多々良小椿さん、君の顔に触りたかった。
「多々良さん姉妹が、一人でもかけたら、残った二人は悲しみに暮れるでしょう。今も、あなたは小菊やマリちゃんに心配をかけて、暗い顔をさせている。多々良さん姉妹が好きな僕にとっては許せない現状です。そして、あなたが死ねば、多々良姉妹の悲しみは永遠に晴れることはないでしょう―――だから、結婚します」
「ちょ、っと待って」
「あ、小菊でもいいです。男かどうかは置いておくとして、まぁひとまずオランダ国籍をとって結婚することにします。あなたを死なせないためなら、あの二人は、こんな欠陥人間と結婚することも苦にはしないでしょうから」
「それって」
「もしも、約束を破って、あなたが死んだ場合は、あなたの姉妹に、責任が回ってくると考えてください」
「死んでしまったあなたが、寂しくないように、二人を殺します」
ニコリ、と笑ってみる。ぎこちない表情になったと思う。小椿さんの目にはどう移ったのか、少なくとも、気持ちのいいものとして意識されるわけはない。
「貴方が生きると言うなら、姉妹のどちらかと結婚しますし、貴方がどうしても死ぬというなら僕は姉妹を殺します」
小椿さんは唇を震わせている
「自殺も一人じゃできない人間が何、を」
胸ポケットに、シャーペンを入れておいて良かった。こういう時に使うものだと、三郎は暗に教えてくれていたのだろうか。そんなわけはないけれど。
取り出したシャーペンで、左手首を刺す。
悲鳴。
ウサギの目から生えたシャーペンと同じ。左手首の静脈に向かって突き刺さるシャーペン。
一人じゃ自殺できないのは、あなたもですよ、小椿さん。苦痛によって飲み込んだ言葉。
吹き出した血は足元に水たまりを作る。
シャーペンが栓となっている今、致命傷になるほどの出血にはまだなっていない。
もう一本入れていたシャーペンを、小椿さんに向かって投げれば、いつかの時と同じようにキレイに掴む。
「姉妹を引き合いに出しても、動かないのならば、死を引き合いに出しましょう」
白い指が、黒いシャーペンを握り締めている。
「僕のことが好きなら、僕が寂しくないように、一緒に死んでください」
赤い血は、じわじわと砂にとけていく。
「そ、ん、なの」
「だけど、僕が今まで言ったこと全てが嘘で、僕のことが好きだなんてのが嘘なら、自殺なんてしないでください」
好きなら、死んで。
嫌いなら、死ぬな。
これが、僕にできるお膳立て。
「ダウトなんでしょう? ウサギのことも、公園のことも、全部、僕の妄想なんだ」
僕の推理が間違っているという事実を嘘にする。
僕は彼女が好きだけど。
彼女は僕が好きではないという事実ができる。
欠陥人間なんかを好きになってしまったという欠陥が、欠陥人間なんかに恋心を暴かれたという欠陥が―――消える。
彼女のプライドは守られて。
思いが通じ合うこともなくなり。
完璧では、なくなる。
「受け止めてよね」
「―――へ?」
瞬間、多々良さんがジャングルジムから飛び降りた。
着地地点は僕のお腹の上だった。
公園の砂地に僕はあおむけになって、美少女がまたがっていると言う図。
いくら完璧な多々良さんとはいえ、人間一人分が高さを付けて落ちてきたら、重くないわけがなく、せき込んでしまった。
「いい気分よ」
「けが人に、酷いですよ」
「私は、あなたのことが大嫌いよ」
ダウトとは言わない。
「―――知ってました」
「あなたと心中するのなんて御免だから、この欠陥を抱えたまま、生きることにするわ」
ポタリ、と僕の顔に水が落ちる。
「あのね、小椿さん、僕は、あなたの、その欠陥を含めて、完璧だと思ったんですよ」
僕の涙と混ざってしまっているかもしれない。
彼女の真後ろから振る、夕陽の光が、少し眩しいから、泣いているんだ。きっとそうだ。
「ウサギのことを、気持ち悪いと言ったわ」
「ウサギとあなたは全然違うものです」
目にシャーペンが刺さったウサギは、ただ、それだけの存在なのだ。
「あなたは、綺麗だと思う」
「見えてないくせに?」
彼女の靄は晴れない。
泣いていても、完璧な彼女の顔は、ちょっとやそっとで晴れる靄なんてついていなくて。
けれど。
「ね、顔、触って、良いですか?」
沈黙を了承と取って、彼女の、頬に右手を当てた。
くすぐったそうに、身をよじる彼女をそのままに、右目があるはずの部分を触れば、眼帯らしき感触があった。
プラスチックで守られている、彼女の眼孔。
何も言わずに、さらに彼女の顔に触れ続ける。
左手から血が出ていることなんて、当に忘れてしまっていた。
形の良い眉毛
高い鼻筋
長いまつ毛
水が溜まっている目じり
すべすべしたこめかみ
柔らかな頬
小さな唇。
「くすぐったいわよ」
と、彼女は言う。
かすかに頬を染めて、困ったような顔ではにかんで。
彼女は笑っていた。
僕の目の前にあった靄が晴れていた。
それでも僕は、彼女の顔を、素知らぬ顔して触り続ける。
だって。
もう少しこのままでいたかったんだ。




