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呪いの烙印シリーズ・短編集  作者: 那周 ノン
【ハルの軌跡噺】
24/43

邂逅遭遇⑦

 魔法の炎に巻かれた故に黒煙を燻らせるドラゴンゾンビに、イツキがショートソードを構えて飛び掛かる。

 遅鈍ながらも直撃を受ければ致命傷となり兼ねないドラゴンゾンビの攻撃を、右に左にと身を返して(かわ)し、イツキは剣を振るう。


 だが、いくら斬りつけて身体の一部を剥ぎ取ろうとも、ドラゴンゾンビは怯む様子を見せない。それどころか、攻撃を仕掛ける端から斬りつけた傷が癒えていく。

 先ほど斬り落とした尾も、いつの間にか再生している様子を目にし、イツキは忌々しげに舌打ちを漏らす。


「くっそ。キリがねえな……っ!!」


 火を吐くには時間が掛かるようなのが、せめてもの救いだと。イツキは考える。

 そして――、一考した瞬間に再び石を弾く音を耳にし、咄嗟に脚に力を込めてドラゴンゾンビの下顎に向かい跳躍する。


「うらああああぁっ!!」


 大きく声を張り上げると共に、力を込めて剣を斬りつける。その一撃はドラゴンゾンビの下顎と舌を斬り落とし、火を吐くことを制した。


 そうしたイツキの奮闘と、意識を集中させ黙したままのハルを交互に見やり、クロエは神妙な面持ちを浮かす。


「どうじゃ。見えたか?」


 クロエが問うと、ハルは伏していた瞳を開き、ゆっくりと頷いた。そして、“喰神(くいがみ)の烙印”を宿す左手で、船倉の奥を指差し示す。


「――フォアマスト。そこから“呪いの烙印”の気配がする」


 船頭付近――。最下層甲板から上層の甲板まで垂直に伸びる帆柱であるフォアマスト。ハルはそこに禍々しい“呪い”の気配を感じた。

 意識を集中させた“喰神(くいがみ)の烙印”が、同胞(はらから)であるはずの“呪いの烙印”が身を潜める場所を報せるように蠢く感覚。普段は畏怖を感じ、その力に頼ろうなどと考えもしなかったハルであったが、今はそれを宿していたことに安堵の気持ちを抱く。


 ハルが漏らした言葉に、クロエは首肯(しゅこう)を示していた。


「ならば、ハルよ。あのドラゴンゾンビは、わらわが何とかしようぞ」


「は……?」


 唐突なクロエの言葉に、ハルは怪訝げそうにして眉間に深い皺を寄せる。自身の言葉の意図をハルが読み取れないことを察したクロエは、唇に弧を描き悪戯そうに笑う。


「イツキの攻撃だけでは、腐れたドラゴンの後ろまで踏み込むのは難儀であろう。じゃから、あやつをわらわが一時的に消し去ろう。その隙に“呪いの烙印”の動きを止め、あのドラゴンの再生を制するのじゃ」


