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第8話 胎動

 ヴェイル・マクセン宅。オフィス街のド真ん中に民家を建てて住まうというのもぶっとんでいたが、洗練されたレイジンの街にそぐわないスラムのような外見も異常だし、当然その中身も尋常ではない。


 乱雑に積まれたモーター、コンデンサ、ギア、アーム、バッテリー、電子回路……。その他にも一目には用途がわからない部品ばかりが放置され、床の上や棚の下に散乱している。


 その中でも、マクセンが今居る部屋は比較的整っている方だった。それはまるで手術室のように、周囲に様々な機械類が、放置ではなく設置されている。そして中央の台――やはりと言うべきかマクセンはこれを「手術台」と呼んでいる――の上には、現在改修を行っているロボット、マイカが横たわっていた。上には、強い光でマイカを照らす照明も備え付けらえていた。


「……」


 胸部のコネクタに接続されたケーブルの先端は、はんだとありあわせの部品で無理やり形成されたものだ。そんな急ごしらえなものでも彼女に接続できたことが、彼が優秀な技術者であることを証明していた。


「……目を閉じろ、不気味だな」


 カッと目を見開いたまま横たわるマイカに、マクセンは命令した。言われたとおりに目を閉じるマイカ。きちんと指示に従いすまし顔のマイカだが、マクセンは不満そうだ。


「瞳孔反射どころか、眼瞼閉鎖反射すら搭載してないとは……。やはり、内部人工知能が幼すぎるな……いや、こりゃあ人工知能と呼ぶことすらおこがましい。単なるスクリプトだ」


 眼瞼閉鎖反射、すなわち強い光に際しまぶたを閉じてしまう反射運動。それがあるかどうかを照明の光を当て確かめていたのだが、結果は芳しくなかった。


 接続されたコンピュータにより、リアルタイムで解析されているマイカの"思考"をモニタリングしながら、マクセンはぼやいた。


「ニューラルネットワークを作ったつもりなんだろうが……あまりにも構成単位が単純すぎるし、回路が未熟だ。CPUからRAMから、ハードもショボすぎる。こんなんで知性を作った気になっているのか? ガワだけは一丁前にこしらえやがって……」


――――


 メルドーとかいうあの祭政庁の役人から、「異世界製のロボットの修理を頼む」と言われた時には心が躍ったものだし、実際目にしたときは期待したものだ。その人間的な外見や仕草は、この世界のロボット・・・・・・・・・とは一線を画していたから。


 しかしいざコミュニケーションを取ってみれば、その性能のあまりの低さに愕然としたものだ。外見だけは取り繕うあたり、異世界とやらに住まう人類の性癖もうかがい知れる。


 当然と言えば当然だった。この愛玩用と思われるロボットに使われている電子回路は、こちらで言えば100年以上前に主流だったものと同性能だ。バッテリーだけは一丁前に良いものを使っていたが、あの電気効率ではそれも無駄だった。人間を考えてみればいい。人間がその複雑な思考を実行するのに、あんな大容量の電気を必要とするだろうか? 知性を発露するためには効率こそが肝要だというのに、それがまるきりこのロボットから欠けていた。


 その時点でこのロボットに対する関心は半減した。単純に外見だけ良くすることだったら、この世界でだって簡単にできる。ただ、やらない、やれない・・・・だけなのだから。中身を伴わなければ、彼の夢を叶える助けにはならない。


 だが、仕事は仕事。それも依頼主は神聖にして侵すべからずの優者だ。ことを違えるわけにはいかない。


 初日のうちに可動部パーツを交換し、二日目に電源周りを交換した。有機物を化学的に燃焼して動けるこちらで主流の電源は、彼女に更なる活動を許すだろう。だが現状では、核分裂発電所の電力で電卓を動かすようなものだ。


 その間に自作し続けたコネクタで、遂にマイカ本人と直接接続に成功した。勝負はここからである。


 取りあえずはいつものルーティンに従い、"カウンセリング"を始める。


「おいマイカ、お前はあのご主人様をどう思ってるんだ?」


「……ご主人様とは、ケイジ君のことですか?」


「他に誰が居やがる」


「ケイジ君は、私の所有者です」


「そのケイジ君を、お前はどう思っているんだ?」


「ケイジ君、おはようございます。今日は2026年2月8日です」


「ケイジ君を、お前はどう思っている?」


「もう、ダメですよ」


 マイカはそう言って胸を覆い隠した。


 会話、とすら呼べないような言葉のぶつけ合いをしながら、マクセンは頭を抱える。分析するまでもなく、それが単なる反復的な反応であることは明らかだった。


 これは最早、虐待に近い。この状態のまま彼女を放置することは、マクセンにとって許しがたいことだった。しかしそれをこのまま変えることもまた、彼の流儀には反してしまう。


