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呪いの烙印シリーズ・短編集  作者: 那周 ノン
【ハルの軌跡噺】
13/43

“無垢”と“縁”と①

 “フリーデン都市国家”。そこは、東の大陸で唯一の港町が存在する国だった――。

 その国は、争いごとに関しては消極的であり、騎士団などといった自国の軍組織を持たず、戦禍に対して常に中立の立場を取る国である。


 北方には、(こう)である温厚な国王が統治する“リベリア公国”が領土を持つ。

 東方に、多くの騎士を輩出してきた歴史の根深い国、“カーナ騎士皇国”が存在する。


 フリーデン都市国家は、このリベリア公国とカーナ騎士皇国と合わせ、三ヶ国同盟協定を交わしていた。フリーデン都市国家が戦乱に巻き込まれることとなれば――、リベリア公国やカーナ騎士皇国から騎士団が派遣され、この国を代わりに守る。そのような取り決めが成されている。

 それは、フリーデン都市国家が東の大陸で唯一の港町を有している国であり――、他大陸との交易の(かなめ)となっている故に、三ヶ国で裁決されたものとなっていた。


 争いごとは好まない平和な国――、というのが、フリーデン都市国家の特徴だった。

 その国内に暮らす人々も、非常に温厚で国の性質同様に争いごとを好まない国民が多い。


 心安らかに過ごしやすい国として名の知れたその地で――、ある(えにし)の糸が、知らず知らずの内に結ばれる出来事があった。



   ◇◇◇



 フリーデン都市国家領内。リベリア公国とカーナ騎士皇国との国境近くに存在する長閑(のどか)な雰囲気の町に、旅装(りょそう)を身に(まと)った赤茶色の髪に同じ色の瞳をした少年――、ハルは訪れていた。


 ハルは自身の生まれ故郷――。カーナ騎士皇国領内の深い森の奥に存在していた、“喰神(くいがみ)の烙印”の呪いを伝承する隠れ里を、逃げるように飛び出している。そうして、その後に六百年ほどの合間、故郷がある東の大陸から足を遠ざけていたのであった。

 だが――、ふとした心変わりがあり、ハルは久方ぶりに東の大陸の地を踏みしめていた。


(あー……。こんな町、俺が旅を始めた頃は無かったよなあ……)


 初めて訪れることとなった町を、物珍しげに見回しながら、ハルは感慨深げに思う。


 ハルが東の大陸を離れ、早六百年以上。その間に、東の大陸には彼の過去の知識にあるよりも、数多くの町や村が彼方此方(あちこち)に建てられていた。

 それだけ人間というものは、能動的に――。日々、絶え間なく自らの生活を、より過ごしやすい環境へと変えていく。そのことにハルは呆れを通り越し、感心してしまう。


(――新しい国や街を(おこ)したって、いつかは消えて無くなるものなのに。本当にご苦労なことだよな。全く……)


 そんな本音をハルは、心中で吐露する。


 ハルは“喰神(くいがみ)の烙印”の呪いを継承し、不老不死の“()()()()()()”となり永い時を生き続ける。

 そして、ハルが学んだことといえば――、「普通の人間に対しての諦めの心」だった。


 永い旅の最中でハルは、様々な種族の者たちと出会う機会があった。

 それは、古に滅びたと言われている魔族やエルフ族。動物の特徴を兼ね備えた亜人族など、実に多岐に渡る。

 そうして、この世界に暮らす種族の中で――、人間だけが(いくさ)を起こし、相容れない種族を迫害し、また同族間での殺し合いをすることを(いと)わない。そんな醜い特性を持っていると、心づく。それ故に、人間に対してのハルが持つ評価は、至極辛辣なものだった。


 ――今は綺麗に軒を連ねている家も、戦争が起きれば壊されて無くなる……。


 ハルは歩みを進めていく道すがら、町の様子を目にして思う。

 それが果たして何年先になるか――。もしかしたら明日にでも、それは起こるかも知れない。


 さような不穏な考えを胸中に渦巻かせながら、町の通りを歩んでいたハルは、はたとその足を止めた。


「あっ――!」


 ハルの口から、意図せずに小さく声が漏れだす。

 声を漏らしたハルの視線の先には――、ある女性の姿が映る。


 ハルが目にした女性は、ふんわりとした癖気味の亜麻色の長い髪に、翡翠色の瞳をしていた。

 自身の想い人である――、彼の命の恩人でもある女性。ハルが六百年以上の永い時を費やし、探し続けてきた女性。

 その女性と良く似た雰囲気を漂わせる存在が、目の前の通りを横切っていったことに、ハルは息を呑んだ。


 だがしかし――。


(凄く良く似ている。けど、あの『お姉ちゃん』より、少し歳が上の感じだし。――それに、身重の人だな……)


