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呪いの烙印シリーズ・短編集  作者: 那周 ノン
【ハルとビアンカの物語・第一部】
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ビアンカとゲンカク師匠②

 再度、棍術の鍛錬試合を行い始めたビアンカとゲンカク――。


 ビアンカは、棍を懸命に取り回し、ゲンカクに向かっていく。

 ゲンカクの方はというと――、至極楽しげにビアンカの打ち込んでくる棍を軽々と()なすように、自身の持つ棍で一撃一撃を受けていき、その度に木同士の当たる乾いた音が鳴り響く。


 ビアンカが右から棍を勢い良く打ち込んでいくと、ゲンカクはそれを受け流し――、右手に握っていた棍を背後へ取り回して左手に持ち替え、隙のできたビアンカの右側へ薙ぎ払う動作を見せる。

 だが、ビアンカは勘良くゲンカクの動作を見据え、右側から薙ぎ払われてきたゲンカクの棍を、咄嗟に後ろに飛び退くことで(かわ)していた。


「ほう。よく避けなさった」


 そのビアンカの素早い退避行動に、ゲンカクは感心したように声を漏らす。

 ゲンカクからの感嘆の言葉を聞き、ビアンカはどこか満足げな表情を微かに浮かべた。


「――じゃが、油断大敵よ。ビアンカ嬢」


「きゃっ!!」


 ゲンカクの言葉に油断していたビアンカは――、一瞬の隙をつかれ、素早く身を屈めたゲンカクから棍での足払いを喰らっていた。

 ゲンカクからの棍での足払いを貰ったと同時に、ビアンカは短い悲鳴を上げバランスを崩したかと思うと、ものの見事にその場に尻もちをつく。


「むー……。ゲンカク師匠、ズルいっ!!」


 尻もちをついたビアンカは、不服そうな眼差しでゲンカクを見上げ、抗議の言葉を口にする。


「ほっほっほ。一瞬の油断は――、命取りになることは忘れぬようにのう」


 ビアンカの不服げな物言いに対して、ゲンカクはさも可笑しそうにし、長く伸ばした白い髭を手で(もてあそ)んで笑うのだった。



 そんなビアンカとゲンカクの鍛錬試合の様子を見守っていたハルは――、ゲンカクが大分手加減をし、ビアンカの相手をしていることに気付いていた。

 ビアンカ自身は本気で挑んでいるようであったが、恐らくゲンカクはビアンカの無駄の多い動きとすぐに調子に乗ってしまう性格を見抜き、それをビアンカ本人に悟らせようとして立ち回っている。そうハルは、二人の動きを見ていて思う。


(ビアンカは勘が鋭いみたいだけれど――、ゲンカク師匠の攻撃を(かわ)せたと思うと、そこで(かわ)せたことに安心して油断するみたいだな)


 ハルはビアンカの動きを観察し、彼女の性質に思わず笑みを零す。


(まあ――、子供の思考じゃ、それも仕方ないか……)


