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呪いの烙印シリーズ・短編集  作者: 那周 ノン
【ハルとビアンカの物語・第二部】
12/43

絵画追福

「ハル、いるー?」


 ビアンカは声掛けと共に、部屋の扉を叩くこともせず、部屋の(ぬし)であるハルの断りも無く、その扉を開いた。

 開かれた扉から上半身だけを乗り出し、ビアンカはハルの姿を探す。だが、部屋にハルの姿は見当たらなかった。


「あれ? どこに行ったんだろう……?」


 ハルが自室に居ないことを認めたビアンカは、首を傾げる。


 ビアンカの元には、先ほどまで家庭教師が訪れていた。

 ビアンカの元に家庭教師が訪れている間、ビアンカの“護衛役”となっているハルは、その時間を自由時間として使い、決まってウェーバー邸内にある書斎か、彼に割り当てられている自室で読書をしている。

 そのことを了しているビアンカは、家庭教師の授業が終わったため、先に書斎を覗きハルが不在なことを確認していた。そうして、ハルの部屋に訪れたわけであったが――。


「ここにも居ないってことは……。中庭、かしら?」


 極稀に天気の良い日は、ハルが中庭の一角で読書をしていることをビアンカは思い出し、独り言ちる。


 中庭に行ってみようか――と、そうビアンカが思いたった時だった。

 ビアンカは、フッとテーブルに置かれた物の存在に気が付く。


 それは――、数冊のスケッチブックと木炭。それに、木炭を消すために用いるパンの耳の部分と、綿で出来た布であった。


「――スケッチブック……?」


 スケッチブックに気付いたビアンカは、持ち前の好奇心から、それに釣られるようにハルの部屋に足を踏み入れる。そして、テーブルに置かれているスケッチブックを手に取っていた。


「ハルって、絵なんか描くんだ……?」


 そんな趣味があったなどとは聞いたことが無いと、内心で思いながら、何気なくビアンカは手にしたスケッチブックのページを捲る。

 すると――、そこには、ビアンカが目にしたことの無い、多くの国や街の風景が描かれていた。


「うわ……、凄い……っ!」


 描かれている風景は――、景色を切り取り貼り付けたのではないかと。そうビアンカに思わせるほど、繊細で丁寧に描き込まれている。

 その描写は木炭で描かれたとは思えないほどで、白黒(モノクロ)の濃淡だけで表されているにも関わらず、色彩をも想像させるような上手さだった。


「ハルは……、本当に色々なところを見て回っていたのね……」


 ビアンカは、パラパラとスケッチブックのページを捲り、ハルの絵の上手さと、彼の旅路に感心してしまう。


 スケッチブックには、様々な国の街並みや城。その領地の雪山、森林、草原、海といった景色が、絵として収められていた。


 ビアンカも家庭教師から教えられる地理の勉強で教本を読み、その刺し絵の一部として国の有り(よう)を描いたものを目にする機会があったが――。ここまで詳細に描かれた絵を目にするのは初めてだった。


(――凄いなあ。今まで旅で巡ったところを、全部こうして絵に描いて残しているんだ……)


 その細密な絵の多さに、ビアンカは素直に感嘆してしまう。


「リベリア公国も、絵に描いているんだ……」


 何冊目かのスケッチブックに目を通し始め、ビアンカは見覚えのある景色を見取り、「ふふ……」――、と笑いを零す。


「これはリベリア王城。これは中央広場の噴水ね。――これは、私のお家とお庭に咲くお花の絵、かあ……」


 ぱっと見でどこを描いたものなのか分かるほど、ハルの描いた絵は巧妙だった。


 今、ビアンカが目にしているスケッチブックの絵の殆どが、リベリア公国内の景色を表したものであった。そのことが、ハルが様々な地を巡り旅を続けた後に――、どの地よりも長くリベリア公国に留まっていることを、ビアンカに実感させる。


(ハルは、また旅に出たかったりするのかしら……?)


 丸々一冊がリベリア公国の景色、というスケッチブック。それを見て、さようなことを、ビアンカは思う。


 以前に一度だけ――、ハルがリベリア公国を出て行こうとしたことがある。

 その時は、ハルが旅に出ようと思い至った経緯(いきさつ)を聞いたビアンカが、ウェーバー邸の屋根から飛び降りて引き止めるという無謀な我儘を通し、ハルを留まらせることになったのだが――。


(あの後から、ハルは旅に出たいって素振りは見せなくなったけれど。今は、どう思っているのかな?)