 目の前を通っていった女性を、ハルは赤茶色の瞳を向けて追うが――。

 彼が目にした女性は、両手いっぱいに荷物を抱え――。そして、身籠っているようで、その腹部が大きく張り出していることにハルは気付く。


(――だけど、雰囲気が良く似ていたな……)


 他人の空似だろうか――、と。ハルは思い、人違いであったと気を改め直し、町の散策を再開しようとした時だった。


「あらっ! あらあら……っ?!」


 ハルが女性の横を通り過ぎようとした瞬間に、その女性が慌てを含んだ声を上げ始めた。

 驚いたハルが女性に目を向けると――、女性が両手いっぱいに抱えていた荷物の袋から、いくつもの果物や野菜が零れ落ちているのをハルは見止める。


「やだ……っ、大変……っ!」


 女性は零れ落ちていく荷物の様子に慌て、身を屈めるが――、大きく張り出した腹が邪魔をして非常に億劫(おっくう)そうな動きを見せる。そうして、無理に身を屈めたせいで、彼女の持つ荷物から更に果物たちが逃げ落ちていってしまう。


「ああああ。ちょっと逃げないでよお……っ!」


 女性は転がって逃げていく果物や野菜に、無意味にも静止の声を投げ掛け、あたふたと手を伸ばす。


「あっ! 俺が拾ってきますんで。お腹が大きいから、身体を屈めるの大変でしょう。無理をしないでくださいっ!!」


 女性の有様を目にしていたハルは――、慌てて声を張り上げていた。

 そんなハルの声掛けに女性は身を屈めたまま、ハルを見上げキョトンとした表情を見せる。


 女性が呆気に取られた様子をしているのをハルは意に介さず、女性の元から零れ落ちていった果物や野菜を手際よく拾い上げていく。

 果物たちを拾ったハルは微かに苦笑いを浮かべ、女性の手にしていた袋にそれらを差し入れていった。――かと思うと、今度は女性の手から、その荷物の袋を取り上げる。


「あ……っ?!」


 唐突に手にしていた荷物を取り上げられた女性は、驚いた声を発する。驚きに翡翠色の瞳を見開いた女性に――、片手で荷物を抱えたハルは右手を差し伸べる。


「――荷物、持ちますよ。立てますか?」


 手を差し伸べ、ハルが発した言葉。それを聞いた女性は、驚いた面持ちを、ふわりとした穏やかな笑顔に変えていた。


「どうもありがとう。優しいのね」


 女性は嬉しそうに言うと、差し出されたハルの手に、甘えるように自身の手を重ねる。女性の手が重ねられたことを確認したハルは、女性を引っ張り上げるようにして、その場に立たせてやった。


「いえ……。お節介をしてしまって、すみません」


 ハルは苦笑いを浮かべたまま、気まぐれで起こした差し出がましい行為を詫びる言葉を述べた。だが、女性はハルの謝罪に、ゆるゆると(こうべ)を振るう。


「お節介だなんて、そんなこと言わないで。凄く助かっちゃったわ。――えっと……」


 そこで女性は一度言葉を切った。その女性の様子に、ハルは女性が自分の名前を呼びあぐねいていることを聡く察する。


「俺、ハルって言います。ついさっき、この町に着いたばかりの――、“旅人(わたりどり)”です」


 ハルが軽い自己紹介を行うと、女性は優しげに笑った。


「ハル君ね。――私の名前はカタリナよ。よろしくね」


 女性――、カタリナの優しい笑みに、ハルは無意識に胸の高鳴りを感じる。


(本当に、この人は『お姉ちゃん』に良く似ているな……)


 ハルの胸の高鳴りは、ハルがカタリナの中に見出(みいだ)した――、自身の想い人の面影故のものだった。


 ――だけれど、あの『お姉ちゃん』は。もっと寂しそうな顔で笑う人だったな……。


 かつて――、自身が『お姉ちゃん』と呼んで慕っていた女性を想い、ハルはカタリナを目にしながら赤茶色の瞳を細めていた。


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