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第5話 ヴェイル・マクセン

「ヴェイル博士! ご依頼した、祭政庁(さいせいちょう)のメルドーです! ご依頼主と修理対象をお連れしました!」


 ノックをしても、チャイムと思しき小汚い玄関わきの突起を押しても出てこない。しかし人の気配があること、鍵が開いて居ること、家主の生命に危険があるかもしれないことを理由に、俺、メルドー、マイカの三人は超法規的不法侵入を行っている。


 脚の踏み場もない、とはこのことか。乱雑に積まれた機械部品、脳を溶かすような油の匂い。ガチャ。やばい、何か踏んだと思って足元を見れば、そこには脚があった。


「――ッ!」


 絶叫しそうになるが、単なるマネキンのようなものだったので、なんとか気を落ち着かせる。


「……ヴェイル博士って、一体どんな人物なんですか」


「一言で言い表すなら、この国、いやこの大陸一の変人です」


 なんていうところに連れてきてくれたんだ。


「私も、実際に彼に会うのは初めてなのですが……まさかここまでとは」


「何か噂とかあるんですか?」


「さっきの社員の男が言っていた通り、怪しげな実験……人体実験をしているとか」


 ホント、なんていうところに連れてきてくれたんだ。さっきマネキンだと思ったあれが、また生々しい恐怖を伴ってきたじゃないか! 


 メルドーはといえば、全く返事がない様子に少し焦っているのか、声のボリュームが上がっている。


「ヴェイル博士! 大丈夫ですか! 生きていますか!!」


「――叫ぶな、叫ぶな」


 しゃがれた声がどこからか聞こえて来た。ハッとして二人で声の出処を探す。するとギイギイ言いながら奥の方の扉が開き、向こうから髪も髭も乱雑に伸びた、小汚い初老の男が出てきた。


「……ヴェイル・マクセン博士ですね?」


「フン、本当に祭政庁の人間がここに来るとはな」


 メルドーの問いかけに老人はイエスとは言わなかった、が否定もしないということは、やはりこの老人がマクセン博士なのだろう。この一瞬で分かった。こいつはメチャクチャ頑固だと。


「そして、お前が……」


 皺と煤に塗れた、言ってしまえばホームレスのような見た目をした人間のものとは思えない鋭い眼光にビビる。博士と言ったら白衣だろうに、工場の作業着のような服を油で黒く汚している。


「や、柳井ケイジです。よろしくお願いします」


 そう言ったらもう興味をなくしたのか、マクセンは俺の後ろに視線を移し、そして暫し静止する。剣呑でない雰囲気だ。


「……ふむ」


 見た目にそぐわぬ軽やなステップで床のジャンク品の山をすり抜けてくると、マクセンは俺を追い越しマイカの前に立つ。


「……整合、PP1VG3Y。統括番号を確認せよ」


「……」


 マクセンの意味不明な言葉に、マイカは首を傾げるばかり。一体どうしたことだろうか、と尋ねる前にマクセンは納得したように頷き、口を開いていた。


「坊主、こいつのエネルギー源は?」


 ……あれ、もしかして俺のこと? どちらかというとスキンヘッドのメルドーの方が坊主だと思うんだけれど。しかしマクセンの顔はこちらに向いている。


「エネルギー源? 電気です」


 この答えで良いのかと思ったがマクセンは了解してくれたようだ。


「だろうな……バッテリーは何入れてんだ?」


「何って……」


「ジャパンシステムズ製リチウムイオン全固体電池 JSL-01Pです」


 詰まる俺の代わりにマイカが応える。そうだな、自分のことは自分で話すべきだ。


「ほお、全固体電池……まあしかし、そんなもんか……電圧と容量は」


「電圧は240V、バッテリー容量は満充電で2500Whです」


 それを聞いたマクセンの顔が引きつる。


「……おい坊主、よくこんな危ないもん歩き回してるな」


「どういうことですか?」


「こんなもん、歩き回る爆弾じゃねえか。電源も交換だなこりゃ……」


 そう言ってぶつぶつ言い始めるマクセン。俺は隣に立つメルドーに聞く。


「あれ、大丈夫なんですか……というか、ボルトにワットで伝わるんですか?」


「大丈夫、なはずです……ボルトとワットなら、私でも分かりますよ」


「え?」


「ただ、私たちが口にする『ボルト』と、ヤナイ様の口にする『ボルト』が同じかどうかは定かではありませんが」


 ああ、そういう話もあったな。加護とかいうやつだ。


 そんな感じでひそひそ話していたが、10分ほど待ってようやくマクセンは動き出した。


「一週間以内に仕上げる。終わったら伝えるから連絡先を寄越せ」


 よく分からないが受諾してくれたようだ。よかったよかった。けれど、連絡先と言っても携帯に類するようなものは持っていない。そう言うとマクセンはため息を吐いて、その辺に転がっていた何かしらの金属板を拾って、手渡してきた。


