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美少女と図書館

多々良さんは、出会った時から完璧だった。

具体的に伝えることができないのは、彼女と出会った時の記憶は眩しすぎて、僕の手には負えない代物になってしまっているからだ。

完璧なものは、つまり、欠点がないと。逆を言えば、欠点があれば、完璧ではない。

欠点のない人間なんてどこにもいない、と僕は思っている。

速攻で手のひらをクルクルするようであれだが、しかし多々良さんだけは別である。

彼女にコンプレックス、欠点など一つもないだろう。

―――そんな完璧な多々良さんの、歪んだ表情を見てみたい。

自分のコンプレックスがどこから生まれたものか説明できないように、自分の性癖の理由もわからない。

美少女に分類されるであろう多々良さんの顔をひきつらせたいと言うのは、どこから生まれてきた願望なのか、皆目見当もつかないけれど、とにかく僕は、欠点のない完璧で、高潔で、無垢で、最強な多々良さんの歪んだ顔が見たいのだ。

そんな多々良さんに遥か遠く及ばない僕には、コンプレックスがある。

たいていのコンプレックスが一つとは限らないように、外見的欠点はあげればキリがないし、内面の欠点だって多い。

取り立てて一番気になる、ベストオブ僕の欠点は、目が悪い、という事である。

 ……コンプレックスとは、大抵の人間にとっては、どうだっていいものだけど、当人にとっては、心の大きい部分を占める事柄なのだ。

 人と会話するのが人前に出るのが、嫌なほど。

 人より、自分が劣っているという事を認識したくないから、コンプレックスを隠すのだ。

 大勢の人間は、人のことなどどうだっていいのにね。

 誰も自分が思ったより、自分のことを考えてくれていないし。

 他人だって、きっと、僕の事なんか三秒で忘れる。

 長所も、欠点も。僕が気にするコンプレックスだって。

「でも、嫌なんですよ」

「メガネかけてないけど、今は見えてるの?」

 小首を傾げながら多々良さんは聞く。彼女は、コンプレックス等何もない存在である。

 だって完璧だし。

 放課後の図書室で、僕たちはひっそりと話をしていた。毎週一度の図書当番、水曜日は多々良さんと一緒なのだ。キャッチボールをした二日後、図書室の受付カウンターの中で、多々良さんは僕の方を見ている。

 半そでのセーラー服から伸びた手足は、とても夏らしい、しかし雪のように白い肌である。

「いえいえ。今はコンタクトをしてるので、多々良さんの毛穴まで見えますよ」

「気持ち悪い」

 清々しいほどの拒絶であった。

 多々良さんは頬杖をつく。

「目が悪い、なんて大したコンプレックスじゃないわ」

 そりゃあ完璧な人間からしてみればそうでしょうよ。

多々良さんの、宝石でも入れ込んだようなキラキラと鈍色に光る瞳は、けだるげに積まれた本を見ていた。

 返却された本をどうすれば楽に本棚に返せるかを考えているのだろう。

答えは簡単、僕に押し付ければいいのだ。

 ええ、はい、わかっていますよ。

「自力で解決できるコンプレックスの内に入るじゃないの、それ」

「ブルーベリー食べたら治りますかね」

「そんな魔法の薬でもないと思うけれど、実際、コンタクトレンズという道具を使うことで何も問題なく日常生活を送ることができているじゃない」

 涼しいクーラーの微風が、多々良さんの前髪をなでる。彼女は何も分かっちゃいない。

「人間というものは、より高い幸福を求めるものなのです。日常生活を送ることができるのは、人類として最低限の幸福であります。コンプレックスとはいわばマイナスの存在であり、日女生活を送れるという行為はいわばゼロの幸福。つまるところ、コンプレックスのある僕の生活は、マイナス方向に傾いており、これをプラスにするために、コンプレックスをなくす、隠す、または日常生活の中のちょっとした幸福を探しだし、マイナス分をうめていくしかほかないのです。結局のところ、日常生活だけで満足しろ、というあなたの発言は、僕の様な平々凡々な人間が幸福を得ることを否定する発言です。」

 多々良さんはお上品に口元を抑えながら、コホンと一つ咳をして。

「話は変わるけど、本棚に返却本戻してくれない?」

 ……どうやら何にも聞いていなかったみたいだ。

 多々良さんは涼しく笑い声を出す。

 何を用いれば、この人形のように完成された顔を崩すことができるだろうか。

「多々良さんは、好きな人とかいないんですか?」

「下卑た話題ね。そんなことしか頭にないのかしら。わかった。あなたの脳みそスポンジでできているんでしょう」

 一昨日と同じような表現をされてしまった。

 この人が、恋愛ごとにうつつを抜かす様子を想像できないのは確かである。

 やれ「あの男がカッコいい」「あの服装はダサい」だの、「さっきの女目障り」や「人の男に手をだしてるんじゃないわよ」などなど。多々良さんに言って欲しいかと聞かれれば、コンマ一秒かからず首を横に振る。

