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第6話 持続可能な現代知識チート

 帰りの車の中で、俺はついにひらめいた。マイカがいない一週間の過ごし方、それは。


「いきなりですけどメルドーさん、失礼な質問なんですけど……この国って、なんか問題を抱えてたりしませんか? 政治的にだったり、経済的にだったり」


「おや、どうしたんですか突然」


「いえ、優者は平穏と発展をもたらしてきた、というくらいですから、きっと異世界の知識でこの世界の発展に貢献してきたのでしょう? それに倣おうかと思って」


 やはり異世界と言えば、現代知識でチートである。まあ単なる一私大生だから専門的な知識など皆無に等しいけど、お約束はしなければならない。


「なるほど、そういうことですか。そうですね……ぱっと思いついたものでも?」


「ええ、どうぞ」


「お恥ずかしい話、実はユニタリは、現在国民総生産の年間成長率が0.2パーセントほどという停滞期にあります」


「……ん?」


「物価もなかなか上昇せず、経済がかつてほどの発展を見せてくれていないのです。そのため中央銀行はサレニーロ主義理論に基づき、貨幣供給量を増大させる政策を続けているのですが……その効果が中々表れていないのです。従って直近の問題としてこの金融政策の無効化の理由、そして長期の問題としてデフレーションの理由の解明と解消が求められています」


「んんん??」


「……どうでしょう、解決の糸口は」


 おかしいぞ? 異世界で経済的に発生する問題って、「金貨の数え方が分からない? 十枚ずつに分けて数えればいい」だとか、「コインじゃなくて、紙に額面を印刷したものを使用すれば利便性が向上するぞ」レベルのものじゃなかったの? というかそれ、現代日本が抱える問題と同じじゃないですか。


「……すみません、それは専門外なもので。他には? 例えば政治的なものとか」


 ちなみに専門外と言うのは大嘘だ。大学での専攻は経済学だった。まともに聞いてなかったけれど。


「他、ですか……。ああ、国際的な問題ですが」


「ええ」


「ユニタリは実は、300年ほど前にヴェイバル帝国から独立した国家なのです。それ以来ジーハンの地はユニタリのものなのですが……あの地の周辺に住まう者たちは伝統的にヴェイバル帝国への帰属意識が強く、長年離反が懸念されているのです。一体どのようにすれば彼らの意識を変えることができるのでしょうか」


「……次の問題で」


 嫌な予感がしてきたぞ。


「我々が親しんでいる神話の大本は、紀元前2000年ごろ、今が正統ヴェイバル暦1186年ですからおよそ三千年前に成立したものだといわれています。しかしその原文の殆どが遺失しており、現在ユニタリにて信奉されている神話は200年前の公会議にて、口伝をもとに再構成したものとなっているのです。ユニタリ国民や、我々祭政庁の人間にとって、神話の原文を再発見することは長年の願いなのですが……」


「……次」


「貿易摩擦による関係悪化が……」


「……次」


「少子高齢化が……」


「すいません、ギブアップです」


 俺は、窓の外を眺めた。


 窓の外はやっぱり発展しきった街で、高いビルの間に、電燈の光がきらめいている。人々はみな洋服を着て、すたすたと人ごみを形成している。


 簡単な話だ。今日俺が実際に街を歩いてみて、問題なんて見つけられやしなかった。街は快適そのもの。道も人も清潔で、奴隷の取引やら高慢な騎士などは居ない。現代日本と同じならば、そんなもんはとっくに解決されているから。


 異世界に来て「これは問題だ、直さなきゃ」と思い、自分の世界にあったものを作ったり、自分の中の信念に合わせて制度を作り替えたり。それは要するに、異世界と元の世界の間のギャップを埋めていくという作業に他ならない。


 この世界はすでに「現代知識でファンタジー世界を啓蒙して発展を起こしまくる」という作業が、すでに少なくとも200人分行われた後の世界なのだ。科学技術、政治的制度、文化。亜人との共存融和というものも、もしかしなくても異世界からの優者によりもたらされたに違いない。