「……なんすか、コレ」


「電話だ、見りゃ分かるだろう。それに掛けるからいつでも出れるようにしておけ」


 これが電話……? ディスプレイもボタンも無いそれは、なにかの延べ棒にしか見えない。一体なんなのこれ。


「ほら、用は済んだだろう。帰った帰った。ここは人が立ち寄る場所じゃねえんだ」


 色々聞いてみたいことはたくさんあるのだが、当のマクセンは話は終わったといわんばかりに手をしっしと払う。全く。お別れの前に俺はマイカの前に立つ。


「じゃあなマイカ、しっかり治して来いよ」


 そう言って頭を撫でてみるが、撫でたってなにも感じやしないだろうし、単なる自己満足だ。生身の人ならば「キョトン」に当たるような顔をしながら立っているマイカをしり目に、俺はメルドーと共に踵を返した。


「……」


 マイカと、そして俺を、不思議な光を目に宿しながら見つめるマクセンに気付かないまま。


――――


「…マジかよ」


 車を駐車スペースに停め、いよいよ俺は電気街に足を踏み入れた。だが、最新の電子機器やら華やいだ街並みよりもなによりも、人ごみの中に入って初めて気づいたことにぶん殴られたような衝撃を受けた。


「あの、メルドーさん、あの人たちって」


 指を指すわけにもいかないので、なんとか目線で訴えるが、メルドーは気づいて頷いてくれた。


「そうです、ヤナイ様の見間違いではありませんよ」


 そう言われて改めて見る。やっぱり、本物だ。


 待ちゆく人々、そのほとんどは俺が元居た世界の人間と変わらない姿形だ。だがその中にちらほらと、見慣れない姿の人が居るのだ。


 例えばあの男、頭にまるで犬のような耳が生えている! ライオンのような鬣を生やしたおっさんもいるし、あそこの美少女は――耳が長い! 透き通る金髪の横から除く、少し尖った長い耳の様子は、まさに。


「――エルフ」


「はい。エルフ、それが彼女のような種族の古名です」


 そう、この世界にも居たのだ。ファンタジー創作物における「亜人」に当たる存在が。


 しかし、そうなるとおかしな点が一つ生まれる。俺はそれを問うた。


「けど、メルドーさんは昨日、この世界に亜人は居たが、絶滅してしまったと言っていたじゃないですか! なぜあんな嘘を……?」


「確かに、少々意地の悪い言い方かもしれませんが……決して嘘ではありませんよ」


「……どういうことですか?」


「確かに、かつて人は我々のような人類と亜人と呼ばれる種族に大別されていました。しかしこのユニタリは建国以来、そのような種間の壁を越え、一つの『人』として融和し、混ざり合ってきたのです。混血も進み、法的にも、生物学的にも、もはや亜人という区分は存在しない。そう言う意味で『絶滅した』、と言ったのです」


「……要するに、高度に政治的なジョーク、ということですか?」


 俺の言葉にメルドーは澄まし顔だ。元の世界ならポリティカル・コレクトネスに引っかかりそうだ。

 

 だがしかし――。俺はあらゆる人々が、容姿や性別、年齢の隔たりなく交流している光景を見て、しばし呆けてしまう。


 それはまるで、楽園のように見えた。


――――


 自由行動ということで、レイジンに来てから初めてメルドーの元から離れられる運びとなった。勿論逃げたりするつもりなんて無いし、どうせあのIDカードにGPS的な何かが付いているのだろうから暴れるつもりもない。


 とにかく、インターネットの有無と、それに接続できる何かを確認したかった。ふらりと入った大きな家電量販店の一階で早速小型端末売り場を見つけた。垂れ幕には「携帯電話」、ビンゴだ。


