チョコレートなダンジョン
誰が始めたか、この大陸には友人や気になる異性にチョコレートを贈る文化がある。人と人の距離が近くなる日……と誰かが言っていたか。好いている相手に気持ちを伝えるには絶好の日と言えるだろう。
ーーただ、相手が人間とは限らないが。
■ ■ ■ ■
昼下がりの酒場。なんだか何時もと様子が違う。ある男の冒険者はチラチラと女冒険者を見たり、ある男は何かを探すようにウロウロとしていた。
「……何か今日皆んな変じゃないか?」
酒場の様子を見てサイラスは呟く。いつも通りダンジョン探索に行くため酒場に来たのだが……酒場の雰囲気が何時もと違う。全体的に冒険者が挙動不審であるとサイラスは感じた。
「べ、べ、別にいつも通りじゃないか?」
そう返すのはアルド。どう見てもアルド本人もいつも通りでは無い。具体的にはやはり挙動不審なのと、顎髭が心なしか5割り増しぐらい整っている。
「お前も何かおかしいだろ。ションベンでも近いのか?」
「ち、ちげえよバカ。サイラス、今日はあれだろ。ほら、チョコレートの……」
「あーそれか」
特に興味が無いと言った様子でサイラスは返す。それを受けアルドは舌打ちをし。
「ちっ……貰える事が確定している奴は良いよな」
「シャリアの事か? あいつのそれはそう言う事じゃないだろ。前回も探索付き合ってくれたお礼とか言ってたし」
「うっせえ、死ね」
吐き捨てるようにアルドは言う。無自覚なのが余計に癪に触る。
「何でだよ…………ん?」
俄かに酒場の入り口が騒がしくなる。まるで何が酒場の入り口に現れたかのように。嫌な予感がサイラスを襲うが……的中した。酒場の入り口に向かうとそこにはぽっかりと穴が開いていた。いつもの《サイラスのダンジョン》の入り口である。
「……昨日潜ったばっかりなんだがなぁ」
サイラスの都合に関係なくサイラスの近くに出現する《サイラスのダンジョン》であるが、基本的に一度潜ったら6日は出現しない。
まあ、例外もあるのだが……だが直ぐ翌日というのは比較的珍しくはある。
「……ふーん成る程」
何かを察した様にニヤニヤとアルドはサイラスを見る。
「何が成る程なんだ?」
「さぁな。しかしモテる男は辛いな」
「は?」
「行ってみれば分かるぜ」
アルドの様子が腑に落ちないサイラスであったが、とりあえず潜ってみない事には始まらない。
「行くか……」
「気をつけてな」
■ ■ ■ ■
薄暗い洞窟をサイラスは進む。ここは《サイラスのダンジョン》内部。
「……何時もと変わらないな」
アルドの言い振りだと何かあるのかと思い少し警戒したが……特に様子に変わりようはない。何だ思わせぶりな事言いやがって。まぁ、何も無い事に越したことはないが。
「ん。モンスターか」
モンスターも……特に変わりはない。飽きるほど見た何時ものモンスター達だ。
「よっ」
慣れた手つきでサイラスはモンスターを捌く。動きも耐久力も変わりない。いつも通りの《サイラスのダンジョン》に出現するモンスターだ。
「お、何かドロップしたな…………ん?」
モンスターがドロップしたのはポーション。飲むと体力が回復するアイテムである。……だが、何かおかしいとサイラスは気付いた。
「何だこれ……茶色い液体?」
ドロップしたアイテム。その容器はポーションのそれなのだが入っている液体が違う。得てしてポーションの類は青い液体なのだが……今回容器に入っているのは謎の茶色い液体である。
「こんなの見たことないぞ」
《サイラスのダンジョン》内ではもちろんの事、外部のダンジョンでもこんなポーションは見た事がなかった。
「仕方ない。《鑑定の巻物》使うか……」
サイラスは懐から小さな巻物を取り出す。《鑑定の巻物》は正体の分からないアイテムを鑑定する魔力を秘めたアイテムである。ダンジョン内には冒険者に有害なアイテムもある。鑑定の巻物はそれを識別し被害を防いでくれるので、中々有用なアイテムだ。
サイラスは巻物に記された呪文を読み謎のポーションを鑑定する。すると、鑑定結果が巻物に浮かび上がり。
『アイテム名:チョコレートポーション
効果:体力回復(小)
備考:とても甘い 』
「……は?」
鑑定結果にサイラスは困惑する。何だチョコレートポーションって。こんなの今まで見た事ないぞ。しかし、鑑定結果によると効果は普通のポーションと変わらない。……とても甘いらしいが。
丁度少し疲労していたので使用する事にする。《鑑定の巻物》は嘘をつかない。なので、まあ記載通りには間違いないのだろうが……。
「……」
初めてのアイテムからか、サイラスは恐る恐るチョコレートポーションを使用する。すると。
「甘っ」
確かに効果通り体力は回復した。だが甘い。甘いのだ。……しかし何故にチョコレートなのだ。サイラスは疑問に思ーーあ。
