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呪いの烙印シリーズ・短編集  作者: 那周 ノン
【ハルの軌跡噺】
19/43

邂逅遭遇②

「それは……」


 クロエが放った問いに、ハルは言い淀む。

 その答えを――、ハルは知っていた。


 人間が悪戯に魔族を殺めるということは、それは(すなわ)ち、魔族からの遺恨を買い“呪い”を受ける可能性を秘めている。


 魔族は生まれながらに、強い魔力を有する種族であった。そして、気が遠くなるほどの過去に、人間との間に起こした戦争――、“聖魔戦争”により敗退を記したことで、魔族は人間に迫害を受けることとなった。

 自らの非を認めた魔族は人里を離れて隠れて暮らす者が多かったとされるが、そうした無抵抗の魔族たちをも人間は炙り出し殺めていった。そんな中――、人間を心の底から憎み、恨みを募らせた魔族が死の間際に遺したもの。それが“呪い”だった。


 それらを思い、ハルは革の手袋を嵌めている左手で船の手摺を強く握り、奥歯を噛む。


(こいつは人間のために、同胞(はらから)を殺めているっていうのか……?)


 ハルは一つの答えに辿り着く。


 魔族という種族は“聖魔戦争”で人間に敗れた後、人間による“魔族狩り”と呼ばれる迫害と虐殺が行われるようになったことで、同族間で結託をして同胞を尊重する信念を持つに至った。

 その同族を裏切り、殺めているという目の前の女性――、クロエが何故(なにゆえ)にさような行為を取っているか。ハルは思い及んだ事実に眉を(ひそ)める。


「どうした? おんしが、この意味を知らぬわけではあるまいに?」


 口を開かないハルを促すように、クロエは再度と問いを投げ掛ける。語り掛ける彼女の目元は、意地悪げに目を細めて、目尻に微かな皺を寄せていた。

 答えを待ち黙したクロエを傍目(はため)に映し、ハルは口を(つぐ)んでいたが――。遂には無言で見つめられることに耐えられなくなり、身体ごとクロエに向き直る。そして、赤茶色の双眸でクロエを射抜き殺さんばかりに見据えた。


「何をどう言われようと、俺はあんたを信じない」


 意思のある声音で、ハルは言い放つ。

 するとクロエは深紅の瞳を丸く見開き――、次には可笑しげにコロコロと笑い出す。


「ほんに頑固な小童(こわっぱ)じゃのう。聡いおんしが答えに行きつかぬとは、言わせぬぞえ?」


 尚も鋭い眼差しを向けるハルに、クロエは言う。


 クロエの発問。それは、ハルが真実を領得しているのを分かっている上での問いだった。だが、クロエは敢えてハルに問うた。ハルにクロエが行っている所業の意味を、彼の頭で考えて知らしめるために。


「何を言われようと、あんたが行っていることは俺から見れば“同族殺し”だ。それを『人間のため』とかいう、綺麗事を言うことで済ませようとしているんだろう?」


 ハルは更に悪態とも、(おとし)めるともつかない言葉を吐き出す。

 そんなハルの発言にクロエは「やれやれ」――、と。肩を竦めて嘆声(たんせい)を零した。


「――『真実は時に、捻じ曲げられて伝えられる』とは、かくの(ごと)きじゃのう。()()()()人間たちは、自らの恩人を(あざけ)(おとし)めるのが好きなようじゃ……」


 ハルが噂話を信じて自身に壁を作っている。そうクロエは考えたのであろう。まるで憐れむような瞳で、ハルを見据えた。

 そのクロエの眼差しに、ハルは内心でイラつきを覚え、歯噛みをする。


「――ともかく、俺はあんたなんかに用は無いんだ。俺に構わないでくれ……っ!」


 吐き捨てるように言うと、ハルはその場から離れようと(きびす)を返した。

 だがしかし――、ハルに目を向けていたクロエは、くすりと不敵な笑いを零す。


「さような態度じゃと、探し人にも逃げられるぞえ? 女子(おなご)は、そんに短気で怒りっぽい男を苦手とするところがあるからのう」


 かようなクロエの一言に、ハルは歩みを進めていた足を止め、勢い良くクロエに向き直った。クロエを再び見据えたハルの表情は驚愕の色を宿し、「何故それを知っている」と雄弁に物語る。

