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呪いの烙印シリーズ・短編集  作者: 那周 ノン
【ハルの軌跡噺】
25/43

邂逅遭遇⑧

「やったか……」


 (ひざまず)きながら辺りを見渡し、イツキが独り言ちる。そして、クロエの(いかづち)の魔法が穿った船体の穴を塞ぐために操っていた“木属性”の魔法を止めて立ち上がった。


「うむ。これで良い」


 クロエは上機嫌に発すると、フォアマストに刻まれていた“呪いの烙印”を穿通(せんつう)した日傘を広げる。それをくるりと回して、中棒の部分を肩に乗せるとハルとイツキの方へ身を返す。

 彼女の手にする日傘は、今まで真っ白だったが――。いつの間にか真っ黒な日傘に姿を変えており、手元の部分には赤黒い燐光を発する、歪な竜の紋様が浮き出していた。


「ハルもイツキもご苦労じゃったのう。船乗りたちを脅かしていた“呪いの烙印”は、無事に回収することができたぞえ」


 至極機嫌の良い様を窺わせ、クロエは女性らしい柔らかな笑みを浮かせ、労いを口にする。それにハルもイツキも瞳を瞬いてしまう。


「今回は“呪いの烙印”の回収が目的だったのか……」


 イツキが毒気を抜かれた面持ちを見せ、ぽつりと口にする。目的を知らされていなかったらしい口振りで、呆気に取られた声音と共に漏らされた言葉にクロエは頷いた。


「言うてなかったかえ?」


「聞いてねえし……っ!」


 笑みをキョトンとしたものに変えて首を傾げるクロエに、イツキは即答する。

 舌戦に発展する険悪さを醸し出すが――、不意に二人は、いつものことと言いたげに顔を見合わせて笑い出す。


 自分たちの目的が済み、気の抜けた様子を見せ始めたクロエとイツキ。その二人を傍目(はため)に、ハルは未だに警戒を怠っていない様相で辺りを窺っていた。

 赤茶色の瞳で周りを見回すハルに気付いたのか、クロエが不思議そうにして日傘を畳みながら彼を見やった。


「どうしたのじゃ、ハルよ。さような顔をしとらんと、力を緩めるが良い。おんしの活躍、ほんに大儀であったぞ」


「だなあ。あれだけ小さい“呪いの烙印”を、気配だけで射抜くとは思わなかったわ」


 不思議げにしつつも、クロエが先のハルの行動を労う言葉を口にする。労いに対し、イツキも感嘆の言葉をハルに投げ掛けるが――。


「――まだ、終わりじゃないぞ……」


 辺りに漂う不穏な兆候。それに、ハルは察し付いていた。


 “破魔の矢”を用いてフォアマストに刻まれた“呪いの烙印”を射貫いた瞬間に、ハルはただならぬ気配を感じていた。まるで呪縛から何かが解き放たれたような。さような気配だったと、そうハルは思う。


 ハルの呟いた言葉にクロエが瞳を伏して意識を集中させると、その眉間に皺が寄った。


「む……。そのようじゃのう……」


 伏した深紅の瞳を開き、忌々しそうにクロエが零す。それにハルは首を軽く縦に振るう。


「……(くさび)になっていた“呪いの烙印”が消えて、幽霊船に囚われていた魂たちが暴れ始めたな」


 魂の気配に聡いハルは、その不穏の正体に勘付く。


 “呪いの烙印”を“破魔の矢”で封じた際、呪いの力に囚われていた呪念を持つ魂たちが、呪いの力から解放されていた。


 ハルが考えるに、恐らくは幽霊船やドラゴンゾンビを動かしていた“呪いの烙印”は、ハル自身の宿す“喰神(くいがみ)の烙印”と同様の魂に影響を与えるものだったのだろう。

 海上に漂っていた魂や、行方不明となった船に乗り合わせていた者たちの魂を捕えた幽霊船は、更なる(えさ)を求めて動いていたのだとハルは推察する。


 幽霊船に捕えられた魂たちは、ここで呪念を強くするに至った。

 そして、もう生まれ変わりを行えないほどに、魂は穢れてしまっていると。そのことをハルは感知して、奥歯を噛み締めた。


 禍々しい気配が、徐々に色濃さを増していく。


「こりゃ、早いところ船を離脱しないと不味いな。――あっちの船の方も、クロ(ねえ)の魔法の合図を見て、そろそろ舵を切っている頃だろ?」


 焦燥を帯びてイツキが口に出すと、クロエとハルは頷いた。


 クロエの(いかづち)の魔法に影響され、空の様子も一変しているはずだった。

 稲光と雷の音を見聞きした航行船の船長が、クロエの提言を守り船の舵を切っている頃だろう。


「船から出るぞよ。急ぐと良い」


 クロエの一声を受け、ハルとイツキは首肯(しゅこう)する。

 一同は(きびす)を返すと、船倉を後にしていった。



   ◇◇◇



 船内を駆ける一同の行く手を阻むものは存在しなかった。

 先に魔物を一掃していたことが功を奏したか――。答えは、否だった。所感として、存在していた魔物たちも、幽霊船を動かしていた“呪いの烙印”が捕えていた魂たちが姿を変えた後、実体化したものだったのだろう。

