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美少女と美少女の自宅訪問

メールが来ていた。


『五分以内に来て

 ついでにアイス買ってきて』


 図書室から二日後、金曜日の事である。

 金曜日は授業がいつもより一時限少ないため、日がまだ暮れていない時間に校門を堂々と出ることができる。今の時間は三時。すべての授業が終わった時間である。

 自転車を圧倒的な勢いでこぎながら、メールの主に会いに行くことにした。

 さすが夏である。六月であるにも関わらず、汗が止まらない。この僕の滑稽な様子に、死んだセミさえも笑っている。

 零れ落ちる汗をそのままに、インターホンを押せば

「ちょっと待って」

 と声が返された。

 当たり前だけど、多々良さんに会いに行ったのである。

 彼女の透き通るような声が、機械越しに聞こえるだけで、少しの清涼感があった。

 しばらくして、扉が開けば、うげ、と汗まみれの僕を嫌がる多々良さんの声が聞こえた。

「外、そんなに暑かった?」

「見れば分かる通りですよ」

 汗が流れていていない場所がない。

「アイスは?」

「ありますよ」

「何で一個?」

 不思議そうな声である。もしかして一緒に食べるつもりだったのだろうか。

 差し出したコンビニ袋を受け取り、多々良さんは部屋の奥へと消える。僕もそれに続いて中に入ることにした。

 彼女の家に来るのは、これが初めてではない。

 リビングのダイニングテーブルに腰を下ろした多々良さんは、スプーンを二本右手に持っていた。食べる気満々である。

 もう片一方の手には、なにやら柔らかそうな薄水色のタオルが握られており、

「汗ふいてから座って」

 ボールも、本も、タオルも、投げるのが上手なのが多々良さんの特徴なのであろうか。ご厚意に甘えることにし、噴き出る汗を拭きとった。

 クーラーの効いた部屋であるから、これ以上に汗が出ることはないだろう。多々良さんはバニラのアイスをすでに食べ始めていた。

 真っ白いTシャツに、ホットパンツという、恰好で食べるアイスクリームというのは、どんな味がするのだろうか。僕が試せば警察に捕まりそうな格好で多々良さんは美味しそうにアイスを口に運んでいる。

家の中だ。もちろん制服姿ではない。

 左手に握られた銀のスプーンが、装飾品のように多々良さんの口元で輝いている。

「多々良さんって、左ききだったんですね」

「姉妹全員左ききよ」

 脳内多々良メモに記録しておこう。血液型と、星座の欄は、姉妹全員分埋まっていないので、今後のコンプリートを目指そうという次第。まぁ、結局のところ多々良さんのついでなのだけど。

 白い氷菓は、瞬く間になくなる。

「どうして急にアイスなんか買って来いって言ったんですか」

「悪い?」

 いえいえ。全く問題ございませんよ。授業終了のチャイムが鳴ったと同時に送られてきたメールだとか、5分という鬼畜な時間設定だとか、そんなことも全く問題にしていません。