 自分があのような形で我儘を通したため、言い出しにくくなっているのか。そんなことを、ビアンカは考えてしまう。

 だけれども、ビアンカとしてはハルに傍にいてほしいと望む本心もあり――。その考えを拭い去るように、緩くかぶりを振るった。


 そうして気を取り直し、ビアンカは次のスケッチブックを手に取った。


「――わあ。人の絵も……、描くんだ……」


 ビアンカが次に手にしたスケッチブック。それには、今までの風景を描き映したものではなく、人物画が描かれていた。


 海鳥と共に描かれている、覇気のある眼差しを持つ青年――。

 よく似た顔立ちをした、恐らくは双子なのであろう少年と少女――。

 柔らかな微笑みを浮かべ、本を読む姿で描かれる女性――。


 その描かれた人物を目にしてビアンカは、その人物たちはハルが旅の合間に出会った人々なのだろうと察する。


「ふふ……。お父様やヨシュアにレオン……、お家の人たちまで描いてあるわ。本当、凄いなあ……」


 合間にビアンカの身内や顔見知りの人物たちも描かれており、良く特徴を捉えて描かれている絵にビアンカは、称賛の言葉を口にする。


 そして、最後の一冊となったスケッチブックを手に取り、そのページを捲ったかと思うと――。はたとビアンカは、その手を止めていた。手を止めたビアンカは、その表情に気恥ずかしそうな色を浮かべ始めた。


「これ……。私、だ……」


 ビアンカが手にした最後のスケッチブック。そのスケッチブックだけは――、ビアンカの絵だけが描き留められていたのだった。


 ハルと出会ったばかりの頃――、十歳の年齢の頃のビアンカから始まり、何ページにも彼女の絵が描かれている。

 ビアンカはコロコロと表情を変える明朗快活な性質故に、多種多様な表情で描かれているが――、基本的に屈託の無い笑顔で表されているのが特徴的であった。


(うう……。何か、私ってこんなに色んな顔をハルの前でしているんだ……)


 それらを目にし、ビアンカは自身が、ハルにとってこのように見えているのかと思い、照れ臭いようなこそばゆいような気持ちを抱く。


 気恥ずかしい気持ちを抑えつつ、ビアンカは尚もページを捲っていく。

 そうして、最後のページとなったそこに描かれていたのは――。


(――これも私の絵ね。でも、これは……)


 ビアンカが目にした、ビアンカをハルが描いた最後の絵。その絵に描かれていたビアンカは、今まで描かれていた少女らしい面持ちや笑顔のものとは違うものだった。


 その絵のビアンカは、瞳に愁いを帯びる面差しで描かれていた。年齢も――、今のビアンカより、少しだけ大人びた印象を彼女に与える。


(これは……、私、なの……?)


 自分自身が描かれているはずなのに、自分では無いような――。そのような不思議な感覚を、ビアンカは受けていた。


 ぼんやりとした様子で、その絵に見入っていたビアンカだったが――。


「うわっ!! お前、何やっているんだよっ!!」


 不意に部屋の出入り口から、ハルの慌てを含んだ大きな声が上がる。

 そのハルの声にビアンカは驚き、肩を大きく震わせてしまう。


「あ、ハル……」


 ビアンカは、まだ唖然とした表情を浮かし、部屋に足早に入ってくるハルに目を向ける。


 ビアンカの元にまで足を運んだハルは、ビアンカの手にしていたスケッチブックを、まるで引ったくるように奪い去っていた。


「勝手に人の部屋のもの、見ているんじゃないってのっ!!」


 ハルは自身の描いた絵を見られたことが恥ずかしかったのか、頬を赤くして声を荒げた。そんなハルの様子に、ビアンカは唖然とした様でいた顔を、笑顔へ変えてしまう。


「――ハル。絵を描くの、上手なんだね。上手すぎてビックリしちゃったわ」


 満面の笑みでビアンカは褒め上げる。それにハルは、更に顔を赤くしていた。


「……ガッツリ見ているんじゃない。恥ずかしいだろ」


 恥ずかしげにして、小さな声でハルは文句を口にする。

 文句の言葉の合間に、ハルはテーブルの上に置きっぱなしにしていたスケッチブックと木炭などの用具一式を集め、引き出しに仕舞い込む。


「ねえねえ、ハル。絵に描いてあった国とかのお話、今度聞かせてよ」


「あ……、ああ。また今度な。――今日はヨシュアさんが来ているから、お前に会っておきたいってさ」


「え? ヨシュアが一人で来ているの?」


 珍しい――、と言いたげな顔ばせで、ビアンカは問う。それにハルは頷いて答えていた。


 ハルはビアンカの元に家庭教師が訪れている間、馬屋番の青年――、ディーレの手伝いをしていた。その最中で予想していなかった来客として、ヨシュアがハルの元に訪れていたのだった。


「中庭で待っているっていうからさ。早く行こうぜ」


「うん。すぐ行くわ――」


 ビアンカがそう発すると、ハルがビアンカの手を握る。そのことにビアンカはキョトンとしてしまう。


「――全く。お前は油断も隙も、あったもんじゃないんだから……」


 ハルは嘆息(たんそく)気味に漏らすと、握ったビアンカの手を引き――、部屋から出て行くことを促すように歩み出す。

 そうしたハルの行動にビアンカは、余程ハルが絵を見られたことが恥ずかしかったのだろうと察し、微かに笑みを零していた。


 しかし――、ビアンカの目にした最後の一枚である絵。その絵のことを思い返し、ビアンカは心中で引っかかりを覚えていた。


(――私って、あんな表情すること、あったかしら?)


 ハルが描いたビアンカの絵。それに描かれた自分自身の絵は、煢然(けいぜん)な眼差しで描かれていた。


(なんか、凄く寂しそうな顔で……描かれていたな……)


 そのことにビアンカは疑問に思い、首を捻るのだった。


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