「“呪いの烙印”の動きを止めるって……、どうするんだよっ?!」


 クロエの提案にハルが声を荒げると、彼女は口元を更に歪ませた。


「――おんしには華を持たせてやるぞよ」


 愉快げにしてクロエは言うと、右手を中空に掲げた。そして、(てのひら)を上に向ける。すると淡い光が発せられ、その中に一本の矢が姿を現し宙に浮かぶ。


「これは……?」


 魔法空間から取り出された矢を目にして、ハルは赤茶色の瞳を丸く見開く。

 その矢から感じる気配は――、魔力とは違うものだった。聖なる気を宿したもの。さような印象をハルに抱かせ、驚嘆させた。


「世界の中心――。聖地に生える世界樹、ユグドの大樹の枝より作られた“破魔の矢”じゃ。魔族の力を抑え込み、“呪い”を封じ込める力を持つ」


 クロエは言葉を零しながら、聖気を発する矢を忌々しげに見つめていた。


「口惜しいことに、わらわは直にこれに()れられぬでな。さっさと受け取るが良い」


 言うや否や、クロエは右手を払うように動かし、ハルに矢を放り投げた。それを慌ててハルは手を差し出して受け取る。


「――何で、こんなものを持っている?」


 ハルが訝しげにして問うと、クロエはカラカラと笑った。


「最近、国を興したマナの女神を信仰する小国が神器として祀っておったからのう。埃を被せておくのは勿体ない代物じゃから、ちょいとばかり()()()()()だけじゃ」


「盗品かよ。しかも()()()()の力を持っている代物を俺に渡すとか、趣味が(わり)い……」


 ハルが苦笑いを浮かべながら右手に握っていた弓を左手に持ち直すと、クロエはニヤリと(いと)わしい笑みを浮かした。


「良く狙えよ。それは取って置きじゃからの」


「ああ……」


 頷き返事を口にすると、ハルは足を肩幅程度に開いて姿勢を正し、手にした弓を構える。“破魔の矢”を(つが)え、弦を引き絞っていく。


 ハルの行動を目にし、クロエは一歩前に歩み出て、鋭さを宿した深紅色の瞳をイツキと対峙して暴れ回るドラゴンゾンビに向ける。

 やにわに再び右手を中空に構えると、その(てのひら)の上に一つの小瓶が現れた。それを手に取ると――、小瓶の蓋を片手で器用に開け、中味を一気に煽った。


 微かにハルの鼻を掠めた錆びた鉄のような匂いに――、彼は小瓶の中身が血であることを察する。


「わらわの属性はのう、“(そら)”じゃ。“(そら)”は(くう)(くう)は無。無から有を生み出す――。それが、わらわの真なる力じゃ」


 悦楽を含んだ声音で綴られるクロエの言葉。それを耳にして、ハルは眉を(ひそ)める。


 クロエの口にした“(そら)属性”は、この世界に扱える者がほぼ存在しないと言われるものだった。

 無から有を生み出す、全ての属性を操る“創造の力”と称される。それは、ハルの知る限りで、“傲慢”を冠する人物が操るという噂話だけであった。そして、さような能力をクロエが有するということに、吃驚してしまう。


 だが、ハルの驚きなど気にも留めず、クロエは手にした小瓶を投げ捨てる。


 カンッ――、と。クロエが放り投げた小瓶が床板を叩き、音を立てる。すると、その音を合図としたように、ドラゴンゾンビの気を引いていたイツキの顔色が変わった。


「お、おう。クロ(ねえ)が本気出したか。退避する準備しておかねえと……」


 床板を蹴り、尚もドラゴンゾンビに向かって斬り掛かりの動作を取りながら、イツキが独り言を漏らす。

 イツキが傍目(はため)に映し、ハルが背を見やる形となったクロエは、静かに右腕を掲げ上げた。


 クロエが腕を掲げ上げたと同時に――、辺りに魔力の渦が立ち昇っていく。彼女の白銀の髪が風を孕んだようになびき、周りを囲み込んで可視化された魔力は青い光を放ち、まるで静電気のような弾ける音を立て始める。


(静電気? ――いや、これは雷の魔法か……!)


 弓を構えたままの姿勢でハルは一顧する。彼の脳裏に幽霊船に乗り込む前に、クロエが航行船の船長に語っていた言葉が掠めた。


 ――『雷が鳴り、稲光が見える頃――、風が再び吹く』


 そうクロエは口にしていた。

 そのことを思い出し、クロエが初めから“風属性”の魔法である(いかづち)を操る算段でいたことにハルは気付き、舌打ちを小さく打つ。


(本当に勿体ぶるばっかりだな。こいつは――)


 内心でハルは悪態を吐露する。船の魔物討伐でも力を行使すれば、すぐに片が付いたものをと。そう思わずにはいられなかった。


 かようなハルの思いを感じたのか、クロエの唇が可笑しげに歪んだ。だが、彼女は意識を集中させたまま、彼に向き直ることはしなかった。


「<――我は“怠惰”を冠する者、クロエ・ルメール。我が名の下に集いし、無より生まれた裁きの(いかづち)よ。矛となりて、我が前の敵を打ち砕かんっ!!>」


 覇気のある凛とした声で紡がれたクロエの言の葉。それに呼応するように、渦となっていた魔力が天井をすり抜け上空へ昇った。次の瞬間、ドラゴンゾンビの身体の下と頭上に淡い光を宿す魔法陣が姿を現す。

 淡く光る魔法陣は、次には光を強くしていったかと思うと――、辺りに帯電による青い稲光を発し始める。


 それを認めたイツキが後方に跳躍し、ドラゴンゾンビから身を離した刹那――。


 耳を(つんざ)くほどの轟音。それと共に稲光を発生させ――、(いかづち)がドラゴンゾンビの身体を包み込む。

 光苔の心許ない灯りに照らされていた仄暗い船倉が、(いかづち)の放つ光により真っ白に染まる。


「ゴアアアアアアアアァッ!!」


 魔法陣から漏れ出した(いかづち)は床板や壁板を打ち砕き、ドラゴンゾンビを飲み込む。ドラゴンゾンビは猛り狂う咆哮を上げ、その身を震わせて暴れた。

 暴れれば暴れるほど、(いかづち)はドラゴンゾンビの身体を穿つ範囲を広め、徐々にその身を崩していく。見る見る内に腐敗した身体は黒く焦げた色に染まり崩れ落ち――、沈黙する。


「放つぞ――っ!!」


 好機を見出(みいだ)したハルは声を発すると、弓に(つが)える“破魔の矢”を放つ。

 放たれた矢は聖なる光の軌跡を尾に引き――、再び形を成し始めたドラゴンゾンビの放出させる黒い瘴気の渦を掻き消しながら、後方に鎮座するフォアマスト。そこに刻まれる歪な竜を象った“呪いの烙印”を捉えていた。


 矢が木に突き刺さる甲高い音が船倉に鳴り響く。その途端に船が蠢き、悲鳴じみた不穏な気配が辺りを漂い、ハルは顔を(しか)めた。


「――これで、(しま)いじゃっ!!」


 “呪いの烙印”が黙したのを認め、クロエが床板を蹴って駆け出す。

 クロエの手には彼女が日除けとして愛用している真っ白な日傘が握られ、その先端で勢い良くフォアマストに刻まれる“呪いの烙印”を貫いた。


 船が再び軋む音を立てる。パラパラと木片が天井から降り注ぎ、あたかも船全体が痛みに打ち震えているような動きを見せる。

 しかし、それも僅かな時で――、すぐに幽霊船は静かな空気に覆われていった。

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