「金曜日は、私と会う日でしょ?」

 小首を傾げる完璧な少女。

「ほとんど毎日会っているじゃないですか」

 学校で。

 多々良さんは柔らかそうな頬をふくらまし、無言になってしまった。

 アイスを食べる、耳に優しい音だけが響く。

 確かに、金曜日は大抵、多々良さんの家に行っている。

多々良さんの家の中で多々良さんに会う日、というのであれば、理解できる。

「それに、アイスなんて大義名分なくても行きますよ」

「嘘」

「あ、『ダウト』とは言わないんですね?」

 不思議そうな顔をする多々良さん。

 キャッチボールの時に「ダウト」と言ったのは、気まぐれの様なもので、癖ではないのだな。

「学校の宿題を手伝ってもらおうにも、ないし。家のことを手伝ってもらおうと思っても、一人でできてしまうし。あなたを呼ぶ口実なんて、パシリの用事しかないのよ。」

「先週は何でしたっけ」

「低脂肪マヨネーズ」

 近くのコンビニになかったから、自転車を走らせて大きなスーパーまで行ったのを思い出したところで、おや、と気付く。

 いつもの多々良さんと、様子が違う気がする。

 具体的に言えば目はうるんでいるし、頬はいつもより赤い。

「もしかして風邪ひいてますか? 多々良さん」

 多々良さんの手が、一瞬だけ止まった。

 無視をされてしまった。

「熱は測りましたか?」

 多々良さんは口を紡ぎながら首を横に振る。

 完璧な少女でも、風邪をひくことがあるらしい。

 多々良さんは両親とは離れて暮らしているが、その代わり二人の兄弟と一緒に住んでいる。しかし、まだ帰ってきていないみたいだ。

 そもそも、この家の中で、多々良さん以外の多々良さんと会ったことはない。

 手を無理やり額に付ければ、じんわり熱くなった。通常の温度ではないことはまぁ明らかで、すぐにでも横にならせたいくらいである。

「学校で、ウサギを飼っているのだけど」

 唐突に話題を変える等のことはもう慣れている。

「可愛いですか?」

「三匹、飼ってて。仲良しで、まるで私たち兄弟みたいで、親近感がわいて―――。白くて。かわいくて。でもね、見分けがつかないの。」

「それは―――大変ですね」

 多々良さんは小さく頷いた。

「ねぇ、君は、いつもそんな感じなの?」

 と思ったら机に顔を伏せた。

 図書館の時と、同じようなことを言われた、が、今は考える時間ではない。

 様子がいつもと少し違うのも、熱があるせいである。ウサギの話など聞いている場合ではなかった。

「多々良さん、寝るなら部屋で寝ましょう」

「寝てない。頭が重いだけ」

「それを風邪というんですよ」

「知ってた? 風邪なんて病気はないのよ?」

「ああ、もういいですから」

「放っておいてくれる?」

「ダメです。起きてください、多々良さん、多々良さん」

「下の名前で呼んでくれたら、起き上がる」

「ーーーバカなことを言ってないで、早く起きてください」

 ゆっくりと、伏せた体を起き上がらせ、熱のある目でこちらを睨む多々良さん。

 風邪を引いたのは、僕のせいではないと言うのに。

「君は、完璧な私しか、好きじゃないんでしょう? だったら、風邪にも平気でなきゃいけない。ドSな私じゃないといけない」

「僕が素晴らしい性癖を持っているみたいに言わないでください」

「鬼のように完璧な私が好きなわけじゃないの?」

 僕は、多々良さんの歪んだ表情が見たいだけなのだ。

「風邪もひかないと言うのは、さすがに気持ち悪いですよ」

「ほんと?」

「本当です」

「ほんとのほんと?」

さすがに僕も、そんな完璧は必要ない。

微熱も風も、発疹も咳も、人生の中で一度もない人間など、完璧どころか、逆に不完全である。

そんな完全はいらない。

ただ僕は、多々良さんの歪んだ表情が見たいだけなのだ。

不安げな声の多々良さん。

「でも」

「風邪をひいても、多々良さんは多々良さんでしょう」

「そう、だけど」

「多々良さん、一回『はんにゃー』って言ってみてください」

「あ、え、何でぇ?」

 可愛いから。

「風邪がすぐ直る呪文で」

「はんにゃー」

ウソを言い切る前に、多々良さんはためらいなく言った。両方の手を猫のように丸めるという極めて可愛らしいフリ付きで。

「可愛いです。多々良さん」

 唇をへの字にした多々良さんは、少しばかり頬が赤くなっている。

やはり風邪をひいている。

 幾ばくかの静寂の後、何やら不満そうな多々良さんは、唐突に口を開く。

「ね、君は誰のことが好きなの?」

 風邪は他人の脳みそを狂わせるのだろうか。

一昨日の多々良さんも、そのまた一昨日の多々良さんも、こんなことを聞くような人間ではなかったはずだけれど。

―――この多々良さんは、こんなことを聞く女の子なのだろうか。

「気になるの。気になって、ベッドにたどり着けないほど」

「運んであげましょうか?」

「私の名前なんて知らないくせに。優しくしないで」

「ほら、寝室いきますよ多々良さん」

「私の、口調も、外見も、あなたの中ではどういう風に捻じ曲げられているの?」

 多々良さんの意図を理解することができないのは、彼女が風邪をひいているからか、それとも僕が病人の言葉など真剣に聞いていないからか。

「私を見てよ」

 すがるような声。

 多々良さんは、こんな少女だっただろうか。

 風邪をひいているにしても、今日の多々良さんはとても幼く思えた。

 まるで、別人のように。

 伸ばした手は振り払われた。勢いよく立ち上がった多々良さんは、そのまま僕の方を見ることなく、自分の部屋へと帰って行った。

 ふむ。

 女の子というのは、いや多々良さんというのは難しい。

 茶色い扉が閉まったのを見届けて、僕は多々良の家から出ることにした。

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