ポンコツなダンジョン
ある所に1人の冒険者がいる。名をサイラス。丁度今年で彼女いない歴◯年目である。
彼は年相応の実力を持つ中堅冒険者と言った所。稼ぎも悪くなく、容姿も悪く無い。夫にするには中々の物件である。
だが、彼にはただ1つ。夫にするにはネックな点がある。それは――――――ダンジョンに愛されている事である。
■ ■ ■ ■
「ふー……」
いつもの冒険者ギルドの片隅。サイラスは憂鬱な顔で葉巻を燻らせる。今日は友人のアルドがセットアップした合コン日。聞くところによると向こう方は中々の上玉。気分は上々な筈なのだが……。
「お、サイラス………どうした。そんな微妙な顔をして」
「……」
そう声をかけるのは友人のアルド。顎髭がダンディーな冒険者である。今日は合コンだからかいつもよりキマッているーー余談だがアルドにも彼女は○年いない。
「……お前、今日は大丈夫な日だろ」
「周期的にはな……」
サイラスは十字を切りながら、立ち上がる。サイラスは敬虔な神徒だ。信じるものは報われる。その教えを胸にサイラスは気持ちを切り替える。
「……ん?」
酒場の外が俄かに騒がしい。物凄い既視感嫌がサイラスを襲った。思わず信仰心にヒビが入る。いや、まだ分からない。もしかしたら荒くれ共が騒いでるだけかもしれない。きっとそうだ。信じるものは報われるのだ。
だが……神はいなかった。
「…………ああ」
外に出ると、酒場のすぐ目の前に洞窟が出来ていた。見慣れた風景ーー地面が盛り上がり、地下へ続く洞穴がぽっかりと穴を開けている。
当たり前だがサイラスが酒場に訪れた時にこんな物はなかった。この洞窟はつい先程できたのである。地下世界へと続く入り口。これはダンジョンだ。それもサイラスの為に出来た特別性の。
「おわっ……今日は違うんじゃないのかよ」
予想外の出来事にアルドは思わず声をあげる。
「…………こいつか」
「……ああ、あのドジッ娘ちゃんか」
「ドジッ娘言うなっ」
サイラスはアルドに吠えるが事実である。もっともダンジョンに性別があるかどうかは定かではないが。
「……でもよ、こいつなら無視しても構わないんじゃないか?」
「…………」
アルドの言うとおり今回のは放って置けばその内消滅するだろう。サイラスは何の被害も受けないのだ。しかし、いつもこの場合サイラスは決まって。
「……はぁ。すまん行ってくる……」
深いため息を吐き、サイラスは言う。
「まあ、お前の分まで今日は楽しんでくるわ」
軽い頭痛を覚えながらサイラスはダンジョンに向かうのであった。
■ ■ ■ ■
「はぁ……」
深い溜息を吐きながら、トボトボとダンジョンを進む。何せ合コンがパーになったのだ。サイラスの落胆は計り知れない。
しかしながら、サイラスはこのダンジョンを無視する事ができない。強制力はないのだが……。
「…………はぁ」
サイラスはまたもや溜息を吐いた。
目の前にはトラップ。それも中々巧妙な代物だ。転ばしトラップの奥には落とし穴がある。
転ばしトラップは分かっていれば無視して乗り越えられるものであり単体ならあまり脅威にはならない。だが、油断して乗り越えた所を落とし穴に嵌める様な造りになっている。中々心理的な盲点をついた造りだと言えるだろう……普通ならば。
サイラスの溜息はトラップの巧妙さに対してでは無い。
「何で地面が岩盤なのに、落とし穴の隠蔽が草原仕様なんだよ……」
ダンジョンの間抜けさに対してである。
岩盤の地面に円形に生える草地。物凄い不自然さである。おかげで全く二重罠の意味を成していない。そう、このダンジョンは物凄く間抜けなのである。
具体的には罠の偽装がトンチンカンだったり、ダンジョンに巣食うモンスターを罠に嵌めたりと……挙げればきりが無いのだ。
巷では《間抜けなダンジョン》とーーいや、アホダンジョン、ドジダンジョン、ポンコツダンジョン、残念なダンジョン……このダンジョンに対する蔑称は数え切れない。
大抵ダンジョンというのは冒険者を罠に嵌めようと狡猾なのだが……何故だろうか。こんなダンジョンは類を見ない。
「発想や質は悪く無いんだがなぁ……どうしてこう間抜けなんだろうか」
ぼやきながらスイスイとダンジョンを進む。罠の質やモンスターの強さは悪く無い。ポンコツ具合がなければ中々厄介なダンジョンである筈なのだ。全く残念なダンジョンである。
因みにこのダンジョン、潜る奴はサイラス以外いない。
何故なら潜る旨味が無いからだ。
ダンジョンも同じ、冒険者と同じ様に罠に嵌める事で成長をする。ダンジョンの成長すると。罠やモンスターの強化さらにドロップアイテムも良い物に変わっていく。
古いダンジョンが手強いと同時にそれに見合うアイテムを手に入れる事が出来るのはこういう道理なのだが…………いかんせん。このダンジョンはアホ過ぎて中々成長出来ないのだ。
「素質はあるんだが……」
なまじ素質がある為、罠とドロップ品が釣り合わない。そうなると潜る冒険者は中々いないのだ。
人が入らない森は荒れる。それはダンジョンも同じ。このままではこのダンジョンは荒れ果ててしまうだろう。
ーーだから、サイラスは潜る。彼にとってダンジョンが荒れ果てる姿を見過ごす事は出来ない。
「……む、前は駄目だったが改善が見られるな」
サイラスが潜る様になり、少しづつだが良くなり始めている。ダンジョンも学習しているのだろうか? 少なくともこのダンジョンがサイラスを必要としているのは確かだ。
周期的にサイラスの元に現れ潜って貰うのが習慣になっている。今日の様に周期を間違える事もあるが。ポンコツである。
「…………ふん、次までにはもっと改善しろよ」
成長が見られて、不思議と暖かい気持ちに成るのを感じる。手間のかかる妹や幼馴染がいたらこんな感じなんだろうか……。
「……我ながら気持ち悪いな」
自分の発想に毒づきながらも、気持ちには嘘を付けないサイラスであった。
■ ■ ■ ■ ■
「ふー、戻ったぞ…………ん?」
冒険者ギルドに戻るといつもの席で天を仰いでいるアルドを見つける。顔は疲れ果て精魂尽き果てた様子だ。
「ど、どうした?」
駆け寄り声を掛ける。するとアルドは虚ろな瞳で。
「ゴブリンとオーク……」
ああ、成る程。それは、どんなダンジョン攻略よりもしんどかっただろうに。やはり神はいるのだ。サイラスは確信する。
同時にあのダンジョンのポンコツさに少し感謝をしたのであった。