「あっ……もしかして」
サイラスは今日が何の日か思い出す。成る程、だからチョコレートか……。同時にアルドのニヤけ顔の理由も理解した。あのやろう……そういう事か。
というかチョコレートを渡すのは人間の文化じゃないのか。いつもの事だが訳わからないなとサイラスは思う。
まあ良い。ポーションがチョコ風味になったからって特に支障はない。……この時はそう思っていた。
ーー数時間後。
「何でドロップ品、全部チョコ何だよ!」
何と今日ドロップするアイテムの全てがチョコ風であった。先のチョコレートポーションしかり、チョコ薬草、チョコレートソード、チョコレート巻物。とにかく何でもチョコレートになっていた。
「チョコレート飽きた……」
というのも消費するドロップ品は現地で使い事が多い。たが、こうもチョコレート風味ばかりだと飽きる。ドロップ品のチョコレート責めにサイラスは辟易していた。
「さっさと帰って口直しにコーヒー飲むか……」
口に残る甘さに耐えながら、サイラスは最後の部屋に辿り着く。そこにはいつも通りボスであるゴーレムがーー。
「……何で動かないんだ?」
部屋に確かにゴーレムは存在した。だが、サイラスが部屋に入ってもゴーレムは動かない。今までにない事にサイラスは警戒する。だが、いつまでたってもゴーレムは動かない。試しに石を投擲するが、それすら無反応だ。
「……? な、何だこれ」
ある違和感にサイラスは気付いた。よく見るとゴーレムの外観がおかしい。形はゴーレムに違いないのだが、明らかに色が違う。質感も何だかおかしい。全身茶色なのだ。質感もなんだかーーチョコレートみたいだ。
「まさか……チョコか?」
恐る恐るゴーレムに触れる。試しに削り出して、舐めてみるとそれは……まさしくチョコであった。そこに鎮座していたのはゴーレム型の巨大なチョコレートなのである。
「ボスまでチョコレートにする事はないだろう……」
分かってはいたが大分頭おかしいとサイラスは思う。そもそもボスのていで体をなしていないーーーー訳ではなかった。
「……どうやって帰るんだ、これ?」
ボスを倒せばダンジョンから脱出する魔方陣が現れる。だが、この場合は? チョコレートゴーレムを倒すのか? そもそも生きていないが。
「…………まさか」
嫌な予感がサイラスの胸に沸き起こる。もしかして、食べないと帰れない?
「……」
目の前にそびえ立つチョコレートゴーレムを前にサイラスは立ち尽くすのであった。
■ ■ ■ ■
夜の酒場。昼とは違い何時もの落ち着きを取り戻していた。
「チョコとかいらねぇし」
「ああ、下らない日だ」
若干ダウナーな雰囲気が漂ってはいるが。彼らはいわゆる敗者である。
「ちっ、クソが」
そう毒づくのはアルド。ちなみに今日はもらえなかったらしい。顎髭が悲しそうにヘタっている。
そんな中、女冒険者シャリアはそわそわしていた。
「お、遅いわね」
手にはお手製のチョコレート。もちろん渡す先はサイラス。昼に渡そうとしたら入れ違いで例ダンジョンに行ったとの事。それを知り、ずっと酒場で帰りを待っていた。
今日の為に一ヶ月前から準備をしていた。シャリアは料理が苦手である。筋肉で料理は作れない。だが、今回のチョコレートは会心であった。普通の人間なら美味である出来だ。……普通なら。
「……」
「あ、サイラス!」
戻って来たサイラスを見つけシャリアは駆け寄る。
「……し、シャリアか」
「お疲れ様サイラス。あ、あのね……」
お疲れどころかサイラスの目は虚ろだが、恋する乙女のシャリアは気づかない。シャリアは顔を真っ赤にし……意を決して差し出した。
「これっ、チョコレート上げる!」
サイラスの目の前に差し出されたのは大きなハート型のチョコレート。甘い香りが漂うミルクチョコレートである。それを見てサイラスはーーーー。
「……っう〜〜!!」
「え」
サイラスは腹の中身を吐き出しそうになり脇目も振らずトイレへ駆け込む。突然の事にシャリアは呆然とする。
ーーサイラスが、私のチョコレートを見て、吐きそうに? え。何で。えっ? は? 何で?
タイミングが悪かった。先のダンジョンでサイラスはチョコ地獄を味わったのだ。もはやチョコレートを認識したくなかった。サイラスの反応は仕方ない事だったのだ。ーーーーだが、シャリアそんな事知る由も無い。乙女のハートは砕かれた。
「……ひっ、ひひひひ」
「ひぃっ」
酒場のダウナーな雰囲気が吹き飛んだ。後にアルドは語った。壊れたように笑うシャリア。それは女ではなく悪魔だったと。
後日、弁解するのに骨が折れたサイラスであった。
バレンタインネタです
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