 その結果、少なくともこの国は現代日本と同じレベルまで発展し、そして現代の知識で解決できる問題は消滅した。逆に言えば、現代の知識をもってしては解決できない問題が山積しているのだ。


 なんだそれは。つまり美味しい部分は全て刈られてしまっているということなのか。というか先代とか先先代の人間は、この虚無感を埋めるために相当苦労したに違いない。


 現代から先に時代の針を進める。それができる人間もいることにはいる。きっとこの異世界に来ても自らの才覚を生かして、さらにこの世界を、この世界のことわりに合わせたうえで発展させることができる人間が。


 そしてそういった類の人間は、天才と呼ばれる。残念ながら、俺は天才ではなかった。


――――


 俺は、なんのために呼ばれたのだろう。


 一番最初に抱いた疑問が、再び立ち現われてきた。


 翌日、俺は一人でレイジンの電気街を放浪していた。昨日はあんなに魅力的に見えたこの街並みも、なんだか灰色になって見えた。


 マイカの、「ケイジくんは凄いですね」がリフレインする。謙遜でもなんでもなく、全くすごくない俺をひたすらおだてるあのフレーズ。設定した人間は、あれが顧客を喜ばせると本気で思っていたのだろうか。


 ふらふらと歩き、空を見上げる。ああ、異世界でも空は青いなあなんて思っていると。


「――きゃあっ!」


 突然の悲鳴。なんだと思って振り向くと、道端に倒れ込む女性と、全速力でこちらに走ってくる男。男の手には女性もののカバンが握られている。


 男は勢いそのまま俺に近づいてきて。


 そのまますれ違って、離れていく。



 あ、ひったくりか。


「ちょっ……誰か、止めて! 泥棒!」


 女性が悲痛な叫びを上げているが、周りの人々は我関せずといった様子だ。異世界でも大都会というものは世知辛いらしい。


 俺も東京でこれに遭遇していたら、普通にスルーしていただろう。実際本能的に、俺は見なかったふりをしようとした。




 けれど。


(……これで動けなかったら、俺は普通の人ですらなくなってしまう)


 普通の人間はやらないのであって、やれないわけではないのだ。


 自分が何者なのか、なんのためにいるのか悩んだ。それは要するに、「何かをしたいのだけれども、それを行うことが出来ない」ということだ。


 異世界を啓蒙するだけの知識も、戦乱を終わらせるだけの武力も俺は有していない。だから何もできないのだと諦めていた。


 けれど今、全力で走って一人の人間を追いかけることすら、俺は出来ないというのか?


 ここで動かなければ、それは俺に普通の人に備わっている能力すらないということを意味してしまう。それだけはあってはならない。


 諦めて、「普通でしかない」というところまで自己防衛ラインを下げたのだ。これ以上下げれば、俺はもはや唯のクズだ。


 自分への内なる怒りを秘め、俺は走り出していた。


――――


「ヘエッ、ゼエッ、まっ、まへっ」


 呼び止める声もまともに出せない。まさか、異世界にきてやることが鬼ごっことは。


 数百メートルもしないうちに息切れしはじめて、肺の端のほうが痛くなってくることを鑑みると、どうやらマジで欠片も身体能力は向上していないらしい。少しくらいは良いじゃねえか。


 段々と交差点の方に近づいてくる。すると、人ごみが多くなってきているのが見えた。まずい、あの中に潜り込まれたら誰が誰だか分からなくなる。


「誰か、そいつっ、とめてっ」


 固いアスファルトのせいで痛くなる足、それでもめげずに追いかけ続けると、交差点の横に制服を来た男がいるのに気付いた。街中、制服、そして腰の脇には……メルドーの物と同じ、杖だ! 俺はその男に駆け寄ると、走り去って行くひったくりを指さして叫んだ。


