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第4話 ルールブック

「……ルアー」


「アーセナル」


「またかよ! ……る……る……ルパン、三世」


「イーゼル」


「……ルノー」


「オール」


「はいギブ」


 無理だ、強すぎる。そりゃあ、相手はいくらポンコツとは言え人工知能だ、カンタンに勝たせてくれるとは思っていなかった。けどさあ。


「これでケイジ君1勝、私が7勝ですね」


 滅多に動かされないマイカの表情筋(ナイロン製)が動く。今まで見た中で一番憎たらしい笑顔だ。勝負が付くたびに一々戦績をアナウンスしてくるのもどうにも腹立たしい。


 暇を潰せるものはないか、と聞いてマイカが提案したゲーム、それがしりとりだった。体感時間で2025年の今日日きょうび、最新鋭ロボットが提案するゲームとは思えなかったが、外出もできず、スマホも持たず、娯楽に飢えていた俺は飛びついた。結果惨敗である。一勝もぎ取れたのは奇跡と言っていいだろう。


「ハア……別のゲーム、ないの?」


 朝っぱらから高そうなベッドの上に寝っ転がり、俺はマイカに聞いた。まるでマシュマロのように柔らかなその天蓋付ベッドは、しりとりをやって過ごすには少し豪勢過ぎた。


「他に得意なゲームは、チェス、オセロ、将棋、囲碁、○×ゲームです」


「それ全部勝てねえやつじゃねえか!」


 二人零和有限確定完全情報ゲーム、とかいうやつだ。思わずメチャクチャ高そうな枕を投げつけそうになる。勘弁してくれ人工知能、あるいは開発者。これが人工知能ジョークなのか? ちょっと人には早すぎる。


 全くオレに優しくしてくれないマイカにオイオイ泣いていると、ベル音が鳴った。音の方向を向いてみると、そこには電話機と思しきものが。というかどうせ電話機だ。収斂だかシンクロニシティだか知らんが、大体この世界にある機器は、元居た世界にあったものと変わらなかった。受話機を取ってみれば、それはメルドーからの電話だった。


『マイカ殿の修理の目処が立ちましたので、ご報告させていただきます』


 ずっと「アレ」だとか「そちら」だとかと呼んでいたメルドーだったが、ようやくマイカの呼び方を決めたようだ。それは半ば吹っ切れたようでもあった。何かがあるに違いない、とは思いつつも、それを問い詰める気は中々起きなかった。


「ホントですか、ありがとうございます!」


 電話口なのに、俺は深々とメルドーに頭を下げた。


『いえ、非はこちらにある上、準備までに丸1日も掛かってしまいました。ご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありません』


「丸1日と言いますけれど、異世界で作られたロボットの修理ですよ? よくこんなに早く部品や技術者が見つかったなあなんて、驚いてしまいますよ」


 正直な感想だった。似ているとはいえここは異世界、長さの単位すら違うのだ。様々な部品の規格も異なるだろうに。


『優者様の所有物を破損したとなれば、我が国の沽券に関わりますから。それに……』


 途中まで威勢の良いメルドーだったが、何故か言葉に詰まる。


「それに?」


『……いえ、なんでもありません。依頼を受託してくれた技術者は国を代表する優秀な方で、必ずマイカ殿を修復してくれるでしょう』


 ……なんだか少し不安が残るが、信じるしかあるまい。


 昨日と同じ車で、マイカを直してくれるという技術者の元へ向かうこととなった。一時間後にホテルのロビーで集合とのこと。電話が切れた後に、俺は後ろを振り向いた。そういえば。


「壊れた部品、増えていないだろうな」


 確認してから一日半ほどが経つが、この部屋に来るまでにそれなりに動作はさせてしまった。もしかしたら申告よりも悪化しているかもしれない。


「右臀部アクチュエータのダメージが深刻です。連続動作可能時間はおよそ21時間」


「……まあ、なんとかなるだろ」


 やはり少し破損が深刻化していた。だけれど、メルドーは凄腕の技術者だと言っていたし。きっとどうにかなる。最悪、ロボットにとっては脚なんて飾りなわけだし。


 それよりもいよいよ外出、上から見下ろすことしかしていないこのレイジンの街を、遂に見て回れる訳だ。そちらに胸を躍らせずにはいられない。楽しいことを考えよう。


――――


 メルドーの車で向かったのはレイジン中央から東に位置するエリアで、どうやら商業地域らしい。


「この周辺は電子機器を扱う小売や問屋が集積しており、近隣の大企業や大学との結び付きが強いこともあって、実力ある技術者が多いのです」


 秋葉原と筑波が組み合わさったようなものだろうか。なるほどそこはきらびやかで、活気に溢れていた。様々なビルには新しい製品の広告が掲げられており、往来では人々が買い物袋を抱えて騒いでいる。建物がヨーロピアンであることを除けば秋葉原の電気街はかなり近い。


 見れば、新しいスマホやパソコンの広告もある。きっとこの世界にも、ネットはあるんだろうな……。なんでもいいからとにかくネットと繋がってないと不安になってしまうようなデジタルネイティブの俺にとって、それは救いの光明に見えた。