 住所もなにも決まってない上にメルドー抜きでは契約もままならない、と思っていたが、話を聞くとどうやらあのIDカードのみで購入出来るらしい。というわけで早速買ってみた。ベゼルのない全画面タッチパネルのスマートフォンだ。メーカーもOSも見たことないが、文字が読めることもあり操作にはすぐに慣れた。なにより、やはりこの世界にもインターネットは存在した。無事接続に完了した俺は、異世界に来てまでネットサーフィンを始めてしまうのだった。


 この世界における匿名掲示板を眺め、ああ、異世界でもこういう場所が無法地帯なのは同じかぁ、などと感心していたら、突然鳴り響く電子音。買ったばかりのスマホから、ではなかった。


「……どうやって出るんだよこれ」


 発信源は、マクセンに「電話」だと言われ手渡された延べ棒だった。ヒンヤリとしたその金属塊には、スピーカーすら見当たらない。なのに音が鳴ってるのだから、不気味で仕方ない。


 しかし電話だというのだから、通話すればいいんだろう。恐る恐る、耳元にそれを運ぶ。


『――遅え』


 すると、まるで脳に直接響くかのようなクリアな音声で、苛立った老人の声が聞こえてきた。


「マクセンさんですか? すみません、使い方が分からなかったもので」


 何故か謝ってしまう俺。こうやって自分に不利な立場が固まっていくのだろうか。


『……いや、教えてなかったなそういや。すまん』


 ……お? これはもしやツン……まあいい。


「いえ、直感的に分かりましたし、大丈夫です。 それよりも、何用で?」


『ああ、要件だが……一応、例のロボットの修理は終わった』


「え、もうですか!?」


 さっき一週間くらい掛かるって言ってたやんけ。まだ依頼してから3時間も経ってないぞ。


『部品の親和性が想像以上に良かった。もう問題はないし、今後壊れてもウチなら直せるだろう』


「……そうですか、良かった」


 あんなポンコツでも多少は愛着あるし、なにより服以外には唯一の元の世界の事物だ。なんとかなりそうというのは嬉しいことだった。それにこのマクセンとかいう人、相当優秀らしい。家を見た時はどうなるかと思っていたが、杞憂だったようだ。


「じゃあ、帰りしなにでも受け取りに……」


『それなんだがな、坊主』


「?」


 マクセンの声色が緊張感を帯びたものに変わるのを感じた。

 

『……ウチに、機械の思考回路を強化できるパーツがあってな、それをあのロボットに装着出来そうなんだよ。今度こそもう一週間くれれば、それの調整をして組み込んだ上で渡せるんだが……』


「思考回路を、強化……」


 それは甘美な響きだった。容姿だけとれば最高の美少女のマイカだ、もしまともな知性を手に入れたならば、そのときこそ無敵になるだろう。


「申し出はうれしいんですけれど、どうして」


『このパーツ、長いこと持て余していてな。使わないんじゃパーツが泣く。そこに丁度いい性能のロボットが来たとあってな。是非、使わさせてくれないか』


「壊れたり、とかということは無いんですよね」


 一応確認しておく。


『それはありえん。構造的には外付けのパーツを接続するだけに等しい。壊れそうになってもバックアップから復元できるから問題はない』


 少し逡巡したふりをして黙る、だが答えはすでに決まっていた。


「……わかりました、そういうことでしたら是非お願いします」


『……恩に切る。必ず満足のいくものにしよう。ただ一つ……あの祭政庁の人間には黙っておけ』


「メルドーさんのことですか? どうして」


『……あいつは役所の人間だ、判押された紙に書かれてること以上のことをされると怒るだろう。そうしたら色々面倒だからな。まあ、優者、じゃなかったなまだ、旅人様へのお祝いだと思ってくれ』


 そう言ったきり通話は切れた。


 思考回路を強化するパーツ、か。


 咄嗟にオッケーしてしまったが、文明的にはさして変わらない世界、変化は限られているだろう。精々得意なゲームに麻雀かチャトランガが加わるくらいのマイナーアップデートな予感もある。あまり期待しすぎないようにしておこう。

 

 しかしこれでマイカの一週間の休暇が決まってしまった訳だが。はてさて、どう過ごしたものか。そんなことを考えながら電気街をぶらぶらしているうちに、メルドーとの集合時間となった。俺はいそいそと車のもとへ帰って行った。


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