 ハルの驚いた面持ちを目にし、クロエは口元を歪ませた。


「どうして、それを……っ?!」


 絞り出すような声でハルは問う。


 クロエの発した言葉の意味を、ハルは瞬時に察していた。

 ハルが旅をしている理由――。そのことをクロエは遠回しに口にしたのだった。


「ふふ……、わらわの視野は広いのじゃ。蝙蝠たちが教えてくれるでな。“喰神(くいがみ)”のおんしが、何故(なにゆえ)に旅などをしておるかは……、存知しておるぞ」


 クロエは言うと、くつくつと笑う。彼女のそうした不遜な態度の一つひとつが癪に障ると、ハルは思う。


「そうさのう……。わらわの手伝いでもしてくれれば――。おんしに有益になるであろう情報を一つ、授けてやらんこともないぞえ?」


「はあ……?!」


 唐突にクロエが発した言葉にハルは怪訝な表情を浮かし、眉間に深い皺を寄せる。


「何で、お前なんかの手伝いを……っ!」


「取引の持ち掛けじゃよ。おんしが“呪い持ち”じゃと憶測しておる()の存在に、一歩でも近づけるやも知れぬ情報を、わらわが直々に与えてやろうと申しておるのじゃ」


 涼しげな面持ちでクロエは淡々と紡ぐ。


(――俺の憶測のことまで知っているのか。しかし……)


 悪い取引では無いのでは。そうハルは内心で考える。


 ハルが探し求めている存在は、その噂が一切、耳に入ることの無い不思議な人物であった。


 今は亡き母親から聞かされた話では、ハルの探し人――。彼の命の恩人である女性は、初見顔である“調停者(コンチリアトーレ)”の従者をしていたという。

 そうして、その女性は“喰神(くいがみ)の烙印”を伝承する隠れ里の一円を取り囲む、結界が張られ、“喰神(くいがみ)の烙印”に所縁(ゆかり)のある者でないと行先を失ってしまう森を迷うことなく歩み、幼かったハルを隠れ里に送り届けてくれた。


(これらを考えると――、あの人は、“呪い持ち”だったんじゃないか。そう思っていたが……。その情報を聞き出せるならば……)


 女性に関する情報が少しでも得られるのであれば悪くないと。ハルは心中で思いを馳せる。

 しかしながら、魔族と取引を行うなどということは、ろくなことになりそうも無い。そうも頭の片隅を過った。


 止めておけと、本能が警鐘を鳴らす。だが、この機会を逃してしまえば、もしかしたら探し人である女性の元に辿り着くことが遠のいてしまうかも知れない。


 胸中で遅疑逡巡としていたハルであったが――。不意と覇気を帯びる眼差しで、クロエを睨むように見やった。


「約束は、(たが)えるなよ……」


 低く凄みのある声音でハルは零す。

 クロエはそれに満足そうに口角を押し上げて笑みを浮かし、幾度か頷いていた。


「良き判断じゃな。ならば契約成立としようかのう」


 首を縦に動かしながらクロエの発する言葉に、ハルは不服げにしていた。その様子は致し方無いという気配を隠す気が見られないのを、クロエに感知させる。


「――んで、手伝いって何をするんだ?」


 不愉快この上ない思いを醸し出す態度を見せながら、ハルはクロエに問い掛ける。そのハルの様相にクロエが、また一つ愉快げに笑いを漏らした。


「そうさのう。今は未だ――」


「おっ、クロ(ねえ)。こんなところにいたのか」


 ハルの問いにクロエが答弁しようとして口を開くと――。その言葉に被せるようにして、声が掛けられた。それは男性の声であり、ハルは咄嗟に背後から聞こえた声に反応を示し、後ろを振り向く。

 自身の背後へ首を傾け振り返ったハルは、あることに思い至っていた。


(そういえば、こいつ――、クロエとつるんでいる奴がいたな……)


 しまったな――、と。内心でハルは思考する。


 旅の合間で度々と見掛けていたクロエ。その彼女は――、いつも一人の青年と連れ立って行動をしていた。そして、その青年の正体をハルは了していた。


「遅いぞ、イツキ。いつまで掛かっておるのじゃ」


 クロエはハルの背後に向かい、高圧的な物言いで言葉を発する。

 さようなクロエの発言に――、ハルが見止めた青年は、苦笑いを表情に浮かべて歩んでくる。


(チッ――。やっぱりか……)


 クロエとハルの元に歩み寄って来る青年を目にして、ハルは舌打ちをする。そして、案の定と言いたげに、その人を睨みつけていた。


 ハルにも見覚えのある青年は、蘇比色の髪を襟足辺りで一括りに結った、銀色の双眸を有する――、ハルより少しだけ歳が上だろう見目をしていた。

 クロエにイツキと呼ばれた青年を目にして、ハルは顔を(しか)める。


(太古の魔族と、()()の魔族の組み合わせ。――最悪だな……)


 クロエとイツキを交互に見やり、ハルは内心で謗言(ぼうげん)を吐露する。

 そうして、自身の浅はかな考えと運の無さを嘆くのだった。


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