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呪いの烙印シリーズ・短編集  作者: 那周 ノン
【ハルの軌跡噺】
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邂逅遭遇⑨

 禍々しい気配を発し、闇を(まと)わりつかせ始めた幽霊船。そこから突として、闇が形作った黒い手が溢れ出した。

 闇の手は際限なく現れる。それは触手のような不規則な動きで、幽霊船や航行船の周りに存在していた遺恨を抱いた魂たちを捕らえていく。


 辺りに重く響く音は――、哀傷の苦悶や嘆き声のようだと。その場にいる誰しもが、畏怖を彩る表情を浮かせながら思う。


 その有様をクロエは、深紅色の瞳を細め見つめていた。そして、嘆息(たんそく)を漏らす。


「あやつ。まだ“強食”の力を操りきれておらんのう……」


 呟きを薄い唇が零した瞬間だった――。


 闇の手の群れが動きを変え、クロエの目前まで飛来する。だが――、クロエの張った結界に阻まれ、弾く音を鳴らしたかと思うと離散していく。


 “喰神(くいがみ)の烙印”が生み出した魂を喰らう禍々しい闇の渦は、幽霊船に捕えられていた魂だけでなく、航行船に乗り合わせている生ある者たちの魂までをも狙おうとする動きを見せていた。


「クロ(ねえ)。これ、暴走しかけてないか……?」


「――どうやら今まで恐れていた分、ここまで大きく力を行使したことが無かったか。呪いに嘗められておるのじゃろうな……」


 徐々に数を増していく黒い手は、無差別に魂を狙う。その周りに漂う闇の粒子は、結界に(まと)わりつき、結界自体を崩落させようとしていた。

 宿主であるハルが呪いの真なる力を操りきれず、“喰神(くいがみ)の烙印”の呪いが暴走の兆しを見せていることに、クロエとイツキは察し付いた。


「どうするんだ、クロ(ねえ)


 イツキが憂虞の声音で問うと、クロエは再三の溜息をつく。


「わらわは疲れたと言うたのにのう。仕方のない奴じゃ」


 クロエは一歩、足を踏み出す。すると、(おもむろ)に“呪いの烙印”が宿ることとなった黒い日傘を幽霊船に向かってかざした。

 深紅の瞳を伏し、意識を“呪いの烙印”に向ける。クロエの語り掛けるような意思に“呪いの烙印”が、赤黒い燐光を発し揺らめいた。


「――()()()は竜族と魔族の合いの子だったのじゃのう」


 “呪いの烙印”から感じる気配を察し、クロエが静かに語り出す。


「じゃが、竜へと変化する身を持っていたが故に、人間に殺められたか。その身体を人間どもは装具とするために切り刻んだ」


 (いびつ)な竜を象った紋様が示すように、幽霊船を動かしていた“呪いの烙印”の大本となった魔族は――、竜族と魔族の血を引く存在だった。

 ()の存在は稀有(けう)なものであった。巨大なドラゴンへと変化する力を持った魔族を、人間たちは『憎い魔族に罰を与えるため』と。あたかも正当な理由を陳述して殺めた。その真の目的は、ドラゴン種の身が持つ貴重な素材を剥ぎ取るというもの――。

 それをクロエは、“呪いの烙印”と意識を同調させることで悟る。


「……難儀であったのう。幽霊船で見たドラゴンゾンビは、おんしの成れの果てと言ったところか」


 哀れみがクロエの口をつく。眉間には皺が寄り、心底の同情を感じていることを物語る。


「あの船は、おんしの心の臓を荷として積み込んでおったのじゃな。そこで恨みを募らせ、“呪いの烙印”となった。じゃがな――」


 そこまで口にすると、クロエは言葉を区切る。伏していた瞳を開けると、慈しむように日傘の手元に刻まれる“呪いの烙印”を見つめた。


「――ろくでなしも多いが。人間も、捨てたものじゃないぞよ。永らく恨み続けて、疲れたじゃろう。そろそろ目線を変えて、わらわと共に見極めてみぬか?」


 優しい声音で綴られる言葉に、“呪いの烙印”が呼応するかのように、ざわりと揺らいだ。その様を見取り、クロエは頭を縦に振るう。


「――ならば、“破魔の矢”の封印は解いてやろうぞ。七魔将であったわらわに付けること、感謝せい」


 不敵にクロエは口の端を上げて笑った。


 手にした真っ黒な日傘を掲げ上げ、再び意識を集中させる。“呪いの烙印”から強い光が発せられ――、“破魔の矢”が宿していた聖なる力は、クロエの有する魔力の闇に喰われるように飲まれていく。

 封じられていた力を取り戻した“呪いの烙印”が瞬時に禍々しい気配を発し、一帯の空気を更に重苦しいものへと豹変させた。


「イツキも手を貸すが良い。おんしの真の力も見せどころじゃ」


「はいよ。“邪眼”の魔力、出し惜しみすることなく使わせてもらうぜ」


 クロエに言葉を投げ掛けられたイツキは、愉快げな声音で応じた。


 イツキの銀の双眸が幽霊船に向けられ、煌めく。右手を掲げ上げると、周りに魔力が渦巻いていった。

 幽霊船の中に存在する“喰神(くいがみ)の烙印”の自我を補足すると、ニヤリと悪戯そうに笑う。


「それじゃあ、ちーっとばかり、食い意地の張った“喰神(くいがみ)”を痛い目に合わせてやるぜ。行儀良く()()をしないと()()()()()()()に叱られるってのを思い知れっ!!」


