まんまと騙された気分だったが……)


 クロエが口にした“反乱軍”と呼称されていた軍勢を率いていた軍主は、ハルが再び出会うことを期待していた女性では無かった。その軍主は青年であり、その青年が話に聞いた“呪い持ち”であると気付いたハルは酷く落胆したのを、今も良く覚えている。


 だが、その時の軍主である青年や、“反乱軍”――、否。“同盟軍”との出会いは、無駄なものでは無かったと、ハルは思う。

 海に生きることを誇りに思い、脅威に晒されていた人々を守るために勇敢に戦っていた者たちの姿は、ヒトと接することを忌避していたハルの考えを改めさせていた。


「――きっと、また会えるわよ」


「え?」


 物思いに耽っていたハルに、不意とビアンカの声が掛かる。ハルが赤茶色の瞳をまじろがせると、ビアンカはふわりと笑った。


「クロエさんとイツキさん。二人で元気に過ごしているわ」


 愛くるしいとさえ感じる笑みでビアンカは言う。それにハルは頬を綻ばせる。


「ああ。そうだな……。あの二人のことだから、今もどこかで言い合いでもしながら、旅を続けているだろうな」


「うんっ!」


 ビアンカの言い切るような物言いに、ハルも同意を示して笑う。


(――また、どこかで会えると良いな。そうしたら、漸く探していた『()()()()()』に逢えたって報告しなくちゃな……)


 無邪気に笑うビアンカを、ハルは優しげな眼差しで見つめる。ビアンカの笑みに胸の内を温かくしながら、ハルはクロエとイツキとの再会の願いに思いを馳せるのだった。


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