あこがれの遠藤くん
大学に辿り着くと、わたしは早速遠藤くんの元へと急いだ。
遠藤くんは寡黙だったし、友達も誰一人としていなかった。時として、彼が大学のグラウンドでただ単に立っているだけの姿をわたしは見つけた。
宇宙と交信しているのだ、とわたしは思ったり、姿なきものに対して憐憫の情を感じているのだ、と思ったりした。
遠藤くんはいた。朝の経済学の講義の準備をしている。経済学がわたしは苦手だった。教えられている内容に興味が持てず、世界がそのように動いているのだとしたら、何の魅力も無いことだ、と思ったりした。世界は小鳥のさえずりや、怒号する山々で成り立っているのだ、と思いたかった。その方が魅力的だったし、遠藤くんにも同じような事を考えていて欲しかった。
わたしは素知らぬ顔で遠藤くんのすぐ横に腰を下ろした。世界に対して何の魅力も感じていない、というのが、遠藤くんの魅力だった。整った鼻筋から、彼はどのように世界を捉えているのだろうか。
そこへ、佳子がやって来た。
遠藤くんの横に座り、キャンパスバッグを膝の上に置いた。大学のテーブルは長かったので、遠藤くんを間に、わたしと佳子が対峙する形だった。
「遠藤くん」と佳子がいった。「あなたの隣にいる女。可奈子よ」
遠藤くんがわたしを見た。わたしは痺れてしまった。彼がわたしを見ている。わたしは彼に興味を持たれたのだ。
わたしは遠藤くんが何をいうが早いか、こういった。
「遠藤くん、あたしは可奈子よ。昨日までの可奈子はここにいないの。騙すつもりはないわ。あたしは加奈子なの」
遠藤くんが笑った。これはわたしには予想外の出来事だった。ちょっと考えてみても、彼がわたしのような俗物に笑いかけるような事はないと思ったのだ。それに、わたしには手に入れてしまった美貌があった。今ではそれが後ろめたく、それを武器に彼に近づいたわたしを、彼が蔑むに違いないと思ったのだ。
「本当に加奈子なの?」と彼がいった。
気を失いそうだった。わたしは言葉に詰まり、息が出来なくなった。