 辺りに魔物の気配はしないものの、その身に感じる禍々しい気配は一層強くなっていると、一同に感受させていた。


「――駄目だな」


 走る足を緩めずに、ハルはぽつりと呟く。その声にクロエは眉を寄せた。


「ふむ。これは、いかんのう……」


 ハルの呟き漏らした言葉の意味を察し、クロエが同意を口にする。


「何が駄目なんだ?」


「……穢れた魂たちが、航行船を捉えている」


 言葉の真意を量り兼ねたイツキが疑問を口にすると、ハルが返す。その言葉にイツキの眉が曇り、クロエは嘆息(たんそく)してしまう。


「そのようじゃのう。まったくもって迷惑な話じゃ」


 “呪いの烙印”に囚われていた呪念を抱いた魂たちは、クロエの施した結界が張られる航行船に手出しができなかった。その代わりに、船の進路を妨害するように魂が群がっている状景。それをハルは感じ取っていた。


(このままだと、航行船に乗っている奴らもろとも呪念を持つ魂に喰われる――)


 ハルはことの顛末を想起し、歯噛みをした。


(俺はこんな場所で、こいつらと心中する気はないぞ……)


 そこまで考えると――、ハルは駆けていた足を緩めた。そして、鋭さを(まと)った赤茶色の瞳を船内へ向ける。

 それに気付いたクロエとイツキも足を止め、怪訝そうにハルを見据えた。


「……何をするつもりじゃ?」


「ここは、俺が引き受ける。クロエたちは先に船へ戻れ」


 覇気と決意を宿してハルの口をついた言葉に、クロエの眉がピクリと動く。その面持ちは、意外そうな色を浮かした。


「ほう。言うてくれるな」


「魂を何とかするっていうなら、俺が適任だろ。――()()()()を食わせる良い機会にもなる」


 言うとハルは、革の手袋を嵌めた左手を肩ほどの高さに掲げる。


 ハルは一顧した末に、自らの宿す“喰神(くいがみ)の烙印”を行使する決断を下していた。

 常時であれば、“喰神(くいがみ)の烙印”を扱うことを、ハルは躊躇(ためら)ったであろう。だが、彼は忌み嫌う呪いを使うことを決めた。あくまでも『()()()()()()()()』と、自分自身に言い聞かせて――。


 その決心の意図を推し量ったクロエは、唇を歪める。


「ほほ。ならば、お言葉に甘えるとするかのう。わらわは少々疲れたのでな。先に退場とさせてもらおう」


 淡白に言い放つと、クロエはハルから目を離して足を動かし始めた。そうしたクロエの行動に、イツキは不服そうな視線を投げ掛けると、再びハルを見やる。


「いいか、ハル。大人のフリをして、子供が無茶しすぎるんじゃないぞ」


「ああ、分かっている」


 素直なハルの返弁に、イツキは眉間の皺を深くしてしまう。物言いたげな雰囲気を僅かに窺わせるも、先を走り出したクロエを追うために自らも(きびす)を返す。


「……そこは、『子供じゃない』って言い返せ。ガキッ!!」


 不満を大いに宿した声音で悪態をつくと、イツキは駆け出した。吐き捨てるようなイツキの言葉に、ハルは微かに苦笑いを漏らす。


 二人の足音が遠くに去っていくのを耳にし、ハルは黙したまま左手を覆っていた革の手袋を外し、その手を自身の目線の高さに持ち上げる。


 ハルの左手の甲には――、死神が鎌を抱くような姿を象った、歪な赤黒い痣が刻まれていた。三百年以上前からハルの身に刻まれる、呪いの証である烙印。その禍々しい見目は、永年を共にしようとも見慣れることの無いものだと、ハルは思いなす。


「――“喰神(くいがみ)の烙印”。俺は、お前のことが嫌いだ」


 ハルは静かな声で言い放つ。その声に呼応するように、“喰神(くいがみ)の烙印”が、ざわりと蠢いた。


「お前は常に腹を空かせて、無関係な人たちの魂を喰らう。俺に関わった人たちを、誰彼構わずに不幸にしていく。そんなお前のことが、大嫌いだっ!!」


 険悪感を彩って発せられるハルの罵りの言葉に、左手の甲に刻まれる痣は、痛みを(もっ)て――、まるで(あざ)笑うかの如く蠢きを強くしていく。その反応に、ハルは不快感を顕わにして顔を(しか)めた。

 だがしかし――。それも数瞬の間で、すぐにハルの顔色は決意を示唆させるものに変わった。


「だが、()()()に再び巡り合うためには、お前の力が必要だ。――まだ暫くは、頼りにしているぞっ!!」


 愚弄(ぐろう)するような蠢きを示していた“喰神(くいがみ)の烙印”に、ハルは意志の強い言葉を投げ掛ける。そして、左手を高く掲げ上げた。


「<死に至る呪いよ――>」


 呪いの言の葉がハルの口をつく。すると、左手の甲に刻まれる“呪いの烙印”が、赤黒い光と燐光を発した。


「<――我が身に宿りし、“喰神(くいがみ)の烙印”よ>」


 赤黒い光が闇を生み出して渦を巻き、ハルを取り囲む。徐々に溢れ出した闇が、数多の手の形を成していく。

 それを認めたハルは微かに寒気を感じ、歯噛みをするが――、(こうべ)を振るい、すぐに強い眼差しを取り戻す。


「<その底知れぬ腹の冥府を開き、我が前の障礙(しょうげ)を喰らいつくせ――っ!!>」


 豪然たる声音で紡がれた呪詛。その途端に、闇が形を成した黒い手がハルの中心にして際限なく溢れ出し、幽霊船を包み込んでいくのだった。


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