 彼女に対して、そう言う事を期待していない。

 僕が見たいのは、彼女の歪んだ表情である。

 彼女は咳払いを一つして。

「恋愛というのは、とても人気のあるジャンルよね。世界中の本は、二種類に分かれるわ。恋愛ものか、そうではないか。どうあがいたって、根底に恋だの愛だのがあるの。否定するつもりはないわ「ああ、想像もつかないような昔から、男女の恋愛ごとというのは最大の関心ごとだったんだな」って思うし、そう、否定するつもりはないの。だから、ただの人間であるあなたが「恋愛」に興味をひかれているというのは理解できるわ。けれど、それを私に強要するのは止めて欲しいものだわ。全人類が恋物語を所望していると思うのはお門違いなのよ」

 多々良さんは、淡々とした口調で息継ぎすることなく言い切った。

一昨日より大分饒舌な多々良さんである。イメチェン? そんな俗なことを彼女がするもんか。

 普段より少しおしゃべりな彼女の言葉から察するに、どうやら「恋愛」というのは、多々良さんにとってタブーの一つらしい。

 これが普通の女子であれば

『えー。いないよー』

 であったり、上級女子であれば

『じゃあ、君の好きな人を教えてくれたら教えてあげる』

 とか言うのである。どうあがいても多々良さんとする灰色の会話にはならないはずだ。 多々良さんは最上級女子であるから問題はない。

桃色空気を身にまとう女子たちを、神の視点で見る、お釈迦様の立ち位置であり、気まぐれで救いの糸を垂らしてはそれを放置するような女の子なのだ。

「物語の中の恋に憧れる、なんて。ただの少女だけに許されることなのよ」

 吐息が混じった声で彼女は言う。

 現時点で高校生女子という肩書を持つ人間は少女ではないのだろうかという疑問を脇に置く。神様の行いに誰も口が出せないように、多々良さんの言動に誰も何も言えやしないのだから。

「でも、多々良さんは僕のことが好きなんでしょう?」

「はい?」

 威圧の空気を感じる。

 お釈迦様だ神様なんだと表現していたが、今の彼女のは鬼としか言い表すことができないものである。般若だ般若。ひらがなにすると何故か可愛くなる鬼の表現名、第一位だ。

 多々良さんの迫力に負けず、僕は追撃をする。

「席もだいぶ離れているのに、お昼休みになれば僕の机にやってきてお弁当広げるし、体育の時間だって、僕とペアを組もうとするし、図書当番の曜日だって、わざわざ僕に合わせましたしね? それに」

 図書室にあるまじき音が鳴り響いた。分厚い辞書が近くの本棚に落ちているところを考えるに、どうやら多々良さんが投げつけたようだ。

 幸いなことに、放課後の図書室には僕たち以外誰もいないようで、大きな物音にも、乱暴に扱われた本に対してもとがめる人間はいなかった。暴力に訴えるというのも、何やら多々良さんらしくない。僕の様な哺乳類の異端者が、彼女のことを理解している風にいうのも申し訳ないのだけども。

 本は、へしゃげたような形で床に落ちている。ひどい有様である。

「仮にも図書委員なのだから、本を大切にしましょうよ」

「なら、片付けてきて」

「否定しないんですね」

 はぁ、と大きなため息が一つ聞こえた。

「悪い?」

 何でもなかったように、言葉をぶつける。

 それでこそ、多々良さんである。

「多々良さん、僕は、多々良さんにとても興味があります」

「そう」

しょうがないので、床に落とされた本を拾いに行く。

割と重量のある本であるが、多々良さんの剛腕ピッチャーっぷりを鑑みれば余裕で遠くまで飛ばすことができるのだろう。

「多々良さんの投球技術は、スカウトが来るレベルの腕ですね」

「バカなこと言わないで」

「今度は野球選手としての将来を検討してくれないのですね」

 キャッチボールをしたときのことを話せば、多々良さんは小首をかしげた。

「---何の話?」

 完璧な彼女だから、僕と話した事柄なんて些末なことで、もっと他に脳に詰めることがあるのだろう。別に問題ではない、のだが、多々良さんは急に「ああ」と何かに合点が言ったような反応を示し、それからポツリと。

「かわいそう」

 と言った。

 多々良さんはため息を吐いた。

 キャッチボールの思いでの話から、一体全体どうなって、こんな空気になってしまったのか。

「気付かないのなら、私は、それでいいけれど。その方が私にとって、ううん、私と、妹にとっては都合がいいのだけれど。でも―――可哀そう」

「さっきから何の話をしているんですか、多々良さん」

 多々良さんは僕の方を見つめている。

「ヒントなんてあげないわ。あなたが、自分で、見つけるのよ―――わかる?」

 これ以上、この件について会話を進めてはいけないと言う僕の第六感により、沈黙を持って回答とした。大人しく本を拾う。

音のなくなった図書室の中で、ふと、尋ねたくなってしまった。

「多々良さんは、何かコンプレックスとかありますか?」

「ない」

 即答だった。

「だって、あなたの中の『多々良』は、完璧なのだから」

 何か引っかかるような物言いだったけれど。

 頭がスポンジの僕に理解できるわけがない。


書きためたものをしばらく修正しながら投稿します。

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