佳子と遠藤、そしてわたし
気がついたら、講義の真っ最中だった。経済学の講師はハゲチョビンで、男としての魅力に全くかけた男だった。ものすごい油の量が彼から出ていた。
遠藤くんと佳子は涼しい顔で講義を受けていた。
これがわたしの悪い癖なのだ。わたしはしょっちゅう遠藤くんの事を考えている。もしかしたら、わたしは淫乱なのかもしれない。
佳子が遠藤くんに目をつけ始めたのは、遠藤くんが全く稀有の存在で、これまでの彼女の人生に全く存在していなかっただけに過ぎない。わたしも俗物だったが、佳子こそ俗物の権化だった。彼女はただ相対的に遠藤くんを選んでいるだけで、わたしは遠藤くんが良かった。傷つきやすい目がわたしは好きだった。
※
ある夏、佳子は黄色いキャミソールを付けて、大学へとやって来た。わたしは「ナイトメア」と英字が印刷された紫色のTシャツを着て、汗をかいていた。佳子は人が欲しがるものを欲しがり、象徴的な何かを好んでいた。その時は多分、大学のバスケットチームに好きな人がいたはずだった。お金持ちの息子で、自分の白い歯を絶えず剥き出しにしているかのような優男だった。
わたしは図書館にいて、自分が興味のある本を探していた。わたしは解剖学に興味を持っていたので、海の生物の体の仕組みがよく分かる大きな本を抱えて、窓際の席へと座った。
遠藤くんの知的な様は、幾度となく見ていたが、その時はわたしは余り気にしていなかった。
窓際で本を読んでいると、外側の通路を佳子が行くのが分かった。
彼女がわたしを見て笑った。
携帯電話が鳴った。佳子からだった。
「可奈子じゃない、何しているの?」
「何もしていないよ。暑いから図書館に来ちゃったんだ」
「運動部が練習しているのを見に行きましょう。あんたって、もっと人生を楽しまなきゃ」
その時だった。わたしが机に置いてあった本を誰かが取るのが分かった。
びっくりして、わたしは振り返った。
遠藤くんだった。蔑むような視線をわたしに向け、わたしが机に置いていた大型の図鑑を手にしている。
そのまま彼は何を言わずに行ってしまった。
「なんなの、あの男?」と佳子がいった。
次に佳子が遠藤くんの悪口をいうのが分かっていたので、わたしは彼のフォローに回った。
「遠藤くんだよ、ちょっと変わっているけど」とわたし。「びっくりしちゃった」
「あいつの事知っているの、可奈子」
「初めてだよ、あんなの」
「ふうん」と彼女はいった。
それから、佳子も行ってしまった。
もちろん、わたしはどきどきした。遠藤くんが欲しがった本をわたしが持っていたのだ。もしかしたら、わたしは本当に淫乱なのかもしれない。