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呪いの烙印シリーズ・短編集  作者: 那周 ノン
【ハルの軌跡噺】
14/43

“無垢”と“縁”と②

「――え? じゃあ、カタリナさんは、元々リベリア公国の城下街に住んでいた方なんですか……?」


「ええ、そうよ。――ただ、私がね。あまり身体が丈夫じゃないから。主人が、『人が多くて騒がしい、空気が淀んでいる城下街にいると、お前にもお腹の子にも良くないだろう』って言いだしてね」


 カタリナは言いながら、くすくすと可笑しそうに思い出し笑いを零す。


 ハルがカタリナの抱えていた荷物を持ち、訪れた家。

 そこは――、夫婦二人が暮らすには、いささか大きすぎるのではと。ハルが感じるほどの建て構えをした屋敷であった。


 町のどの家よりも立派な、貴族の別荘――。

 さような印象を、ハルはその屋敷を目にして抱いていた。


「はあ……。それで、どうしてこの町にしたんですか?」


 屋敷の中に案内をされたハルは、カタリナの代わりに彼女が買い出してきた荷物の仕分けをし、指定された場所へ収めながら問う。


「ここって自然も豊かだし、長閑(のどか)な町でしょう? 私の療養と出産準備までの間に、静かな場所で過ごさせたいって主人がリベリア公国の偉い人に言ったら、その人の別荘を暫く使って良いって言ってくれたんですって――」


 カタリナの話を聞き、ハルは眉を寄せる。


(――と言うことは。カタリナさんのご主人は、リベリア公国の要人かなんかの立場の人なのか……?)


 そうすると、カタリナは貴族の奥方なのだろう。そうハルは勘付いた。


(確かにおっとりした雰囲気で――、どこかの箱入りお嬢様が貴族の家に嫁いだって言えば、納得はできるかも知れない人だな)


 そんなことを、ハルはカタリナを見ていて思う。


 カタリナは警戒心のようなものが無く、非常に朗らかな性格の持ち主であった。良く言えば寛大、悪く言えば天然。

 ハルが思うに、恐らくは「人を疑う」ということを知らないのだろうと。そう見なしてしまうほどに、カタリナはハルを快く受け入れていたのである。


 カタリナの代わりに荷物持ちをし、彼女を家まで送り届けたハルは、そこで自身の差し出がましい行いで担った役割は終わりだと思っていた。

 だがしかし、カタリナから礼がしたいので屋敷に上がっていくように言われ――、半ば強引に招き入れられる形となっていたのだった。


「――でね。ここはリベリア公国とも、同盟を結んでいる国にある穏やかな町だし。リベリア公国とも然程(さほど)遠すぎもしないし。それなら、お言葉に甘えちゃいましょうかっていうことで、暫く滞在することになったのよ」


 ハルの考えなど露知らず、カタリナは尚も、この町に暮らすことになった経緯を語る。


「ここの屋敷では、ご主人と二人で暮らしているんですか?」


 貴族の別荘――、という印象を最初に抱いたハルの考えは、外れてはいなかった。

 しかしながら、屋敷に戻ったカタリナを出迎える使用人などの姿は無く、そのことにハルは疑問を抱く。


「主人は、リベリア公国で騎士をしているから、なかなかこっちには来られないのよ」


 ハルの問いに、カタリナはゆるゆると(こうべ)を振るって答える。


「普段は二人、この町出身の家政婦さんが来てくれているんだけどね。近々、町の中で“春の花祭り”があって、それの準備で忙しいって言うから。そっちを優先してもらっているのよ」