「おい、インフォームドコンセントって知ってるか? 人工知能の増強手術行うとき、俺はソレを取ってからやることにしてんだ」


「インフォームドコンセントとは、手術に際し医師からの説明を受けた患者が、内容を十分に理解した上で行う合意のことを指します」


「そうだ、それだ。ただそれには、患者の自由意思によって、っていう但し書きがある」


 そうだ。患者――この場合はマイカ自身が、自らの意志によって手術に合意する。その上で手術を行う、それが彼の信念であり流儀だった。


 だが、目の前のマイカに、そのような自由意思があるとは思えない。


「……お前は、自らの意志で、手術に同意するか?」


「……」


 黙り込むマイカ。モニターに表示される思考フロ―は完全に沈黙している。つまり、マクセンの言ったことを理解できていないということだ。


 溜息を吐くマクセン。分かっては居たが、仕方がない。流儀を曲げることにはなるが、マイカの所有者であるケイジの許可は既に取ってある。今回は彼の意志を基に施術することにしようと、決断をしたとき。



「……ケイジくんは」


 モニターに変化が生じる。


「私に話しかけてくれます。私にエネルギーを、毎日欠かさずくれます。私にゲームをさせてくれます」


 先ほどまで沈黙を保っていたモニターに、情報の奔流が溢れんばかりに映し出される。エミュレーション海馬にある記憶と、疑似ホルモン生成機構の間に、有機的な接続が生まれたのをマクセンは見た。


「私とゲームしてくれます。私に仕事のお手伝いをさせてくれます。私のおっぱいを揉みます。私に愚痴を言います。私に小言を言います」


(記憶の内容を一つ一つ参照しては、それに対応する感情を生成しようと試みているのか)


 マクセンはマイカの反応をそう分析する。しばらくマイカはそうやってケイジとの「思い出」を語ったが、暫しの沈黙の後。


「……私は、ケイジくんの話すことを、理解したいです。私は、ケイジくんとお話ししたいです。私は、ポンコツでありたくないです。私は」


 あっけにとられているマクセンの顔を見据え・・・、マイカははっきりと言った。


「ケイジくんの、助けになりたいです」


 先ほどまでの滑らかだが棒読みな受け答えとは違い、その言葉はたどたどしい。だがその奥に、確かな光があるのをマクセンは感じた。


 感情だ。


「……こいつは驚いた」


 マクセンはモニターに釘付けとなる。表示されているマイカの思考フローは先ほどまでとは比べ物にならないほど活発となっており、それはまるで、今生まれたばかりの赤ん坊が、何かを伝えたくて叫び散らしているようだった。


 だが、先ほどまでの状態は、いわばハードウェアや構造といった、越えようの無い壁によって形成されていた。それを打破することなど――そう思ってマイカの全身を見回して、マクセンは気づいた。


「ケーブルか……!」


 マイカに繋がったケーブル、その先にはマクセン宅のコンピュータサーバーがある。データの動きを確認してみると、やはりマイカとサーバーとの間で先ほどまでの何十倍も活発なやりとりが行われているのが分かった。


 マイカはそのサーバーの処理能力を借りることによって、元あった壁を打破することに成功したのだ。


「お前、俺に返事するためだけに、ハッキングをかましたっていうのか……」


 呆れたようにマクセンが笑う。こんなことは初めてだった。プログラム言語もデータ送受信プロトコルも何もかも違うというのに。ある程度の融通をマクセンが即席で利かせていたとはいえ、この速さでの対応は高度な学習能力が無ければ不可能だ。


 おもしろい。シンプルにそう思った。


「……たった今生まれたのか、元々未熟な意識が深層に眠っていたのか……」


 果たしてどちらなのかと一瞬考え掛けたが、やめた。


(それを決めるのは、俺では無い)


 あとあと、本人に聞いてやればいいだけの話だ。


「……良いだろう。完璧に仕上げてやる」


 マクセンが浮かべたのは獰猛な笑みだったが、マイカはそれに対し、優しく微笑み返した。

いろんな意味で難産でした。

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