「ちょっ! あいつ、ひったくりなんです! 捕まえて!」


 その一言に目の色を変えた制服男は、言葉少なに俺を脇に避け、そして杖をさっと取り出した。


 だがその瞬間には、人ごみの中にひったくりの姿が消えてしまう。もうダメかと肩を落としそうになったとき。


「……フンっ」


「うわっ!?」


 力んだような声と共にひょいっと杖が振るわれる。すると人ごみの中から悲鳴が聞こえたかと思うと、ギュンと人間が飛び出してきた! その様子はまるで吊り上げられた魚のようだ。


「あっ、あいつです! ほら、あのカバン!」


 その声に制服は頷き、杖をそっと動かす。それに従って見えない力で吊り上げられた男もふわふわとこちらに近づいてくる。


「やめろぉ、降ろしてくれ! 高い所は苦手なんだ!!」


 情けない声を上げるひったくりの様子に、俺はようやく一息ついた。


――――


「本当に、ありがとうございました」


 頭を下げる女性に、俺は首を横に振る。


「そんな、俺は走っただけです。捕まえてくれたのは警察官の方で」


 予想通り、制服の男はユニタリの警察官だった。今は取り押さえた男を杖の力で取り押さえ、無線で連絡を取っている。


「制服が全然違うから、どうなるかと思ったけど」


「え?」


「ああ、いや、なんでもないです」


 まだ脳に酸素が足りていないのか、思ったことを口に漏らしていたようだ。


「いや、でもあなたがあの時追いかけてくれなかったら、きっとこんなに早く捕まらなかった。本当に、ありがとう」


 そんなふうに深々と感謝されるのは初めてで、少し照れてしまう。取り繕うようにははと笑って、改めて被害者の女性を見てみる。


 すらっとした体型はまるでモデルのようで、ヒールを履いていることを差し引いても驚くほど脚が長い。そしてその美貌だ。透き通るような碧眼、つんとした鼻立ち、少し尖った顎、それらの鋭い印象を中和するようなおっとりとした目元。お約束のようにブロンドの長い髪をたなびかせる彼女の耳は、明らかに縦に長かった。


「エルフ……」 


「へえ、勉強熱心なのね。歴史が得意なの?」


 その反応に思わず困惑してしまう。


「え、だって、エルフはエルフじゃ?」


「けど、そんな古い言葉、知ってるのも珍しいでしょう?」


 そう言われてはたと気づく。そうだ、昨日メルドーが言っていたじゃないか。亜人はとっくに人類と同化してしまっていると。つまり、種族を分け隔てるような名称も、とっくに過去のものになってしまっているということなのか。


「……ええ、まあそうですね、はい」


「なんだか、あやしい」


 眉を少しひそめ、そして口元がきゅっと閉じられる。大人っぽい雰囲気のある女性にやられると、正直たまりません。


「そういうことにしといてください、それじゃ、これで」


 もう会話を続けられなくなってしまった。これが彼女居ない歴=年齢の実力だ。西暦2025年は、彼女居ない暦22年なのだ。


 だから童貞のボロが出ないうちに颯爽と立ち去ろうとしたのだが。


「待って!」


 呼び止められ、肩をぽんと触れられる。


「ひんっ」


 それだけでびっくりしてキョドってしまう。だって、女の人にこんな風に触られるのなんて、小学校の頃のキャンプファイアー以来なんだもの。


「な、なんですか」


「お礼、させて」


「あ、いや、大丈夫ですから……」


「私が大丈夫じゃないの! せめて、お名前だけでも教えて?」


「えーっと……」


 隠した方がいいのかな、とか考える。けれども、外出の際特にメルドーに気を使うよう言われたことはない。精々迷子にならないよう、ということくらいだった。それほどにレイジンの治安は良いのだと思っていたが。


「……ケイジです。ヤナイ・ケイジ」


 結局、本名を明かしてしまった。


「……ケイジさん、改めて今日はありがとうございました。それで迷惑でなければ、本当にお礼がしたいのですけれど……このあと用事があったりとかは?」


「いや、無いですけれど……」


 おい、これってまさか……。


「では、お昼御飯などいっしょに如何? ぜひ御馳走させて」


「……マジですか?」


 美人エルフに、食事に誘われちまったよ。


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