第7話 はじめてのデート
レイジン一の繁華街だというナリトーというエリアに連れてこられた俺は、そのままエルフの女性オススメの店だというレストランに連れ込まれていた。移動の間俺は、デートの定義について考えを巡らせていた。果たしてデートとは何か。異性と約束して二人でどこかに出かければそれはデートなのか、それともその間に好意が介在するべきなのか――。
「ほら、こっちこっち」
そうやって笑顔で手招きをする彼女を見たら、そんな下らない考えは一瞬で吹っ飛んだけどな。これ、初めてのデートってことでお願いします。
ランチメニューを彼女が頼むと、あれよあれよとテーブルの上に食事が並べられていく。そうなれば当然、もう逃げようは無かった。据え膳食わぬは男の恥である。文字通り。
前菜をもしゃもしゃと食べてから、彼女に先ほどの出来事について説明した。
「――だから、義憤にかられてだとか、そんな大層なことじゃないんです。ただ、自分の情けなさに腹が立っていたというか……」
「でも、なんかそっちの方が私、嬉しいかも」
「へ?」
俺の大胆かつ恥知らずな告白にも関わらず、彼女、エルレシア・マクミールはそう言ってくれた。
「自分で言うのもなんだけれど、私、美人じゃない?」
思わず首を縦にブンブン振ってしまう。正直マイカこそ俺の人生をつぎ込んだ、最高かつ理想の美少女だと確信していたのだが、その自信がぐらぐらと揺らぐくらいにはエルレシアは綺麗だった。
「だから、私と話す男の人って、みんなカッコつけようとするの。大学で、付き合いの一環で合コンとか行かされるけれど、誰もかれも武勇伝ばっかで、イヤになっちゃって」
エルフの口から「合コン」とは、中々のパワーワードである。けれど彼女の表情は真剣そのものだ。ちなみに彼女は国立レイジン大学の法学部に通っているそうだ。名門臭半端ねえな。
「だからさ、そうやって正直に言ってくれるの、取り繕わない感じ? 凄く良いと思うな」
「止めてくださいよ。本当は俺だってこんな美人を前にしたら、取り繕いたいですよ」
その言葉にふふっ、と笑ってくれる。
「相手を褒めながら自分を下げるって、高等テクニック過ぎない? 二重敬語ってやつ?」
「かなりオレ流ですけれどね」
言いながら俺も、一瞬で俺の意図に気付いてくれた彼女になんだか嬉しくなった。
「やっぱ私、ケイジくんの性格、なんだか好きかも。私の大学にもケイジくんみたいな人が居ればよかったのに」
やめてくれ、その言葉は童貞によく効く。誤解トレインが発車しちまうぞ。
「ねえ、ケイジくんはどこ大に通ってるの? それとも自由人?」
「あー、それは……」
いっそ現実世界での身分を流用して、口に出しにくいようなFラン大学に通っていることにしようか。それとも自由人、というのはおそらくニートのことだろう。それということにしようか。どちらにしても気まずいだろうが、しかしここで「優者候補です」なんて言うのも絶対気まずい。
しかしそうして無言で悩んだせいで、逆に怪しまれてしまう。
「えーなに、もしかして言えないような感じ……?」
やめて、その不審がるような不安そうな顔。笑顔にさせたくなっちゃうじゃないか。
「いや、全然そんなことないんだけれど……」
そういってまた困り始めていると、突然エルレシアは噴き出した。
「……ぷっ」
「?」
「ふっふふ……あはは、いいよ、なんとなく分かってるから。ケイジが外から来た人だって」
「えっ!?!?!?!」
思わず大声を上げてしまう。周りの目が一斉にこちらに向く。「しーっ」っとエルレシアに言われ、俺はぺこぺこ周りに会釈してから向き直る。
「マジですか……え、どうして?」
そんなバレるようなことをしただろうか。それともなんか匂いとか? 俺、臭かったかな?
「あ、やっぱそうなんだ」
「もしかして鎌かけられた!?」
エルレシアはまだくすくすと笑いながら。
「ううん、なんとなく当てはついてたよ。けどまさか、あんなに派手にリアクションするなんて」
……おい、完全に手玉に取られているじゃないか。みんな見てるか、異世界に来ても童貞は童貞だ、覚えておけ。
「……それで、どうして?」
「警官よ、警官。制服がどうのって、言ってたじゃない」
ああっ、しっかり聞き取られていたのか! 恥ずかしい、今時流行の難聴系ヒロインでは無かったのか。
「でも、それだけで……?」
「あの人、警察官じゃないよ」
「えっ――」
今度の叫びはエルレシアに制止される。すっと一本指を口元に。うーん、かわいい。
「あの人、公安員だから。警官ってのは地方の治安を保つ人で、首都に居るのは公安員。だから警察官って言葉を使った時点で、レイジンの人じゃないんだなって」
加護!!! お前、全然使えねえじゃねえか! 発した言葉、都合の良い感じに翻訳されるんじゃなかったのか!