 楽しげにイツキが発すると、渦を巻いていた魔力が膨れ上がった。


 イツキの気勢に合わせ、クロエも集中させた自身の魔力と“呪いの烙印”が有する魔力を解き放つ。辺りに強い魔力を帯びた風が吹き荒れ、航行船を狙う“喰神(くいがみ)の烙印”が生み出した手たちの動きを鈍らせ進路を変えさせていく。

 一帯に響き渡る呪念を宿した声が一斉に叫声を上げ――、海原を震わせた。



   ◇◇◇



「――――っ!!」


 突然の弾かれるような衝撃と痛みを左手の甲に感じ、ハルは掲げ上げていた腕を引いた。


 顔を(しか)め、その場に(ひざまず)く。額に浮かぶ汗が頬を伝い落ちる。

 驚きに目を見張ったまま、左手の甲に刻まれる“喰神(くいがみ)の烙印”に目を向けると――、心の底から安堵した様子で息を漏らしてしまう。


「止まった、か……」


 “喰神(くいがみ)の烙印”が鳴りを潜めたことを認め、ぽつりと独り言ちる。


 ハルが“喰神(くいがみ)の烙印”を行使した後、すぐに異変は起こった。呪いの力が暴走の(きざはし)を見せ始めたのだ。

 それに気付いたハルは咄嗟に呪いの力の制御を試みたものの、“喰神(くいがみ)の烙印”は嘲笑うように禍々しい力を放出させていった。


 焦りと恐怖に駆られる中でハルが感じたのは、幽霊船の外から感じた強い魔力。そして――。


「――『お姉ちゃん』が、力を貸して、くれた……?」


 確信は無かった。だが、ハルは温かく優しい何かを、“呪いの烙印”を通して感知していた。


 “喰神(くいがみ)の烙印”に影響を与えるほどの強大な魔力を受けて怯んだ自我を、更に威圧的に恫喝して抑え込む不可思議な存在。その気配はハルに覚えのあるものだった。

 混乱した頭に声が響いた。それを聞き、ハルは再び“喰神(くいがみ)の烙印”へ強固な意志を向け、暴走しかけた力を制御するに至っていたのである。


(『ハルならできるから』って。そう言われた気がするな……)


 温かな思いが胸に灯る。思ってもみなかった激励を向けられ、心が締め付けられる思いを感じた。


 感慨深さに沈潜していたハルだったが――。


 不意に辺りが重々しい音を立て始めた。それと共に船体が軋み、大きく揺れる。頭上から木片が降り注いでくることに、ハルは眉を寄せた。


「“呪いの烙印”が居なくなったせいで、幽霊船が形を保てなくなったな。俺も早々に脱出しないとな」


 眼差しに鋭さを宿し、呟く。肩に掛けていた弓を担ぎ直すと、ハルは(きびす)を返して駆け出した。



 徐々に崩壊の様を見せていく幽霊船内を駆け、遂に甲板まで抜けた。太陽の射し込む光に眩しそうに目を細め、ハルが目にしたのは――。


「――まったく。ほんに世話の焼ける奴じゃ」


 甲板上に姿を現したハルを認め、航行船でクロエが声を漏らす。鼻で笑う呈を擁し、彼女は尚も魔力を行使していることを窺わせる。


 その魔力の矛先が幽霊船自体だということに、ハルは勘付いた。クロエは魔力を操ることで、未だにハルの乗っている幽霊船が完全に崩壊するのを防いでいたのだった。

 ハルが事態を了した表情を浮かせたのを目にし、クロエは唇を歪ませる。


「任せろとか偉そうに申しておったが、“強食”の宿主どもは揃いも揃って半人前じゃ。そろそろ、わらわも貧血気味じゃて。限界じゃぞ……」


 苦しげにクロエは呟く。その様子を隣に佇むイツキが見つめていたかと思うと、彼は幽霊船のハルに視線を向け、声を張り上げた。


「ハルッ! 飛べっ!!」


「なに……っ?!」


 イツキの指示に、ハルは眉を寄せた。


 ハルの乗る幽霊船とクロエやイツキの乗る航行船は――、既に距離が大きく開いていた。イツキの声の通りに飛び移ることは、不可能な状態になっていたのである。


 だが、遅疑逡巡と打開策を考えている暇は無かった。猶々(なおなお)と軋んで揺れる幽霊船は、クロエが魔力で抑えていると(いえど)も容赦無く崩れ落ちていき、ハルの足場を奪っていく。


「こっちで受け止めてやるっ! 早くしろっ!!」


 大声(たいせい)を上げ、イツキが再三の促しを発する。


「くそっ! ――頼むぞっ!!」


 ハルは崩れる足場に舌打ちを零す。かと思うと、意を決した面差しを見せ、大した助走もつけられぬまま、朽ちた手摺の合間を縫って甲板を蹴り込み跳躍していた。


 勢いが足らないために飛距離は伸びず、そのままハルの身体は航行船に届くことなく、眼下の海へと吸い寄せられていくが――。


 突然ハルの下に、青々とした緑が瞬く間に生い茂っていく。

 枝葉が勢い良く伸び、ハルの身体を包むように受け止める。その様にハルは目を瞬かせた。


「おわ……。焦ってやりすぎたわ……」


 イツキが手摺から身を乗り出し、舷側の木板から生えた樹木を見下ろして失笑を零した。その声にハルも呆気に取られながら苦笑いを浮かしてしまう。


 若い緑から漂う清々しい香りが、ハルの鼻を擽っていた――。


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