「ええっ?! ご主人、リベリア公国の騎士様なんですかっ?!」


 朗らかにさりげなく口に出されたカタリナの言葉に、ハルは驚いた様で反応を示した。

 貴族だろうと思っていたものの、まさか騎士の家柄だったとは、ハルも考え及ばなかったのだ。


「そうよ。リベリア公国第三師団の団長――。そろそろ将軍の地位への辞任があるって。この前、ここに来た時に話をしていたかしら……」


 その話を聞いた時のことを思い返しているのだろう。カタリナは小首を傾げ、右手の人差し指を頬に当て、ハルから視線を外して口にする。

 そんなカタリナの語る内容に、ハルは唖然とした表情を浮かべてしまう。


 呆気に取られた面持ちを見せるハルを目にし、カタリナはくすりと笑った。


「そんなに驚かないで。主人は――、ちょっと頭が固くて職務に忠実な人だから。それでリベリア国王陛下の御眼鏡に適っただけよ」


「いや……。充分に凄いことですよ。それって……」


 自身の伴侶を謙遜するカタリナに、ハルは苦笑いを浮かべて言う。

 するとカタリナは再び小首を傾げ、「そうなのかしら……?」――と。あまり凄さが分かっていない様子を醸し出し、言葉を返していた。


「はい。それは……、ご主人の辞任が決まったら、凄く喜んであげることだと思いますけど……」


「そう? そうしたら、――次にミハイルが来た時に褒めてあげなくっちゃ」


 ハルの諭しに、カタリナは意気揚々とした様相を窺わせる。


「あはは。是非、そうしてあげてください。――っと、これで全部収納できましたけど、この林檎はどこに置いておきますか?」


 買い出しの品の収納がてら話をしていたハルは、それを終え――。収納場所の指定が無かった幾つかの林檎の処遇を、カタリナに指示を仰ぐために問い掛けた。


「林檎……、美味しそうだったから。つい買いすぎちゃったのよね……」


 ハルの示した林檎は真っ赤に染まり、彼の目から見ても美味しそうに熟れていると思うものだった。

 なので、カタリナが美味しそうと思い買いすぎてしまったという気持ちも、ハルには分からないものでは無かった。


 しかし、ハルに指し示された林檎を目に、カタリナは嘆息(たんそく)を漏らしていた。――かと思うと、何かを思いついたのか、カタリナは困り気味にしていた表情を変える。


「ねえ、ハル君。荷物を運んでもらって、しかも収納まで手伝ってもらっちゃったし。――お礼に、幾つか持って行ってくれないかしら?」


「ええええ?! そんなの良いですって!!」


「このまま置いておいても、食べきれないで腐らせちゃうだけだもの。ねえ、お願いっ!!」


 カタリナは言うと、両(てのひら)を合わせて懇願の仕草を取る。

 そのようなカタリナの態度に、今度はハルが嘆息(たんそく)を漏らす羽目になった。


「――分かりました。ありがたく……、幾つかいただきます……」


「ありがとう、ハル君。助かるわ」


 ハルがカタリナの申し出を受け入れる言葉を口にすると、カタリナは嬉しそうに顔を綻ばせる。


「それより、お茶も出さないでごめんなさいね。――今、準備をするから。ハル君は椅子に掛けて休んでいて」


「いえ、本当にお構いなく……」


「良いから、遠慮しないで。本当に何から何まで手伝ってもらっちゃったから。お礼にお茶くらいはご馳走させて」


 カタリナは優しげに笑みを浮かべ、ハルに椅子に座るようにと、食堂(ダイニング)になっている――、その部屋の椅子を引いて促した。


「はあ……。何か、すみません……」


 押し付けがましい訳では無く、純粋に好意として自身の考えを通してくるカタリナに、ハルは押され気味になり、半ば諦めた情態を醸し出しながら、カタリナの言葉に甘える(てい)を見せる。そして、カタリナに促されるままに、彼女が引いて示した椅子に腰を掛けた。

 ハルが素直にダイニングテーブルの椅子に腰掛けたのを見止め、カタリナは笑みを崩さぬままに満足げに小さく頷き、台所(キッチン)へと足を運んでいく。


「林檎も余らせちゃうと勿体ないし。剥いちゃうから、食べていってね」


「はい、ありがとうございます。ご馳走になります」


 もう断りの言葉を述べても無駄であろう――、と。ハルは察したため、従順にカタリナの言葉に返礼をしていた。


「――あ、そうそう。これはハル君のお持ち帰り用ね。お腹が空いた時とかに食べてね」


 カタリナは言いながら、ハルが腰掛けた目の前にあるテーブルの上に、真っ赤な林檎を幾つか置いた。

 そうしたカタリナの親切心に、ハルは苦笑いを浮かべてしまうのだった。


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