内なるそんな動揺を隠しながら「へ、へえ、そうなんだ……」と言う。しかしここまで来ると、逆に隠したほうが怪しくなってしま気もしてきたう。俺は覚悟を決めた。
「ねえ、どこ出身なの? マルテ? リーファイ? センガク? ……それともまさか、ヴェイバル――」
「……異世界」
「……へ?」
「俺、異世界から来たんです」
「……」
……あれ。この沈黙は予想外なんだけど。しばらく時が止まったように固まるエルレシア。美女が固まるとまるで彫刻のようだな、と思っていたら。
「――ええええええぇぇぇぇえぇえっっっ!?!?!?!!」
先ほどの何倍もの数の視線が、こちらに向いて来た。
――――
「――じゃあ、ホントに優者様なの――!?」
周囲には聞こえないように小さく、けれど目いっぱいの驚きを込めて彼女が言う。
「まだ受諾したわけじゃないし、実感も無いですけど……」
「へええ……受諾とか、そんなシステムなんだ」
「あ、知らないもんなんですか」
「だって、前に優者が出てきたのが30年前だから。私生まれてないし」
「ああ、なるほど。そういえば30年周期だって言ってましたからね……そうですよね、生まれてないですよね」
「ちょっと、それってどういう意味?」
頬を膨らませるエルレシア。かわいい。
「いや、その、エルフって長寿ってイメージがあったから、もしかしたら見た目よりも、なんて……」
その苦し紛れの言葉に、エルレシアは感心したように目を丸くする。
「ホント物知りなのね。確かに昔はそうだったみたい。けれど、今は普通の人とそんな変わらないよ」
「そうなんですか……」
言いながら、内心少し失礼な質問だったかな、と思う。俺がやっているのはステレオタイプの押し付けだし、下手すれば差別に繋がりかねない発言だ。もう既にそう言う概念がないというのだから、穿り返すのは得策じゃない。今後はこういうのは直接聞くのは避けよう。
「けど……なんて言うんだろう……」
「ん?」
「……いいや、なんでもない」
「やめて下さいよ、途中で言わないほうがなんか怖いですし」
「じゃあ言うけど……ほんと、助けてもらった手前こんなこと言うの、どうかと思うんだけど……ひったくりを捕まえるって、優者って言うには地味じゃない?」
グサッ。
「……」
「いや、その、悪い意味じゃないんだけど!」
「いいんですよ……僕は身の程をわきまえていますから」
「そこよ」
エルレシアはピンと指を立てる。
「なんていうんだろう、だから私が感謝したいのは、優者様っていうより、ケイジくんなの。優者様って言う、大層な称号じゃなくて、ケイジくんそのものっていうか。これが命を救って貰ったとかだったら、それこそ優者様に感謝って感じだけれど、ひったくり解決への感謝なら、ケイジくんにお礼が言えるっていうか……」
よく分からないよね、と笑う彼女だったが、俺はなんだかその言葉に衝撃を受けていた。
等身大の自分を、評価してくれた。俺には、優者という大層な身分に相応しい能力なんて無いけれど、それでも良いと言ってくれているのだ。
「それに当代の優者様って、なんだか……まあいいや。とにかく、もっと優者様って近寄りがたい人だと思ってたけど、なんだか親しみやすいし、凄く良いと思う」
俺も、親しみやすいという言葉が「地味」という言葉に変換されなかったことに安心してます。
「ねえ、フレディアやってる? って、分からないか。スマホのアプリなんだけど」
それは簡単なチャットが可能なメッセージアプリだった。あの緑の奴とか黄色の奴みたいなあれだ。エルレシアが手とり足とり教えてくれたおかげで、直ぐにインストールは済んだ。
「ね、ID交換しよ? これからもケイジとお話したいから。ケイジが優者になっちゃったら、会いにくくなっちゃうかもしれないし、さ」
俺の異世界ID交換第一号は、エルフの超絶美人となった。こんな贅沢あるか? そもそも異世界まで来てスマホでID交換した奴なんて俺以外に居るのか、とも思うけれど。とにかく、最高だった。
――――
「……対象218は、P98Wと食事中、観察を続ける」
『了解。変化があり次第報告しろ』
レストランの端の方で、電話を通じその様な会話があったことを知る者は居ない。