 訓練の最中で、対峙する相手の攻撃を上手く()なせた際や褒められた際、つい得意げになってしまう行為。子供故の単純な思考能力――。

 そのことは、ハル自身にも身に覚えのある感覚だった。そのために、ビアンカの気持ちも分からないものではないと、ハルは苦笑する。


「――やっているな。“鉄砲玉娘”にも困ったものだな」


 ビアンカとゲンカクの様子を見守っていたハルの視界の外から、不意に声が掛かった。

 驚いたハルが声のした方へ目を向けると――、そこにはハルと同じよう、苦笑いを微かに浮かべて佇むミハイルの姿があったのだった。


「ミハイル将軍! お戻りになられていたのですね!」


 ミハイルの姿を見とめたハルは慌てて立ち上がり、ミハイルに深々と頭を下げて敬礼の仕草を取る。

 しかし、ミハイルは深く頭を下げて敬礼をするハルに「構うことはない」――と声を掛け、頭を上げさせた。


「君も我が家の“家族”となったのだ。そのように(かしこ)まらずとも良い。気楽に接してくれ」


「はい、恐れ入ります……」


 さように言われても、ハルにとって、ミハイルは仕えるべき上の立場にいる人物なため、思わず(かしこ)まった態度を取ってしまう。

 ハルはミハイルの心の広い優しい心遣いに対し、できた人間だ――と。内心で感嘆の思いを抱く。


「今回の遠征は、予定よりも早くお戻りになれたのですね」


 思いも掛けず、遠征へと出立していたミハイルが早く戻って来たことに、ハルは問い掛けを口にする。するとミハイルは、ハルの言葉に頷き、返事をした。


「西の砦付近に棲みついたという山賊たちの討伐が、予定していたより早く済んだのでな。早々に切り上げることができたのだよ」


 リベリア公国の将軍という任に就くミハイルは、リベリア国王からの勅命で、西の砦付近の山に棲みつき、近辺の村々を荒らして回っていた山賊たちの討伐へと赴いていたのだった。

 予定であれば、西の砦を拠点として一ヶ月ほどの遠征の任になるはず――と出立の際、ミハイルが直々にウェーバー邸に仕える者たちに話をしていた。だがしかし、それは(わず)か二週間ほどの期間で済み、こうしてミハイルはリベリア公国に戻って来られていた。


「これも――、部下が優秀なお陰だな」


 ミハイルは微かに笑みを浮かべ、(ねぎら)い言う。


 ミハイルの口にした言葉に反応を示したのは――、彼の後ろに静かに控えていた二人の年若い青年。その二人の青年――、ヨシュアとレオンは恐縮そうにし、ミハイルへ会釈をすることで返礼した。


 ヨシュアとレオンは、最近になり正式な騎士として叙階(じょかい)を受け、ミハイル直属の騎士団に配属となった十九歳という年齢の青年たちである。

 そうして、ハルがミハイルによって南の砦からリベリア公国へと連れ帰られてきた時に、ミハイルと共にヨシュアとレオンも南の砦に訪れていたので、ハルとも面識のある二人だった。


 ヨシュアとレオンに気付いたハルは、目配せで二人に挨拶を交わす。

 ハルに目配せで挨拶をされたヨシュアは人当たりの良い笑みを浮かべ片手を軽く上げて返し、レオンは不愛想とも取られかねない寡黙な雰囲気で会釈をする。


「そういえば、ミハイル将軍にお聞きしたいことがあるのですが……」


 ハルは思い出したように、ミハイルに向け声を掛けた。


「ん? なんだ?」


「ビアンカは……、なんで棍術なんて習っているんですか?」


 それは――、先ほどハルが、ビアンカとゲンカクの棍術鍛錬を目にし、感じた疑問であった。

 ハルの問いを聞き、ミハイルは「ああ……」――、と嘆息(たんそく)の様を見せる。


「あれはな――」


 ミハイルは苦々しい印象を受ける表情を浮かべ、口元に手を当てて頭痛の種を吐露するように話し始めた。


「毎年、秋になると彼方此方(あちこち)の国で、祝祭として“豊穣祈願大祭(マナ・ファッシング)”という祭りが行われるだろう。このリベリア公国も例に漏れず、“豊穣祈願大祭(マナ・ファッシング)”が執り行われるのだが……」


 そこでミハイルは一度、言葉を切る。


 因みに“豊穣祈願大祭(マナ・ファッシング)”とは、“全知全能の女神・マナ”を(あが)め讃える世界宗教の風習の下で、世界各国で秋に執り行われる豊穣祭である。

 この時には、“全知全能の女神・マナ”を“豊穣の女神”と名称を変えて祀り上げ、その年の豊作を祝い感謝をすると共に、次の年の豊穣を祈願するために行われる。国を揚げての(まつりごと)であり――、そのことは、世界各地を放浪していたハルも認知していた。


「その“豊穣祈願大祭(マナ・ファッシング)”が、何か関係あるんですか?」


 言葉を切ってしまったミハイルに、ハルは更に言葉の続きを促すための問いを投げ掛けた。そのハルの問いに、ミハイルは頷く。


 ミハイルが語り始めたビアンカが棍術を習う経緯(いきさつ)となった話は――、ハルの予想していない答えとなって返ってくるのだった。


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