可奈子、万事休す
その日、アパートへと帰る最中、とんでもない事が起こった。
すべての講義を終え、わたしは下北沢の駅から明大前の駅へと向かった。
自分が美人になったというのに、その日の予定は暇なままだった。それがなんとも悔しかった。新しい洋服を買ったのに、行くところがほとんど無い、というような感慨に陥った。
電車の中で、わたしはこの日、行われた講義の事を考えてた。
人類学の講義で、アメリカのアパッチ族の勉強をしたのだ。強くたくましい男たち。流儀というものをわきまえていて、決して卑劣な行いに身を落とさないし、それを許しもしない。なぜ、彼らは滅びつつあるのか。遠藤くんはそこのところをどう思っているのか。
ふと、自分が何かの視線に晒されている事に気がついた。そこから少し離れた場所に立っている男だった。
髪の毛を茶髪に染め上げた男で、垂れた前髪の隙間からわたしを見ている。彼は携帯電話を見ているふりを装って、わたしを見ているのだ。
見たことのない男だった。同じ大学の学生ではない。少なくともわたしはそう思った。
電車がやがて、明大前の駅へと辿り着いた。
ああ、だが、どうして。わたしはその駅を降りることが出来なかった。
男の視線は激しさを増していて、今では堂々とわたしを見ているのだ。服装は今風だったが、わたしは苦手だった。だって、ズボンをあんな風に履くなんて、だらしがないではないか。
電車はまっすぐに吉祥寺の駅へと向かっていた。
電車が吉祥寺の駅へと辿り着く、二駅かそこらになった。
男がはっきりとわたしにアイコンタクトを送り、電車を降りてしまったのだ。
早くしないと、扉が閉まってしまう。わたしはびりびりに感電してしまっていた。
わたしはドア付近に立っていたのだったが、そこへ男がまたやってきた。
彼がこういうのだ。
「早く」
わたしは降りた。
男がわたしの先を歩き、携帯電話をいじっていた。わたしはその後を追い、階段を登って改札をくぐり抜けた。