「ここは良いですね……ぜひ色々と見て回りたいものですけれど」


 そう言いつつも、一つ懸念があることに気付いた。お金だ。


「ええ、マイカ殿をお預け次第、是非ご覧になってください」


 笑顔で許しをくれるメルドーに対し、俺は縮こまって聞く。


「……あの、つかぬ事をお聞きしますが、この世界にもお金って、ありますよね……?」


 怪訝そうな顔をするメルドーだったが、すぐに俺の意図に気付いたようで、噴出した。


「ハハハ、お金の心配ならば必要ありません。既にヤナイ様の口座は開設済みで、特別見舞金9万ユニが振り込まれています。昨日お渡ししたIDカードを用いてお買い物も出来ますよ」


 なんと。そう言われてポケットにしまっていたカードを取り出す。随分早く渡されたものだから急場しのぎの仮身分証か何かかと思ったら、まさかもう使えたなんて。昨日ホテルの廊下の自販機で美味しそうなジュース売ってるのを、金が無いからと泣く泣く我慢して冷蔵庫のミネラルウォーター飲んだんだけど。


「9万ユニって、どんなもんなんですか」


「そうですねえ、一般的市民の年間消費の平均が3万ユニくらいですから、結構余裕は有ると思いますよ」


「ええっ!」


 それ、大体米ドルと同じくらいの価値あるんじゃないか? すると9万ユニって……。一千万円!?


「いくらなんでも多すぎやしませんか? そんなお金、どこから」


 言っておきながら、昨日の大統領の言っていた額はそれ以上だったなあと思いだす。この国において家が大根と同じ価値だとか言ったら話は別だが。


「大半は寄付金です。旅人、そして優者は神話の登場人物にして神聖な存在として国から畏敬を集めています。そのため寄付の声も長らく途切れることなく続いているのです」


 意外と、信心深い人が多いということだろうか。科学技術の粋を極めた国のようなのに、甲冑を着たり、神話を律儀に信じたりと、不思議なところもある。異世界的なエキゾチックさを感じさせるなあ。


 そんなことを話しながら、マイカを預けたのちのお買い物に胸を弾ませていたのだが。段々と雲行きが怪しくなる。車は太い道を外れ、少しずつビルとビルの合間の薄暗い道へと進んていく。日陰になれば幾ら美しい外壁でも裏は裏、少々陰惨とした雰囲気である。


「……メルドーさん、この道で合ってるんですか?」


「……一応、ナビゲーションには従っているのですが」

 

 おい、それってつまり初めて来る道だってことか。


「……あれ、右折だったかな」


 おい。


――――


「……ここですか」


「……ここですね」


 間違っていてほしいなあ、と思い希望を込めてメルドーに尋ねるが、手に持ったデバイスを見たメルドーは答えを確定してしまう。


「ホントに人、住んでるんですか」


「そのはずなのですが……」


「でもこれ、そもそも家なんですか?」


 もう一度念を押してみると、さしものメルドーといえども不安に思い始めたらしく眉の間にしわを寄せる。当たり前だ、こんなもん見せられたら。


 ゴミ屋敷。分かりやすく言えばこの一言に尽きる。


 バラック小屋のような建物は今にも崩れそうで、建物の両端、ビルとの間に出来ている隙間には電子部品やギア、他にも用途不明な機械が散乱している。その中に金属製の脚のようなものを見てドキリとする。


「これ、お化け屋敷か何かでしょう。あるいはゴミの集積場? 隣の、マルヒロゼネテックとかいう会社のごみ捨て場?」


「……もう一度、役所に確認を取ってみます」


 あまりに俺が疑うもんだからついにメルドーさんが折れ、確認を取りに車内に戻ろうとする。その瞬間。


バチバチバチバチーーーッ!


「うおっ!?」


 閃光、それが眼前のバラックの隙間という隙間から漏れだす。同時にガタンだとかジュージューだとかいう音も漏れ聞こえ、騒がしくなって、静かになる。


「いっ、今のは?」


「――あーあー、またやってんのかよ」


 聞き慣れぬ声に振り向くと、そこにはスーツを着た男が立っていた。首に何らかのカードが掛けられている。


「いい加減、立ち退かせられねえのかよ行政は……」


「失礼、あなたは?」


 メルドーの問に男は答える。


「え? なんで、そんなの答え……ます、そこのマルヒロゼネテックの社員です」


 苛立ち混じりだった男は、隣に停められている車のナンバープレートを見て慌てて背筋を正した。ナンバーには「ユニタリ統一政府」と記載されていた。


「なるほど……失礼ですが、あの建物はヴェイル・マクセン博士のご自宅で合ってますか?」


「はあ、確かにその通りですが……もしかして、立ち退きですか!」


「いえ、仕事の依頼ですが……立ち退きとは何故?」


 メルドーの答えに肩を落とした男だったが、気を取り直したように向き直ると文句を言い始めた。


「だってあの爺さん、何のためとも分からない危険そうな実験を、来る日も来る日もひっきりなしいに続けているんですよ? 五月蠅いし、おっかないし、たまに臭いし……。勘弁してもらいたいものですよ、こんな場所に」


「……なるほど。情報提供ありがとうございました。きちんとお声の方は担当に届けますので」


 メルドーが頭を下げると男は委縮した様子でそそくさと立ち去って行った。


「……ヤナイ様、ここで決まりです」


 はいはい、聞いてましたよ。俺は車の後部座席に呼びかけ、マイカを降ろした。

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